手妻師 藤山新太郎のブログ

1988 年、1994 年に文化庁芸術祭賞、1998 年に文化庁芸術祭賞大賞を受賞。2010 年には松尾芸能賞 優秀賞を受賞。 江戸時代に花開いた日本伝統奇術「手妻(てづま)」の数少ない継承者 藤山新太郎のブログ。

春霞桜満開

春霞桜満開

 

 昨日(4月12日)は屋形船をチャーターして、花見で手妻を見る会を主宰しました。初めは20人も集まれば、と思っていたものが、徐々に増えて、29人の参加者になりました。船は大きいサイズを用意していただき、全席椅子席のパーティー形式の屋形船になりました。屋形船は畳座敷で座って食事をするのが一般的なのですが、最近はどうも畳に座ることのできない人が増えたようで、新しい船はどれもテーブル形式になったようです。

 JRの品川駅から東南に徒歩12分くらいのところにある、船清(ふなせい)さんに向かいます。タクシーに乗ればあっという間です。私は朗磨と一緒に、11時に入りました。ところがもうすでに富士のメンバーが集まっていました。この時点で少し雨が降って来ましたが、屋形船での花見ですから、心配はありません。外は明るいし、何より気温が暑くなく寒くなく、まことに快適です。

 

 屋形船は初めての方も多く、船が揺れるのを心配する人もありましたが、東京湾の湾内を巡るツアーならばまず大きな揺れはありません。

 私は何度か船清さんの依頼でお座敷を引き受けています。何しろ、お客様と一緒に船に乗って、食後に演技をするのですが、控室がありません。屏風で少し囲って、そこに道具を置いてセットすることになります。今回もそうした状況で事前に船に乗って、セットを始めました。

 12時10分前に乗船を開始して、12時ちょうどに出航しました。船清さんは品川運河沿いにはしけを立てて。10艘くらい船を持っています。ずらり並んだ屋形船は壮観です。

 船は出るとすぐに東京湾に入り、右にレインボーブリッジ、左に東京の中心の高層ビルが見えます。沿岸にはモノレールが走り、遠く向うの方にスカイツリータワーが見えます。

 はじめに船の揺れを心配していたお客様も、実際に動き出してみると殆ど揺れを感じませんから、安心したのか、くつろぎ始めています。テーブルには、オードブルや、刺身が並び、アルコールが次々に出て来ます。この日は飲み放題です。

 私も朗磨もセットを済ませていますので、席に座って、しばし食事を致します。この日、中島由美さんが参加され、私のテーブルに同席してもらい、しばしいろいろな話をしました。聞くと今は三重県四日市に住んでいらっしゃるそうで、この日も四日市から新幹線を乗り継いで来てくれたそうです。実際、富士の皆さんも、栃木の小山、足利から参加された方も、殆どが新幹線利用で来て下さった方ばかりでした。

 やがて船はお台場に到着します。ここで一度エンジンを止めます。船が安定したところで、てんぷらの油を加熱して、天ぷらコースを出します。これはこの季節の屋形船のお決まりコースです。天ぷらの中でもいいネタは、キスと穴子です。東京湾穴子は身がふっくらとしていて柔らかくいい味わいです。刺身と天ぷらならいくらでも食べられると思っていても、実際出されてみるとかなり満足してしまいます。

 

 お台場と言うのは今は臨海副都心として発展していますが、そもそもは、幕末期にアメリカのペリーが軍艦に乗って、日本に開国を迫ってやって来た時に、日本は海防の弱さに気付きます。西洋の蒸気船に対抗しうる船もなく、大砲も旧式で玉の飛距離が足りません。

 ぺーリーは翌年に再度やって来ると言い、その時に条約に調印してくれ。と言い残してひとまず去って行きます。その間に幕府は江戸湾の防御をしなければなりません。各大名に言って、湾内に防衛陣地を作りますが、肝心の大砲が足りません。藩によっては全く大砲がないため、お寺の釣り鐘を持ってきて大砲に見立てごまかすところまでありました。当然一発に玉も飛びません。役人お得意の数合わせです。

 しかも、日本の大砲は飛距離がないため、いくら湾岸に大砲を並べても役には立ちません。そこで、江戸湾に台場(人工島)を拵えてそこに大砲を据えればペリーの軍艦を沈められる。と進言するものがあり、幕府はすぐさま砂利と土を運んで幾つかのお台場を拵えます。一年以内に人工島を10島拵えようと言うのですから、江戸は上を下への大騒ぎになります。全くやっつけ仕事で4っつか5っつの島を拵えたところでペリーがやって来てしまいます。万事休す。これではアメリカに侵略されても仕方のない話なのですが、幕府はあっさり日米和親条約を締結してしまい、結果、アメリカとの戦いは避けれられました。そのため、大騒ぎをして拵えたお台場は使い道がなくなりました。それでも浅瀬が出来たお陰で穴子や、キスが良くとれるようになって江戸湾では天ぷらのネタに困らなくなりました。めでたしめでたし。

 

 さて、船が停車している間に手妻を演じることになります。私は双つ引き出しから始めて、柱抜き(サムタイ)、お椀と玉、そして朗磨が紙片の曲(袋卵、紙卵)、を演じ、お終いに蝶のたはむれを致しました。この手順は、お座敷の時の手順で、私の持つ手妻の中で最小手順になります。これで約40分です。

 演技が終わると、船は隅田川を登り、桜堤を見てターンをして、品川に戻ります。巧くすれば桜が一斉に散り始めて花筏が見られると思っていたのですが、どうしてどうして、まだ桜は健在で、この分では散り桜は翌週月曜日まで持ち越です。然し満開の桜の中、永代橋を見て、スカイツリーを眺め、のどかな東京湾の緩いそよ風を受けて、船はゆっくり品川に戻りました。2時間30分の船旅でした。こんな一日を体験するのは幸せなことだと思います。私と朗磨も日のあるうちに事務所に戻りました。

続く