手妻師 藤山新太郎のブログ

1988 年、1994 年に文化庁芸術祭賞、1998 年に文化庁芸術祭賞大賞を受賞。2010 年には松尾芸能賞 優秀賞を受賞。 江戸時代に花開いた日本伝統奇術「手妻(てづま)」の数少ない継承者 藤山新太郎のブログ。

芸能 芸術 を書くつもりが

 昨日、27日は昼に富士の指導をしました。なかなか会員が病気を恐れて集まらずに、5人で指導を致しました。どうも、コロナウイルスは、病気以上に、人の目が厳しくて、人は出歩かず、なかなか日常の生活に戻れないようです。こんなことで過大な対応をしていると、日本自体の経済がやがて回復不能の事態に陥ってしまいます。マスコミも、病気を煽ることばかりしないで、安全宣言をもっと徹底的に伝えるべきでしょう。

 夕方17時30分には新富士から新幹線に乗り、19時15分に名古屋、そこから在来線で、19時50分に岐阜に着きました。岐阜駅には、峯村健二さんと、辻井孝明さんが待っていてくれて、3人で柳ケ瀬にある料理屋、八祥(はちしょう)に行きました。

 八祥とは、同名の高級料亭の系列店の、カウンターの料理屋で、辻井さんおすすめの店です。ここで3人でうだうだ言いながらうまいものを食べようと言う趣向。毎度のことですが、辻井さんの店の選択はいつも感心させられます。先ずはずれがありません。お二人はまずビールで一杯。私は三千盛り(岐阜の高級酒)の常温でのどを潤し、そこに加茂茄子の田楽。甘い味噌ダレがさっぱりとした茄子によく合っていきなり大当たりでした。そしてからすみ。酒の肴の定番ですが、炭火で炙ってあって香ばしく、塩気が適度で、酒が進みます。

 クジラの焼き物、クジラは今時珍しいと箸を伸ばすと、昔小学校で食べた筋張ったクジラ肉とは打って変わって、霜降りの牛肉のような柔らかさで、全く牛肉を食べているような高級感がありました。クジラにも味に上下があるのだと知りました。この辺で酒はお代わりをしました。お二人も八海山の酒に変わりました。三人はマジックの話題で盛り上がっています。内容は秘密です。

 お終いにはのどぐろのかなり大きな魚が塩焼きで出て来ました。これが文句なく絶品でした。肴に塩を振って焼いただけの料理ですが、恐らく私が人生で食べたのどぐろの中では最高にうまい塩焼きでした。何でも単純なもので人を納得させたらそれは名人です。塩加減は濃くはなく、魚はしっかりと脂が乗り、身は柔らかく、大ぶりの魚はどこを食べても味わい深いものでした。どれも満足のゆく料理でした。

 

 それから、八祥を出て、道路を回り込んで、高級クラブのグレイスへ、今年の3月に行った店でしたが、あの後、すぐに、柳ケ瀬で、コロナウイルスの感染者が出て、柳瀬は火が消えたようになり、グレイスもその影響で、つい最近まで店を閉店していたようです。この時期はどこもそうですが、コロナの影響で、飲食店街は大打撃でした。

 ようやく再開しましたが、昨晩はお客様もまずまず集まっています。然し、一時の華やかさはなかなか戻っては来ません。早く元のようにたくさんお客様が来るといいと思います。チーママは小紋の薄い水色の絽の着物です。早、もう夏の装いになっています。ママがやってきましたが、ママは濃い目の黒系の着物で、刺繍のしてある絽の着物でした。実に着物がよく似合います。ママも着物ですが、ママは濃い色が似合います。黒系の絽の着物です。然し、よく見ると夏物に豪華な刺繍が施してあるのが贅沢です。この店はみんな服装がよく、いかにもアッパークラスに支持されている高級感が漂っています。先ほどの八祥で味の贅沢を楽しみ、ここでは女性の綺麗な着物を楽しみ、久々の柳ケ瀬で贅沢な思いをさせていただきました。

 全く気の置けない仲間と酒を飲むのは楽しいことです。と言っても、私は、病気がありますので、この日のために10日間酒を抜いています。その分この晩は随分飲みました。まぁ随分と言っても酒で2合、ハイボールで2杯。至っておとなしい酒です。抑えて押さえて飲むことを覚えたため、酒量はささやかなものです。それでもこの晩はとても楽しい思いをしました。

 この後、峯村さんはJRで帰るのですが、いつも峯村さんは上機嫌で、気持ちよく酔っぱらっていますので、電車を乗り越さないかが心配です。実は、前に、余りに気持ちが良くて、自宅のある春日井の駅を通り越して、多治見まで行ってしまったそうです。深夜に多治見まで行ったなら取り返しのつかないことになったのではないかと思います。峯村さんほど冷静な人でも、機嫌がよくなればミスもするのだと知りました。

 私はホテルに泊まって、翌朝名古屋に入ります。楽しい晩はあっという間です。

 

よく朝は、岐阜から名古屋に、UGMでの指導です。こちらも4人の集まりです。時間はありますのでじっくりと指導をしました。15時に指導を終え、15時30分に名古屋駅、16時30分に新大阪に入りました。さて、昨日からのお約束のブログを書こうかと思って、パソコンをあけましたが、そのまま数時間寝てしまいました。少々疲れました。眠りから覚めて、さてブログを書こうかと思ったら、空腹を感じました。

 そこで、新大阪駅の二階にある東洋亭に行き、ハンバーグライスを頼みました。本当は大山地鶏のソテーが食べたかったのですが、ここもコロナの影響か、メニューの数が半分になっていました。食べたいものが自由に食べられないのは悲しい話です。無論ハンバークもこの店の看板メニューではありますが、今晩は地鶏が食べたかったのです。

 いたし方ありません。少々不機嫌になりましたので、ハイボールを頼み、サラダをおかずにハンバーグが来るまで、一杯やりました。本当は一杯飲んではいけないのです。

というわけで、部屋に戻り、ブログを書き始めましたが、食事ばかり描いているうちに既定のページがいっぱいになってしまいました。芸能芸術のお話はまた明日。

続く