手妻師 藤山新太郎のブログ

1988 年、1994 年に文化庁芸術祭賞、1998 年に文化庁芸術祭賞大賞を受賞。2010 年には松尾芸能賞 優秀賞を受賞。 江戸時代に花開いた日本伝統奇術「手妻(てづま)」の数少ない継承者 藤山新太郎のブログ。

魔法使いアキット公演

魔法使いアキット公演

 

 朝から激しい台風。日中も雨が止むことのなかった昨日(9月8日)。18時から、アキットさんの公演がありました。場所は、渋谷、伝承館。渋谷区の施設らしいですが、初めて伺います。建物はまだ新しく、客席の左右に畳敷きの桟敷席があるのはどういう使われ方をしているのか興味があります。座席は300席くらいでしょうか。横浜にぎわい座から二階席を取り去ったような作りです。

 台風の中、お客様はどれくらい来るのかと心配していると、劇場は満席です。それも若い女性や、親子連ればかりです。よくぞこうした客層を集められるものだと感心します。マジックの催しではついぞみられない光景です。

 この晩のタイトルは、「魔法使いの頭の中」。と題して、ロボットに扮したアキットさんがおもちゃを用いて色々なマジックをしつつ、お客様にメッセージを送ります。そもそも、この人は、毎回、自身の幼児体験をもとにストーリーを作っているようで、いつも独特の物の見方で話を組み立てています。

 この日の晩も、おもちゃを作るロボットに扮し、終始ロボットの役でマジックを演じ続けます。ロボット役ですから、多少ロボット的なマイムをしますが、実際の動きもセリフも、普通にアキットです。芝居が始まるとまったく普段のアキットがマジックをしています。

 初めに断らなければならないことですが、アキットさんの芝居はリアルを追求しません。矛盾だらけなのです。細かく見て行けばおかしなことばかりを演じます。

 それは例えて言うなら、子供が見る夢が理屈も何もなく、ただ「こうなりたい」「こんな世界に行って見たい」と言う、思いだけで夢が出来ているように、そもそもが荒唐無稽な世界なのです。それを承知で公演を見ようと思う人でないと、アキットさんのショウはついて行けません。

 本来感情のないロボットが、ある時、なぜか感情が芽生え、工場の中で、新しいおもちゃを作りつつ、返品されてきて、古くなったおもちゃを壊すことに疑問を持ちます。そして、工場を脱走し、町に出ておもちゃ屋さんを開店します。そこで独自の玩具を作り、子供たちにおもちゃを提供すると言う話です。

 話はそのおもちゃ屋さんでの、ある一日の話からスタートします。となるのですが、ストーリーが始まると、そこはいくつものマジックショウが続きます。おもちゃの素材は使いますが、内容はマジックです。感情を持ったロボットの葛藤も、どこかに行ってしまいます。

 お客様から4つの希望を聞き、紙に書きだすと、それが預言の封筒から、そのまま4つの希望が書かれて出てくる予言マジック。さいころの数当てを、テレパシーの送信機(ヘルメットに三つ編みのお下げをつけたもの)、を使って、第三者に伝える。

 又ルービックキューブとカード当てを同時に30秒以内で行うと宣言し、チャレンジをするのに、チャレンジを失敗したときのペナルティとして、別のお客様にギロチンに入ってもらい。30秒以内で出来ないとギロチンの刃が落ちると言う、危険なマジックをします。

 結局、当て物は予定時間を超えてしまい、ギロチンの刃が落ちてしまいますが。ギロチンに入ったお客様は無事で、実は、カードもルービックキューブも当たっていたと言う結末。

 自分自身が30秒でルービックキューブを揃えて見せると言う記録に挑戦するために、別のお客様の命を質に預け、ギロチンにかけると言う発想は、まるで走れメロスの世界です。然し、おもちゃ愛に目覚め、感情を持ったことに苦悩するロボットのすることだろうか。と言う、真面目な疑問は一切説明はされません。何度も言いますが、彼の夢は疑問だらけなのです。全ては彼が好きな人のために彼のショウがあるのです。

 ショウは休憩なしに進みます。アシスタントが道具を運んで来る以外は、全く彼の独り舞台です。金庫と5つの鍵を使った当て物。これはクロースアップマジシャンが最近よく演じるマジックですが、それを演じました。別段アキットさんの演出や工夫はありませんが、お客様は一喜一憂して見ています。

 他に、簡易なジグザグボックスを使って自らの胴をずらす装置、等々、いろいろ演じて、お終いは暗闇の中で光線を出すバーを回して様々な色彩を見せます。

 終始、背景にはヨーロッパ風の街の風景が出て来て、絵本の中の世界をイメージさせます。やがておもちゃを壊していた工場の経営者との和解があり、めでたしめでたしの結末。

 何度も言いますが、これは、お客様がアキットが好きかどうかと言う、試金石のような内容です。好きだと言う人にはとことん愛されるでしょう。

 ただ、そんな中で、今回は、不思議と細部が充実して来ていて、画像にしても音響にしても、いいものを使っていますし、細部にわたって彼の考えが貫かれています。子供が勝手に描いた絵のような内容ですが、それが不思議な統一感があって、味わいのある絵に仕上がっています。

 こうした内容を見て、マジシャンは、或いは芸能に携わる人たちは何を思うか、と言う話を、彼に問うのは野暮なことなのでしょう。彼のショウが多くの観客を集めるからと言って、この先、彼を追いかけるマジシャンが100人も200人も増えると言うことはないでしょう。この公演がマジック界の大きな核になると言うことはあり得ないのです。

 つまり異端の芸かなと思います。ある意味手妻の世界に似たものではありますが、手妻が少ないながらもそれを目指す若者がいることを思えば、アキットさんの舞台は手妻よりもさらにコアで異端な世界と言えます。

 とにかく、毎年日本中で数十か所の公演を続け、また、熱烈なファンによって、仕事先までもファンが押し掛ける状況はマジシャンにはなかなかないことです。そこは充分認めなければならず、そのため私もこうして公演を見に行くのです。

 毎回見るたび常に不安定な内容です。然しそれこそが、女性ファンが彼を守って上げたくなるような、母性本能につながるのかも知れません。いずれにしても私にはない才能です。この先の活躍に期待したいと思います。

続く。