「マジックと意味」ユージン・バーガー
昨日(3月29日)、田代茂さんからユージン・バーガー著、「マジックと意味(Magic & Meaninng)」の大著が届きました。この書物は、もう15年くらい前にユージン・バーガーさんが書き下ろしたマジックの哲学書で、マックス・メイヴィンさんも関わって出来たものです。マックスさんもユージンさんも今は亡く、共に、こうした哲学に関する話は大好きで、会うと随分色々聞かせてもらいました。
マックスさんからは是非買って読むといい、と言われましたが、原著は英文で、その本の厚さと、中に書かれている意味の難解さ、(ユージンさんの言葉は、日常でもしばしば日頃使わない英語が出て来ます。ある意味、私の手妻の語り口と似たところがあってい言い回しが古いのです)。いずれにしても私が読みこなせる本でないと諦めていました。
然し、私はユージンさんのマジックは大好きでした。クロースアップマジシャンの中で、プロフェッサーと認めることのできる数少ないマジシャンでした。
それはプレイヤーとしての才能もそうでしたし、何より、その存在感の厚みは大したものでした。声は太く、小声でも響き渡るような話し方でしたし、演技は終始椅子に座って行う古典的なベーシックなクロースアップでした。
テーブルの上には必ず蝋燭立てが置かれ、蝋燭に火が灯されています。それ自体が神秘的で、そこから低い声で語りが始まると、もうそこはユージンさんの世界でした。ヒンズーヤン(糸を切ってつなげるマジック)を時間をかけて演じましたが、あれほど不思議で、説得力のあるヒンズーヤンを他に見たことがありませんでした。
太った体で真っ白いあごひげ、どこのコンベンションにいても一目見ればユージンさんであることはすぐにわかります。何度か仕事を一緒にして、話をする機会がありましたが、私の手妻にはとても興味を示してくれました。
そのユージンさんのマジック哲学の集大成が、「マジックと意味(マジック&ミーニング)」で、読みたいと思いつつもついぞ入手する機会もないまま過ごしていましたが、この度、田代茂さんが翻訳されました。
9年の歳月をかけて、関係者の了解を取ったり、文中の聖書の意味を調べたり。故事を確認したり、原点を調べるなどの膨大な作業をされ、ようやく発刊するに至ったわけです。著書はハードカバーの大判で、ページ数は300ページに及び、ほとんどが文字で、イラストや写真はわずかです。
これを自費出版してこの度出したわけです。その精力たるや大したものです。そもそも、ユージンさんの話は難しいのです。本書も、かなり難解な部分があります。然し、まだ全部読んではいませんが、対談の部分も多く、覚悟していたほど読みにくくはありません。かなり平易に書かれています。
内容は、マジシャンとは何者なのか、という話で、冒頭の対談に出てくる、「マジシャンは、マジックを恐れている」。という話からして興味をそそります。「マジシャンは、自分がマジックを演じつつも、実は本当のマジシャンではないと言うそぶりを見せようとする。ギャグを言ったり、マジックの不思議を打ち消すようなことを平気でする。それはつまり、自分に人を超えた力がないと吐露していることで、今起こった不思議を打ち消している」。などという興味深い考察が述べられています。この冒頭の対談こそ、本書の疑問の中心にあり、それを解き明かすことに本書の意味があるように思います。
「そうであるなら、あなたは一体何者?」。とマジシャンに問うてもなかなかマジシャンから答えが出て来ない。そんなマジックを見せられたお客様は、マジシャンから何を感じるのか。マジシャンがマジシャンを演じ切らずに、得体の知れないことを繰り返すのみで、それで観客に感動を与えられるのか。と疑問が進みます。
これはマジシャンが、マジックをする以前に、マジシャンとは何者なのかを知った上で、マジシャンを演じなければならない。という根本の話をしています。当たり前のことですが、その当たり前がマジックの社会で理解されていません。大概のマジシャンは種仕掛けを買うことから始まり、不思議のノウハウばかりを学びます。結果として、種仕掛けを山ほど知っているマジシャンは数多く存在しますが、魔法が上手くかけられません。中には魔法を否定してしまう人までいます。
実は私の長年の悩みも、そこにありました。私は10代から日本舞踊を習い、三味線長唄を習い、鳴り物を習いましたが、なぜそんなことをするのかと言えば、和の世界の風(ふう=雰囲気)を見に付けるためです。然し、日本舞踊や三味線をすれば手妻師になれるかと言えば、それは全く関係のないことで、手妻師(マジシャン)であるためにはどうでもいいことなのです。
同時に私は若いころはジャズダンスを習っていました。それはタキシードや燕尾服を着たときに身のこなしが奇麗になるためです。然し、これも実はどうでもいいことなのです。魔法使いが魔法使いになるために、タイツを履いてジャズダンスの練習をする必要はないのです。然し、昔の師匠は、やたらと稽古事を勧めました。
実際そうした稽古をすると、他のマジシャンよりも雰囲気が身について、仕事先の受けがいいのです。つまり、見た目がよりマジシャンらしくて、事務所やお客様の評判が良くなるのです。
全ては、エンターティナーというくくりの中で、マジシャンを考えているから、そうした素養が必要なわけで、マジック本来からすると何ら意味のない行為です。手つきが奇麗、とか、身のこなしに芸の厚みが感じられる。というのは基礎修行の末に生まれるものですから、私も弟子たちには、稽古ごとに通うことを勧めます。
然し、どんなに手つきや身のこなしが奇麗になっても、そこから本物のマジシャン(手妻師)は生まれては来ないのです。何がマジックなのか、何がマジシャンなのか、それは自分自身が常に自分に問うていないと出来て行かないものなのです。
つまり我々はマジシャンとは本来全く関係のないマジシャン像を勝手に作り上げて、それを売り物にしているのです。いわば偽物なのです。
ユージンさんは、物の本質を教えてくれます。料金8000円は、決して高い出費ではありません。ビニールに包んで売っている得体の知れないマジック道具を、一つ、二つ買うのを諦めて、ユージンさんに投資してみて下さい。目から 鱗の金言が書かれています。こうした地味な著作が翻訳され、少数ながらも理解者に渡ることこそ、日本のマジック文化の成熟なのです。
続く
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