手妻師 藤山新太郎のブログ

1988 年、1994 年に文化庁芸術祭賞、1998 年に文化庁芸術祭賞大賞を受賞。2010 年には松尾芸能賞 優秀賞を受賞。 江戸時代に花開いた日本伝統奇術「手妻(てづま)」の数少ない継承者 藤山新太郎のブログ。

伝統芸能が危ない 5

 今日は朝から、月に一回の糖尿病の検査です。このところ病院通いが増えて、我ながら嫌になります。血液を抜いたり、血管の検査をしたり、午前中に様々な検査をしてずいぶん時間がかかります。私の主治医は石橋健一先生と言って、三軒茶屋で開業しています。この先生はマジック愛好家で、昔からよく知っています。子供のころからマリックショップに出入りして、小道具を買っていました。長じて、医者になり、マジックは全くの趣味ですが、大きなコンベンションなどには参加します。時々一緒に六本木のオズマンドに見に行きます。最近はオズマンドは店を閉めていますが、再開したらまた行こうと思います。

 

 午後に自宅に戻り、雑用をしていましたが、右足の転倒は随分回復しました。三軒茶屋まで普通に歩いて何でもありませんでした。多分、来週の神田明神玉ひでの仕事には何も問題ないでしょう。帯状疱疹もほとんど目立たなくなりました。

 このところトラブルが幾つか続きましたが、どれも小さな問題で解決できてよかったと思います。きっとこの後、とんでもない幸運がやって来るのではないかと思います。

そうなってもらわなければ人生が面白くありません。

 

劇場を持つ

 比較的うまく言っている古典芸能のジャンルは、それぞれ専門劇場を持っています。やはり、専門劇場を持つと、安定して弟子を育て、観客を作り、芸能を維持することが出来ます。それはその通りで、劇場の必要性はよくわかっているのですが、実際マジックが、あるいは手妻が専門劇場を持つと言うことは簡単ではありません。

 毎日見て見飽きのしない芸と言うのは簡単ではありません。マジックと言う芸能は、現象が短く、これと言ったストーリーもありません。「出た、消えた、浮いた、変化した」あるいは「カードが当たった、消えた、ポケットから出た」。そうした演技が延々続いて、小さな変化ばかりで構成されています。そうした芸能を1時間2時間と見続けることで、一般のお客様が満足するものかどうか。

 同様に、曲芸も、軽業(アクロバット)も、曲独楽も、やはり内容としてはそう長くない演技で、しかもストーリーと言うものはありません。そうした人たちと組んだとしても、結果は同じことではないかと思います。更に始末の悪いことは、彼らは基本、一芸で生活をしていますので、いつ見ても同じ演技をします。マジック以上に、曲芸、曲独楽はネタがないのです。

 たまにゲストとして招くには効果はあるでしょうが、毎回仲間として共同で公演することは難しいと思います。

 

ストーリ性のある芸能を持つ

 もう少し、人間の喜怒哀楽を語って、愛や悲しみ、恋の喜び、などをストーリーに取り入れたなら、人々の感動は大きくなるはずです。しかしそうしたマジックはごくわずかです。そこでストーリーを語る芸能と組むと言う方法があります。

 手妻にはストーリーのある芸があります。然し数は限られています。もっともっと手妻の中に人を感動させられるストーリーがたくさんあれば、手妻は長く安泰であったかもしれません。残念ながらそうはならなかったのです。

 落語、車人形。写し絵などのはストーリーがあります。落語は30分、40分かけて長い話をして、一つの世界を作り上げ、その中で人に喜怒哀楽を語ってゆきます。聞きごたえはあります。但し、マジックのショウとの兼ね合いはうまく行くかどうか。仮に手妻と組んだとしても、かなり渋いしんみりとした芸能を手妻の合間に挟むようなことになります。

 もっともっとショウとしての構成が出来ていて、派手な企画を望むとしたら、噺家が一人座って話をすると言うのは、かなり地味な構成になってしまいます。

 車人形や、写し絵は、浄瑠璃の語りで進行し、数人がかりで芝居を演じるわけですから、作品によっては派手な演出もできます。但し、浄瑠璃と言う語り物がどうでしょう、今のお客様にすんなり受け入れられてゆくでしょうか。ここらで思い切って新たな改良がなされれば、生き残りのチャンスはあると思います。

 どのジャンルと組んでも、相乗効果で大きな成果を上げると言うことは、今の現状では考えにくいと思います。むしろ互いがもたれかかって、相手に期待していては、大きく発展しにくいのではないかと思います。

 それぞれのジャンルが、もっともっと、外の観客をしっかり把握していて、それなりに安定した観客を持っていれば、互いに組んでも面白いと思いますが、ほとんど観客のいない現状で、互いが慰め合っているような状況ではコラボをする意味がないと思います。

 

伝統芸能は危ない

 と、いろいろ考えてみると、伝統芸能の中で、なかなか組める相手と言うのが見つかりません。然し、そうは言っても、成功は、ほんの少し見る位置を変えてみた時に成功の種があります。どんな芸にも、チャンスは必ずあります。多くの人はあまりに近視眼的に自分の芸能を見ているのです。これは変わり得ないものだと思い込んで見ているのです。変わり得ないと思い込んでいる限り、変わることはあり得ないのです。

 「ここの芸能のこれが変われば、きっとお客様は注目するはずだ」。そんなことを考えながら、私は伝統芸能を見続けています。何とか組める仲間はいないかと考えています。時間はかかりますが、きっといい仲間が生まれるでしょう。そうなったなら、手妻と組んで、公演したいと思います。

 

続く