手妻師 藤山新太郎のブログ

1988 年、1994 年に文化庁芸術祭賞、1998 年に文化庁芸術祭賞大賞を受賞。2010 年には松尾芸能賞 優秀賞を受賞。 江戸時代に花開いた日本伝統奇術「手妻(てづま)」の数少ない継承者 藤山新太郎のブログ。

行く川の流れは

 仮にコロナウイルスがひとまず終息したとして、この先多くの職業が三か月、半年先に平常に戻るでしょうか。実はこれが大変難しいことだと思います。これまで営々と築いて来た人と人との関係を、今回のコロナウイルスが大きく破壊してしまいました。

 

 例えばレストランで、夕方から深夜までクロースアップマジックを見せていたマジシャンが、週三日間、月12日間見せていたとして、これが、6月から全く前の通り再開するか、となるとどうでしょうか。

 もし私がレストランのオーナーだったなら、このコロナウイルスの騒動で、相当に考え方が変わると思います。5か月間ほぼ無収入を経験したオーナーは、このロックダウンで目が覚めると思います。つまり、

 1、来年、また新型のウイルスが来たならどうするか。

 2、コロナの赤字が解決しないまま、レストランの経営がやって行けるかどうか。

 3、マジックと言うサービスを続けて、店に意味があるのかどうか。マジックにかける分、料理の値段を値下げしたほうが、店にはメリットではないか。

 オーナーの頭の中でこんな悩みが出ているとしたなら、マジシャンはそれに対して、一つ一つ論破して、マジックを見せることの優位性を語れるでしょうか。

 オーナーはロックダウンを支持する人々の脅威を見てしまいました。ひとたびコロナウイルスが流行れば、数十年かけて営々として築いた自分の仕事など簡単に否定してしまいます。味も、歴史も味方をしてくれないのです。オーナーはすっかり怯えています。それに対して、マジシャンが、「大丈夫ですよ。僕らが面白いものを見せて、またお客さんを呼びますよ」。と能天気なことを言って、それでオーナーを安心させられるでしょうか。

 

 コロナウイルスが、単に5か月間の休業だけの被害なら、大した問題ではないのです。問題は被害日数ではありません。ロックダウンをしたことによって、人の心が変わってしまったことが恐ろしいのです。私がたびたび言う、一度破壊された個所が、糸を紡ぐことすらできなくなるほど、ぽっかり大きな穴が開いてしまったのです。

 

 そのことは私の仕事の状況も同じです。コロナ以来、今年に受けていた仕事はすべてキャンセルになりました。そしてその後にスケジュールで新たに来た舞台はありません。と言うことは、私は年内一本の仕事もありません。全くないと言うと嘘になります。私が主宰している公演は(マジックセッションやマジックマイスター)などは、何とかしていたしますし、前々からやろうとしていた、自主の舞台は開催できるかも知れません。人形町玉ひでも月に一回開催します。毎月5,6本の舞台は再開できるでしょう。然し、それらは私のチームを維持するほどの収入には至りません。それでも私を求めて来てくださるお客様と舞台でお会いできることは幸せです。

 問題は、私のイベントや、パーティーを買ってくださっていた、企業や、ホテル、プロダクションの人たちが、いつまた私を使ってくださるか、それが読めないのです。企業も、イベント会社も、今回の件で相当に被害を被っています。すぐには再開しずらいと思います。「マジックショウでもやろう」。などと前向きに考えてくれる会社は少ないと思います。そんな中で、昨年までの舞台の本数が、復活するのはいつのことかと考えると、案外5年6年かかるのではないかと思います。

 つまり、ロックダウンは修復に6年かかると言うことです。とりあえずウイルスを押さえ込むために大騒ぎをして、多くの人々の生活を6年も乱すことがよい事だったか否かと言うなら、明らかに間違った選択だったはずです。

 

 自粛で舞台ができなくなったり、不況で仕事が減った経験は、これまで何度か私も体験しました。昭和の天皇陛下の病気の時もそうでしたし。阪神淡路大震災や、東日本大震災リーマンショック、古くはオイルショックもそうでした。ひどい不況が来て、その不況がひとしきり去ると、すぐにイベントが復活するかと言うとそうはなりません。仮に景気が戻ったとして、その不況の前と後とでは、はっきりイベントのマネージャー達はショウを見る目が厳しくなります。そして、いつまでも古いこと、センスのないことをしているマジシャンはその都度仕事を失ってゆきました。そうしたマジシャンが仕事を失ってゆくのはやむを得ないことです。

 今回も同様です。未熟なマジシャン、下手なマジシャン、センスのないマジシャンは、コロナの大きな流れで、一気に押し流されて、失業してゆく可能性があります。こう書くと多くのマジック愛好家は、「下手なマジシャンならやめて行ったっていいよ、そんな連中はいなくなったってどうと言うことはない」。と冷淡に言う人がありますが、そうではないのです。

 どんな芸能も初めから上手い人はいません。初めはみんなどうしようもないマジシャンばかりです。しかしそこから多くを学んでうまくなってゆくのです。そのうまくなる可能性のある人たちまでも押し流してしまって、そのあとどうやって人が育ちますか。

 全ての芸能に言えることですが、名人とか優秀な人材は、今いる人たちの中から育つのです。決してほかの世界から、まるで天から降りてくるように名人が現れるわけではないのです。長い事、下手だのセンスがないだのと言われていた人が、何年かすると、信じられないくらいうまくなります。本当のだめと、可能性のあるだめを見分けるのは難しいことですが、それでも、何とか一生懸命続けている人たちまで一掃してしまうと次の人材が枯渇してしまうのです。

 

 大学でマジックを趣味としている人はたくさんいます。そうなら毎年10人くらいはそこからプロマジシャンが生まれてもよさそうなものですが、現実にはそうはなりません。彼らがプロを宣言しても数年のうちに消えてしまう人がほとんどです。実際には生きにくい世界なのです。そんな世界でもなんとか残って活動していたマジシャンが、このウイルス騒ぎで一遍にいなくなる可能性があります。それを私は危惧します。

 このことはそっくり海外のマジシャンにも当てはまります。アメリカ、イギリス、フランス、イタリア、或いは中国、韓国当たりの経済の落ち込みはこれから重くのしかかってきます。そうなればマジシャンの生活は維持できません。マジックショウも、コンベンションも、数年は復活しない可能性があります。その間に有能な人材が消えて行きます。

 いずれにしても、ロックダウンで修復不可能なほど途切れてしまった世界はこの先5年10年は混乱し、簡単には修復しないでしょう。

 

続く、