手妻師 藤山新太郎のブログ

1988 年、1994 年に文化庁芸術祭賞、1998 年に文化庁芸術祭賞大賞を受賞。2010 年には松尾芸能賞 優秀賞を受賞。 江戸時代に花開いた日本伝統奇術「手妻(てづま)」の数少ない継承者 藤山新太郎のブログ。

ウイザードシアター

ウイザードシアター

 

 昨日(10月28日)。私は群馬県安中市(あんなかし)にできたミニシアター、ウイザードシアターに行ってきました。ここは、私の弟子の朗磨のお父さん、高橋洋さんが買い取った劇場です。

 経緯は不明ですが、安中市内に、日本舞踊を趣味にしていた人が高齢化して、舞台付きの家を手放すことになったものを、高橋洋さんが買い取りました。初めにミニシアターと書きましたが、全く普通の民家です。中に日本舞踊の舞台が4間2間(横7,2m,奥行3,6m)高さ30㎝ほどの板の間で出来ています。その舞台の前に16畳くらいの畳座敷が付いていて、そこに椅子を置いて客席にしています。

 これにカーテンを付けたりして、音響機械を入れ、コンパクトな舞台に改造して、自分と子供二人が自由に使えるシアターにしたのです。建物は舞踊が伸び伸びできるようにと、天井がかなり高く作ってあります。そのため、舞台はイリュージョンなども出来るくらいにゆとりがあります。

 昨日初めてお伺いしましたが、何となく作りは私の猿ヶ京の稽古場に似ています。猿ヶ京の方が一回り大きく、座敷も広いのですが、親子3人がマジックの練習をして遊ぶのであれば、これで十分。面白い楽しい場所だと思います。

 高橋洋さんは学校の先生をされていて、年齢は60に近く、そろそろ定年になります。そこで定年後を考えて余生をどう生きるかを考えて、親子3人が趣味でマジックをしているのを幸いに劇場を作ろうとしたと言うわけです。

 この日は、メインゲストが藤山大成で、大成は昨年弟子修行を終え、今は一人で活躍しています。それに息子さんである、高橋入也(いりや)君と、朗磨が出演をして、3本立てのマジックショウを企画したわけです。

 朗磨は今年の4月から私のところに入門しました。入也君も毎月私のところに通ってマジックを習っています。

 入谷君は高校3年生、朗磨は大学一年生です。朗磨は大学に通いながらの弟子修行ですから、週に一二度事務所に来て手伝いをしています。それでも既に日本舞踊と、鼓の稽古は欠かさず行っています。

 

 私はこの日初めて、新宿11時23分発の快速高崎線に始発から終点まで乗りました。高崎線に乗って約二時間。高崎に付きます。高崎から信越線に乗り換えて、15分。安中に着きます。朗磨は毎月一回、二年間。私の所の稽古のために3時間の通勤をして、朝10時からの稽古に通っていたのです。

 十代の高校生が何を考えて三時間も列車に乗っていたかなどと、今まで私は考えたこともありませんでした。私自身が乗って見て、朗磨の気持ちが少しわかりました。きっと東京に稽古に行くのは愉しみな一日だったのでしょう。

 朗磨が東京に行くたびに新しいマジックや、手妻を覚えて行くのを脇で見ていて、弟の入也君は気が気ではなかったのでしょう。やがて入也君も一緒に通うようになります。お父さんにすれば大変な出費です。それでも、自分の果たせぬ夢を子供たちに託したのです。

 

 さて、朗磨の舞台は、紙片の曲(紙卵)と中華蒸籠を演じました。中華蒸籠は無論和服の演出に改めてあります。二作で約15分。間に自ら口上を述べ、弟子修行をすることになった経緯をお客様に話しています。朗磨の地語りの口上は初めて聞きました。

 次に入也君が洋装でロープ手順とダイスを演じました。ダイスは黄色く塗られていて、1から6までそれぞれ数字が書かれています。それがツインで用意され。筒をかぶせる度に片方の配列と同じになります。小さな変化もあり面白い手順でした。恐らく既成のアイディアをそのまま演じたのでしょうが、入也君にはこうしたマジックの方が向いているのかも知れません。

 お終いは、大成で、煙管から傘手順を少し演じ、その後紐切りを一つ、この辺りは通常の公演手順なのでしょう。それから喋りで、朗磨を使ってお椀と玉。お椀と玉は時々大樹と演じていますので、手慣れて来ました。大成、朗磨の太夫と才蔵の絡みは初めて見ました。不足を挙げればきりがありませんが、こうしたシアターで稽古が出来ればいいと思います。

 そのあと柱抜け(サムタイ)。喋りが徐々にですが、出来て来ました。そして、金輪の曲。これも手順に組み込んでほぼ必ず演じているようです。いいことです。江戸の口上がほとんどそのまま残っている演技ですので、古典を見せる際にはいい作品です。

 そして連理の曲。半紙を切ってつなげて、お終いは吹雪になってめでたしめでたし。全体で40分近い演技でしょう。20代の若手で40分ストレートに演じて、人を飽きさせないマジシャンはそういるものではありません。大分うまくなったと思います。

 これで今、制作中の傘と羽根の手順が世間に評価されれば、大成も一気に安定路線に進むでしょう。なかなか難しいところですが、当人は底堅いものがありますから、私としては心配はしていません。

 

 5時少し過ぎたところでお暇をし、17時42分の列車に乗って、東京に戻りました。

 ウイザードシアターは、安中の中心街から車で10分ほど離れたところにあります。ナビを頼りに行かないと恐らくわからないでしょう。目立たない民家ですが、マジックショウと書かれた小さなのぼりが外に二本立っていました。ささやかな宣伝ですが高橋親子の思いが詰まっています。

 12月2日3日はワンツースリーの奇術の日です。ウイザードシアターは、奇術の日に名乗りを上げて、第二弾のマジックショウを企画するそうです。どんなショウになるのかはわかりませんが、せっかくここでマジックの縁が付いたのなら、年間数日でもマジックショウが開催されることを願っています。

続く