手妻師 藤山新太郎のブログ

1988 年、1994 年に文化庁芸術祭賞、1998 年に文化庁芸術祭賞大賞を受賞。2010 年には松尾芸能賞 優秀賞を受賞。 江戸時代に花開いた日本伝統奇術「手妻(てづま)」の数少ない継承者 藤山新太郎のブログ。

笠置シヅ子

笠置シヅ子

 

 昨日ちょっと話しましたが、NHKの朝ドラで「ブギウギ」というドラマが放送されています。このドラマは戦前から戦後にかけて大活躍した歌手で女優の笠置シヅ子の半生を基に作られています。

 年代的には私が生まれた頃にはもう歌手を引退されて、以後はお母さん女優として、脇役に回っていましたので、私の知っている笠置さんはドラマに出てくる叔母さんだったのです。体の小さな人で、顔立ちは丸くて、めちゃくちゃ陽気な人でした。

 どんな役でも大阪弁で通した人で、私が子供のころの大阪弁は、笠置シヅ子さんと、浪花千恵子、そして花菱アチャコの三人が有名で、浪花千恵子さんだけが上品な関西弁で、聞くところによると彼女の言葉は、船場言葉と言う、大阪の旦那衆の言葉だそうです。

 何かのコマーシャル(多分オロナイン軟膏)で、「浪花千恵子でござります」。と言って宣伝するのがよくテレビに流れていました。「あぁ、大阪弁もいいものだなぁ」。と思いました。

 対する笠置シヅ子さんは、カネヨ石鹸のコマーシャルを長くやっていて、こちらは大阪の庶民の言葉で、「奥さん、カネヨでっせ」。と言って、大きな口で笑顔を見せて終わるのが決まりでした。

 この顔が、長屋の共同井戸でみんなで洗濯しているような、どこにでもいそうなおばさんのイメージでした。このおばさんが、東京ブギウギを歌って一世を風靡した人であることは何となく知っていましたが、私は実際、笠置シヅ子さんがダンサーで歌手だった時代を知りませんので、歌手である過去と、おばさんになって石鹸の宣伝をしている姿がどうしても結びつきませんでした。

 

 その後になって、昭和の歴史番組などで、笠置シヅ子さんが実際日劇などで歌っているフィルムを見ましたが、それは物凄い爆発力を持った舞台でした。歌が巧いことは勿論ですが、その動きが常識を超えていて、「あぁ、当時この人に出て来られたら、日本のスターは誰もかなわないだろう」。と納得させるような舞台でした。

 今は、youtubeで当時の「東京ブギウギ」と検索すれば、当時のフィルムが見られますので、ご興味の方は一度ご覧ください。買い物ブギも、トランペットブギも、ジャングルブギも面白く、何でこの人が売れたのかは昭和20年代のフィルムを見れば一目瞭然です。

 

 この人の歌は、知らない曲を聴いていても、「あぁ、これは笠置シヅ子さんだ」。とすぐにわかります。数小節聞いただけでその個性的な歌い方が分かります。いやいや笠置シヅ子を全く知らない人でも、一度聞けば、「あぁ、これが笠置シズ子なのか」、とすぐに納得できます。

 それぐらい個性的で独特の歌い口なのです。何よりこれが70年80年前に歌われていたことが驚きです。先ず声が大きく、正確な音程、正確なリズム感、かなり音域が広く、高音は艶やかです。然し、この人の歌い口は全体にビロードのようなオブラートがかかっていて、いくら声を張り上げても音楽を柔らかく包み込んでいます。

 その第一声を聞いただけでも、少し鼻に抜けるような柔らかな声の出し方が特徴で、セリフ送りにも個性を感じます。

 この歌い口は、邦楽の長唄の名人、大正昭和期に活躍した、松永和風がこれと似た唄い口です。声を張ったときの迫力、甘い節回しの時のルバート(節回しの崩し)などは和風独自のものですが、それと笠置シヅ子さんは音の柔らかさが良く似ています。どこまで声を張ってもまだゆとりがあって、聞いていて耳障りなところがないのです。どちらも名人です。無論、出来上がった音楽は全く別物です。

 それから笠置シズ子さんは、小さなニュアンスで、歌詞を丸め込んだりかすめたりするところが、独自の歌唱力につながっています。音楽的には、きっちり発音していないと言うことは、拙さにつながるのかも知れませんが、名人の芸を語る時に、「巧は拙を蔵す(こうはせつをぞうす)」。と言う言葉があるように、拙い部分もひっくるめて名人たる所以なのかもしれません。

 時代柄、ポルタメント(音から音の間を舐めるようにずらして行く歌い方)は頻繁に使いますし。ビブラート(音の揺れ)もこまめに掛けます。総体にこの時代を象徴する、ロマン派的な歌い口です。

 それでも、ここぞと言う時の声の張りは素晴らしく、飛んでもない大きな音が出ます。生の舞台を毎日経験し、数千人の前で歌い続けた人のなせる業です。

 昨晩youtubeで、笠置シヅ子さんの映像を見ました。こんなうまい人を注意して聴いていなかったことを恥ずかしく思いました。昭和20年代30年代と言えば、美空ひばりのフィルムばかりが注目されますが、その美空ひばりが憧れた笠置シヅ子の歌は美空ひばりを凌ぐ歌唱力と圧倒的な迫力で迫って来ます。

 NHKのドラマのお陰で笠置シヅ子を再発見しました。それにしても昨日のドラマは、トランペットブギをそっくり一番カットせずに踊り付きでそのまま番組で出していました。主役はさぞや苦しい練習を求められたことでしょう。複雑な振りと歌を同時に練習したのですから。最近のテレビ番組では珍しいことです。それだけに鬼気迫るものがありました。

 でも、これが本来の芸能なのです。本当の芸能がテレビから消えて久しくなってしまいました。それを昨日は堪能させていただきました。もしこのドラマが、後で帝劇や、新橋演舞場などで演じられることがあれば、見に行きたいと思います。久々楽しい朝ドラを見せてもらいました。

続く