手妻師 藤山新太郎のブログ

1988 年、1994 年に文化庁芸術祭賞、1998 年に文化庁芸術祭賞大賞を受賞。2010 年には松尾芸能賞 優秀賞を受賞。 江戸時代に花開いた日本伝統奇術「手妻(てづま)」の数少ない継承者 藤山新太郎のブログ。

ザッキー大成の会

ザッキー大成の会

 

 ザッキー大成の会は、今年1月にアゴラカフェで公演があって、今年二度目の開催です。メインタイトルが、Tokyo Tejina Theater(東京手品シアター)と言い、マジックと古典の手品の融合を考える上でのタイトルだと思います。飽くまでこの会はザッキーと大成の二人のマジックを見る企画です。

 

 5月6日6時開場。お客様は少し少なくて、17名。何事も継続して行くことが大切です。

 全体を見た限り、少しずつですが、二人の目指そうとしているものが見えてきたように思います。その流れはいい方向に向かっていると感じます。以下その感想。

 

 6時30分からクロースアップマジック。ザッキーは、古銭を使ってのリングとロープ。デックを無造作につかんでその枚数を当てる当て物など、大成はこの時だけスーツ姿でクロースアップを演じました。カードとロープマジックです。

 7時10分からステージマジック。アゴラのステージはとても見やすく、演じる側としてもいい舞台です。初めにザッキー、BGMに乗せて、ファイルから色紙(いろがみ)を出して、鋏で切って眼鏡を作ります。そのメガネが本物に変化し、いつの間にかファイルから眼鏡ケースまで出て来て、眼鏡はケースに納まります。ファイルに挟むと消えてしまいます。前回見た眼鏡アクトがより充実しました。恐らくザッキーにすれば、音楽に乗せたアクトがあると、演技のオープニングが締まるために、ぜひとも欲しいのでしょう。実際この部分をもっと充実させれば、いい演技が生まれるでしょう。

 このファイルアクトはまだ続き、そこからカードが出て来ます。そして5枚カードを演じます。その後、カードとケースの変化があって、連続ファン出しをしてまとめました。ザッキーがカードマニュピレーションを作り始めたのは面白いと思いました。

 やはり西洋マジックでも、古典の定番もので上手さが見えないと、マジシャンとして評価が分かりません。と言って、平凡なカードマニュピレーションでは埋没してしまいます。苦悩の末の、ファイルとカードの扱いになったのでしょう。この先期待できるアクトです。

 

 次は大成、和の世界を見せます。二つ引き出し、そしてサムタイ。こうした作品を演じる限り、和は強烈なインパクトがあります。ここまでを演じた後で、テーブルクロス引きを始めます。和服姿のクロス引きは余りマッチしているとは思えませんが、そこに、ザッキーが絡んで会話をすると、奇妙な世界が生まれます。二人のアクトを作り上げるための実験です。

 初めにザッキーがフェイクのクロス引きを演じます。からくりを見せて、大成はそれを突っ込みますが、ここの二人の会話が今一つかみ合いません。互いがもっと強い個性があれば面白いのですが、まだキャラクターが育っていません。

 演技は未消化のまま5段引き抜きを演じます。グラスをピラミッドのように積み重ねて、間のクロスを抜いて行きます。引き抜きは上手く行きましたが、ザッキーがしどころがなくて二人の演技になりません。何も印象を与えないまま手順を消費してしまいます。

 

 景が変わってザッキーのチャイニーズステッキの改良手順。「比翼連理の竹」古典の作品をアレンジして不思議さを作っています。小さなエピソードを工夫しながら独自の手順を模索しています。もっとセリフを強調して工夫を膨らまさないと勿体ないと思いました。作品としては上手く仕上がっています。

 かつてフレッドカップスが得意とした、お客様を舞台に上げての、20枚のお札のカウントマジック。何十年ぶりかで見ました。実際日本の札で演じるのは難しいのですが、巧くこなしています。この先ザッキーの得意芸の一つになって行く可能性を感じます。お終いに「ザッキー札」をプレゼントするのですが、余りにお札がちゃちなため、逆にこれは面白いと思いました。この後も、リングなどを手伝ってくれた人にもザッキー札を上げたらどうでしょう。

 そして12本リング。これはもう手慣れて安定しています。プロで生きようとするなら、こうした作品をいくつも持っていないと生きて行くことは不可能です。

 

 そのあと大成が出て、連理の曲。随所に工夫が加わっていて、個性が出て来ています。いい流れです。お終いの撒き(滝)で終わるのは、これはこれでありです。巻きと言う強烈な飛び道具があることが手妻の強みです。

 さてこのあと、傘出しで締めるのかと思いきや、今回は撒きで終わり。その後サービスに、二人がコラボして、卵のプロダクションをして競いました。変わった手順です。

塩の瓶と卵が袋の中で入れ替わり、塩の瓶が消えたとみると、卵が出て来て、更に卵の中から塩の粉が流れ落ちると言うのが落ちです。まだ無理無理の落ちですが、こなれてきたらうまい解決法が出来るでしょう。何にしてもビッグフィニッシュにしない姿勢が洗練されています。

 

 今回見て感じたことは、ザッキーは基本的なマジックを見直すことの重要性に気付いたようです。私が常々申し上げているように、「名人と言うのは、普通のことが普通にできる人の事だ」。と言うのは、実は、基本をおろそかにしないと言うことであり、基本ができている人の事を巧い人と言うのです。その道で成功することは、何でもないことに気付くことで、何か特別なことをすることではないのです。

 今回、5枚カードや20枚の紙幣を取り入れたことは、ザッキーの今後の方向性を示していると言えます。チャイニーズステッキ、12本リングなどの演技と合わせて「新古典派」、などと言う流れが生まれる可能性があります。

 それは大成も同じであって、基本を嫌と言うほど積み重ねた先に、古典芸能の継承者の道が開けて行くのです。基礎の積み重ねがないまま、好き勝手なことをしていては手妻にはならないのです。

 こうした地味な活動が普通に行われていると言うところが日本の文化であり、東京と言う都市の懐の深さかと思います。こうした活動が続いて行くことが、日本のマジック界を大きく深くして行きます。そして多くの手堅い観客の支持を得て行けるようになります。

 お二人は、今は苦しい活動を続けているでしょうが、これは10年後、20年後にきっと大きな成果を生むと思います。一つ一つの作品の成功失敗は余り問題ではないのです。大切なことは悩んで、苦しんで、独自の世界を作って行くことです。

 そして二人の苦労を周囲の若い人が見ています。次の世代が、二人の活動に注目しています。裏方を手伝っている若手も、きっと何らかの影響を受けたはずですし、観客で来ている小学生も、とても大きな経験をしたはずです。

 それは私のリサイタルを裏方で手伝っていた、大樹や大成がやがて大きく成長して行くことと同じで、こうして芸能は継承されて行くのです。

 終演後、出演者がお客様と談笑している姿を見て、ほっとして帰宅しました。

続く