手妻師 藤山新太郎のブログ

1988 年、1994 年に文化庁芸術祭賞、1998 年に文化庁芸術祭賞大賞を受賞。2010 年には松尾芸能賞 優秀賞を受賞。 江戸時代に花開いた日本伝統奇術「手妻(てづま)」の数少ない継承者 藤山新太郎のブログ。

星飛雄馬

星飛雄馬(ほし ひゆうま)

 私が小、中学生のころ、スポーツ根性物、という漫画が流行りました。略して「スポ根物」と言うジャンルで、あしたのジョーなどもその分野のヒット作です。話はいずれも貧しい家庭に育ち、父親の無茶な根性論によって息子が鍛え上げられ、やがてプロスポーツ界で活躍してゆく物語です。

 その中でも代表作が「巨人の星」で、星飛雄馬と言う少年は、日雇いの親父の家に生まれ、母親はなく、気立ての良い、幸薄そうな姉と、酒を飲んでは大暴れする父親と暮らしています。父親は、飛雄馬を、一流の野球選手に育てるべく、大リーグ養成ギブスと言うものを考案し、幼い子供に着せて、日ごろから筋力を鍛えようとします。

 この機械は、要するに強力なばねで腕方を押さえつけ、少しでも手を伸ばそうとすると負荷がかかるようにして、日常から筋力を鍛えるための器具です。これがために飛雄馬少年は、満足に茶碗も持てず、箸も持てず、苦しい生活を余儀なくされます。

 やがてその養成ギブスにも耐え、彼は巨人軍に入団し、優れたピッチャーになって行きます。そうしてプロ球団を見渡すと、そこには全国から、同じような貧しい家庭に育って、苦労してきた若者が入って来ます。農家で両親を助けて働いてきた、左門豊作だとか、金持ちの坊ちゃんで天才少年の花形満と言った、物凄いライバルが現れます。

 そうした中、飛雄馬少年は、家族の生活を助けるために野球をし、やがて消える魔球と言う技法を開発し、野球界をあっと言わせるようになります。

 荒唐無稽な話なのですが、子供にとっては面白く、毎週毎週のストーリーが楽しみでした。親父が軍隊に行っていたおかげで暴力的、家が貧しい、親の暴力に耐えてプロスポーツ界入り、やがて大成功する。このパターンは昭和のスポ根物の定番で、その後もいくつかの作品が出て来ます。

 

 長々話をしましたが、昭和のスポ根物は、今のスポーツ界とはかなり違った状況で子供を育てています。然し、彼らが最終的に何を掴もうとしているかと言うと、そこにはアメリカンリーグがあったのです。大リーグ養成ギブスと言う名の通り、それは、まさにアメリカンリーグに行くための秘策だったわけです。

 飛んでもないばねの付いたギブスを、日ごろから着せられたのも、その先にアメリカンリーグがあったからです。私には、どうもこの時の飛雄馬少年と大谷翔平選手が重なって見えます。但し大きな違いは、飛雄馬少年は親に強制されてやっていたことですが、大谷選手は自ら進んで体を鍛えていたことです。

 にもかかわらず、大谷選手は、まるで飛雄馬の生まれ変わりのような人生を歩んで、大リーグに行き、今やアメリカの野球界の最高のスターになっています。彼は養成ギブスなど使わなくても立派な体を作り、ハンサムで、しかも頭の回転のいい人で、仲間や相手チームをリスペクトする心を失いません。

 いわば人として申し分のない人です。今回のWBCは、まるで大谷選手の物語のように、彼を中心に展開しましたが、世界中の野球ファンが彼の成功を望んだのですから、テレビは忠実に視聴者の要望に答えただけなのでしょう。

 それにしても、チェコでも、台湾でも、韓国でも、アメリカでも、大谷選手だけは別格の扱いで、新聞でもテレビでも特集しているようです。WBCの試合がどうこうというよりも、大谷選手の人柄の素晴らしさ、人気などが話題になり、野球以外の部分で話が発展しています。

 どうも大谷選手は、全く新しい次元の野球選手像を作り上げたようです。これから数年、彼は野球界の頂点で活躍するでしょう。そして、世界中の野球ファンの少年たちが、彼を追いかけて野球選手になって行くでしょう。

 その時に、彼らは野球選手になるために、野球の技術もさることながら、優れた人格を求められることになるでしょう。こんなことは今までなかったことです。スポーツ選手は、スコアにさえ責任を持てば、あとは何をしても大概のことは許されたのです。道徳や人格など問われることはなかったのです。

 実際、よく大谷選手と比較される、ベーブルースでさえ、人格には問題が多く、表に出せない様な不名誉な話がたくさんあったのです。然し、だからベーブルースがどうしようもない奴だとは誰も言わなかったのです。あの時代は一芸に秀でていれば相当に悪いことをしても許されたのです。

 然し、大谷選手以降はスポーツ界も変わって行くはずです。世間は優れた選手に惜しげもなく大金をつぎ込みますが、同時に社会的な責任を問うようになるでしょう。そうした意味で、スポーツ界は新しい時代に入ったと言えます。

 

 それにしても何とWBCは劇的な展開をしたことでしょう。最終戦での村上選手のホームランと言い、ダルビッシュ選手を8回目に登板させたことと言い、剛速球を投げさせたまでは良かったのですが、そこで予期せぬ相手のホームラン。さすがのダルビッシュもひるんで、その後、一塁二塁に進出を許してしまい、あわや日本の危機と思わせて、仲間のゲッツーにより抑え込んだ妙技。冷や冷やドキドキ、見せ場の連続でした。

 そして迎えた九回目に、何と大谷選手を登板させ、最後の最後で、相手のバッターがトラウトと言うスポ根漫画のような勝負。トラウトは同じエンジェルスの大先輩で、大谷選手も可愛がってもらっている選手、アメリカ野球界で神様のような人です。

 その恩ある先輩を倒さなければなりません。まるで隠れキリシタンに踏み絵を踏ませるような行為です。寄りによってなぜこの選手を最終最後に持ってきたのか。もし栗山監督の計算だとしたら、この監督は天才です。と同時に天才の元で働く選手はどれほどメンタルを酷使されることか。悲しくも厳しい戦いです。

 大谷選手にすれば、トラウト選手とだけは戦いを避けたかったでしょう。この勝負は余りに酷です。然しここで、彼を倒さなければ日本の優勝はあり得ないのです。人生で最も苦しい勝負だったと思います。

 天は大谷選手に味方して、日本の勝利に終わりましたが、それにしても勝負に勝つと言うことは、単なる小手先のボールテクニックではありません。多くの人の協力、多くの人の努力、そして幸運。あらゆる力が作用して勝利は生まれるものだと知ります。その頂点に存在する大谷選手は世界に稀に見る幸運児なのだと思います。いい試合が連日見られて幸せでした。

続く