手妻師 藤山新太郎のブログ

1988 年、1994 年に文化庁芸術祭賞、1998 年に文化庁芸術祭賞大賞を受賞。2010 年には松尾芸能賞 優秀賞を受賞。 江戸時代に花開いた日本伝統奇術「手妻(てづま)」の数少ない継承者 藤山新太郎のブログ。

カードマニュピレーション 8

カードマニュピレーション 8

 

5、日本文化を愛する後継者を育てる

 これまで申し上げた5項目は、私が手妻を復活させるために何をしなければいけないかをまとめたものを元に、カードマニュピレーションの復活についてお話ししています。

 手妻を演じる人が日本文化を愛すべきだと述べたなら、多くの人は賛同してくれるでしょう。然し、マニュピレーションと日本文化はあまり縁がないように思います。

 ここはむしろ、マジックを文化として捉える目を養ってもらいたいと言い換えて説明しましょう。

 

 今、マジック界で燕尾服を着てマジックをする人は貴重になってしまいました。残っている人でも、赤や黄色の燕尾服を着て、個性を際立たせるために着ていて、伝統的な燕尾服ではない場合が多いように思います。

 燕尾服を着て、ステッキを持ち、カードや四つ玉を演じると言うのは、今日のショウビジネスから考えると、「古い。流行遅れ」。と言われてしまいます。そうなのです。実際、古いし、流行遅れなのです。

 但し、そう言ってしまえば、伝統芸能に携わる人はすべて古く、流行遅れなのです。クラシック音楽も、歌舞伎も、能狂言も、古典落語も、手妻もみんな同様です。

 私は、むしろスライハンドマジックも古典の一つとして認知されるように活動して見てはどうかと思います。

 西洋の文化から生まれたスライハンドが発生から180年。日本に定着して120年。そこから多くのマジシャンが排出され、日本独自の技巧も作られています。それを一度、国や、地方自治体に伝えて、支援者を募って評価してもらうことは十分価値あることだと思います。

 「いや、藤山さん、手妻は日本の伝統に根ざして発展してきたから古典として評価されるけども、スライハンドは日本発祥の芸能ではないし、古典ではないでしょう」。

 その通りです。でも、それを言ったら、クラシック音楽も日本の伝統とは無縁です。西洋音楽も、スライハンドマジックも、明治以降になって西洋から入って来たものです。

 ところが、たちまち西洋音楽は、義務教育の中に組み込まれ、逆に邦楽は阻害され、今、日本中音楽の授業は西洋音楽の楽典を元に教育されています。

 西洋音楽は多くの企業を育て発展しました、ミュージシャンを育てて音楽を発信する企業は勿論のこと、楽器メーカーにしても、カワイやヤマハはピアノの普及によって大きなメーカーになっています。

 音楽の発展とマジックを比較することは意味がありません。それでももう少し外に支援者を求めて活動しなければ、今のスライハンドの位置づけは貧弱です。

 

 スライハンド、特にカードマニュピレーションは、マジックのジャンルの中で、娯楽を超えて、最も芸術になり得るジャンルだと思います。余分な道具を使わず、実にシンプルな構成ですし、その演技は、時にしっとりと内省的で、演者の心の中を語るには好都合な表現方法を備えています。

 他の、イリュージョン、トーク、クロースアップマジックと比較しても、スライハンドは芸術になり得る要素は高いと思います。一つ一つ演技や技法を精査して、手順を組み直してみたなら、カードマニュピレーションを支持するお客様はかなり多く現れるのではないかと思います。

 しかし現実には、芸術として評価されているマニュピレーターはいません。勿体ないと思います。どこかで自身の演技を今よりも昇華させる努力をしなければ、このままではスライハンドは埋もれて行きます。

 

 百年前、スライハンド、マニュピレーションは、ホームグラウンドをナイトクラブやボードビルに求めて活動してきました。その後、ボードビルが廃れ、ナイトクラブが消滅して以降、新たなホームグラウンドを見つけ出すことなく、常に恵まれない状況の中で活動を続けて来ました。

 支援者も、後継者も減少する中で、スライハンドマジシャンは、後継者育成もあまり熱心にすることなくその技術の継承は失われつつあります。

 日本中を探してもプロの指導所はほとんどなく、大学のマジッククラブのような場所でしかスライハンドの技術は残されていません。そこで育った学生は、プロになろうとはせずに、コンベンションのコンテストにばかり興味を示しています。

 結果、スライハンドはどんどん形を変え、ごく一部の狭い理解者の中でのみ演じられるようになって来ています。

 私はその方向が間違っていると言い続けて来ました。マジックの将来は、プロマジシャンがはっきり方向性を決めるべきですし、実力あるマジシャンが実践して、マジックで生きて見せなければ多くの愛好家、若いプロを引っ張って行くことは出来ません。

 スライハンドの生き残りは、自身の持つ芸術性をもっともっと高めて手順を作り上げて行くことだと思います。見るに値する内容だと言うことを観客に伝えたなら、十分生きて行けるはずです。

 スライハンドが誰と組んでショウをしたら一番引き立つのかをもっともっと考えるべきだと思います。クラシックの弦楽器やピアノと組んでショウをしたり、バレーや、ジャズダンス、ソシアルダンスなどと組んで舞台構成を考えても面白いと思います。

 狭いマジックの中でマジシャンと組んで公演するだけでなく、もっとほかの分野のアーティストと共演して、コーディネートして行ったら素晴らしい世界が生まれるはずです。

 マジックは音楽とは違って、視覚による世界を作り出していますし、しかもその内容が、全く異次元の世界を表現しています。やりようによっては素晴らしい芸術の世界を作り出せるはずなのです。

 それがなぜ理解者を増やせないのか。なぜ自身の世界を達成できないのか。マニュピレーション、スライハンドの世界に欠けているものは、たった一人の人材と、その人の志なのです。

カードマニュピレーション 終わり