手妻師 藤山新太郎のブログ

1988 年、1994 年に文化庁芸術祭賞、1998 年に文化庁芸術祭賞大賞を受賞。2010 年には松尾芸能賞 優秀賞を受賞。 江戸時代に花開いた日本伝統奇術「手妻(てづま)」の数少ない継承者 藤山新太郎のブログ。

一日京都

一日京都

 

 昨日(8日)は、京都に行き、夜にリッツカールトンホテルのパーティーに出演しました。一日だけ京都にいたわけですが、京都に行ったと言うだけでどこも観光は出来ませんでした。スーツケース3つは、事前に宅急便で郵送しておいて、私はスーツケースを一つだけ持って午前中に東京を立ちました。

 私が一つだけスーツケースを持って行く理由は、その中に、蝶に使う壺と抹茶茶碗が入っています。他には、化粧セットと、着替え、そしてパソコンが入っています。

 何にしても大切なのは、壺と茶碗です。宅急便は確実に荷物を運んでくれますが、衝撃に関しては余り信頼を置けません。これまでも壺や茶わんが壊れています。貴重品扱いにしても同様です。壺はスポンジや、布で何重にもくるんで入れてあるのですが、壊れる時はあっけなく壊れます。

 特に、海外に行くときに飛行機の輸送で破壊される度合いが高いのです。これまで、マジックキャッスルに出演したとき、オーストリアの世界大会に出演したとき、フロリダのコンベンションに出演したとき。の三回、壺が粉々になっています。

 私の壺はどれも、今は亡き、榊原清人先生の作品で、価格も10万円以上のものばかりです。これ一つが壊れてしまうと、いくらいいギャラをもらっても大半の収入がなくなってしまいます。何より、仕事先に着いて、蝶を飛ばそうとして壺が壊れていては一大事です。

 こうなったときに私は、すぐに瞬間接着剤を買いに行き、スーツケースの中で壊れている壺をタオルにくるみ、タオルの中でスポンジを広げて行きます。そして散らばっている壺の破片を一粒残らず集めて、楽屋で骨折手術の如くに、細かな骨を接いで壺を再現します。壊れ方にもよりますが、先ず、大きく残っている破片をつなぎ合わせ、あらかた壺の形にしてから、次に小さな破片を、ジグソーパズルの要領で見つけ出しては接着して行きます。

 時にこの作業に2時間、3時間を要するときもあります。然し、舞台出演が迫っているときは細かな破片は後回しにします。これをやり遂げないと蝶の壺が使えません。花に停まる演技は蝶の中でも重要な部分です。活けてある牡丹の花は、壺のサイズに拵えてありますので、他の壺で代用するわけには行きません。

 しかも私のこだわりで、壺は備前でなければならないのです。私の演技は蝶が主役ですので、けばけばしい壺を使っては蝶が生きません。清水や、有田の絵付けの壺だと

絵柄が目立ちすぎます。

 そこへ行くと、素焼きの備前は地味な土色です。一見すると田舎の床の間に何気に置いてある種壺を代用したように見えますが、それでいいのです。備前は鈍く自己主張をしていて、華やかな牡丹の花をしっかり受け止め、どっしりと構えています。そうです、備前焼は花を引き立てる壺なのです。

 その渋い味わいにひかれて、私は20代から、蝶を演じる時には備前焼を使っています。また、演技の途中で水を使うのですが、その時の器が備前焼抹茶茶碗です。これも何の変哲もない茶碗ですが、蝶の静謐な演技に嵌って実にいい味を出します。

 と言うわけで、私は蝶に関する限り、壺と茶碗は必ず備前を使っています。使うのはいいのですが、いろいろな理由で壺も茶碗も壊されます。弟子が運ぶ際に落としてしまったり、宅急便で運んで壊れたり、飛行機の輸送で壊れたり、これまで何度も高価な壺が壊されています。

 所詮舞台で使う小道具ですから、本物である必要はありません。適当なものでもいいのです。然し、安い器を使って演技をすると、どうしても納得が行きません。自分の世界が作れないのです。結局費用が掛かっても備前を買うことになります。

 と言うわけで、私の蝶には、備前の壺と茶碗が必需品です。その壺と茶碗が割られては大変なので、手持ちで運ぶことにしています。

 

 さて、午前中に東京を立ち、新幹線で2時に京都に着きました。それから3時までにリッツカールトンホテルに入りますが、少し時間があるため、駅構内の伊勢丹デパートに行きました。何かおやつでもあればと見て回ると、いづうの鯖寿司のコーナーがありました。いづうは京都の老舗です。

 分厚い身の乗った鯖寿司に、厚い昆布が巻かれています。私は東京で、鯖の押しずしを食べることはありませんが、いづうだけは別格です。何しろ江戸時代から続いた寿司屋です。祇園にほど近い繁華街の中で今も盛業しています。

 値段を見ると、手のひらに乗るくらいのハーフサイズの押しずしが2900円です。高いとは思いましたが、大成に一度食べさせてやろうと思っていましたし、自分でも一つ食べたいと思っていましたので、ハーフサイズを買いました。

 タクシーで二条通りにあるリッツカールトンホテルに向かいます。ホテル前には大成が待っていました。そしてほどなく橋本昌也さんが来ました。橋本さんは私が連絡をして呼びました。

 橋本さんと大成は仲が良いらしく、先日7日に大成が大阪のキタノさんの主催する、チチンプイプイに出演した際にも見に来たようです。そしてこの日も私のショウを見ようとやって来たのです。控室に入って、いづうを広げました。三人で食べるにはあまりに小さなものですが、二切れずつ渡しました。

 味は、正直、本店で食べる味とは少し違っていて、私とすれば今一つでしたが、それでも東京で普通に食べる鯖の押しずしと違い、しっかりと厚い身が乗っていて、昆布も味わい深く、いい寿司でした。今度また京都に来るときは、本店に連れて行こうと思います。

 

 さて、この日パーティーは、アメリカのお客様で、一か月かけて飛行機で世界旅行をするツアーだそうです。その初日が京都のホテルです。そして第一夜の食事のショウに私が呼ばれたわけです。演技は、傘出しと蝶です。いつもの演技ですが、豊かな生活をしているアメリカ人ですので、素直にとても喜んでいただきました。

 海外のお客様もたくさん集まるようになり、これからはいい流れになって行くでしょう。私だけでなく、他のマジシャンもどんどん忙しくなると思います。そうなることを期待して、終演後、大成とハイボールを呑んで食事をしました。今晩は祇園には行かずゆっくり休みます。

続く