手妻師 藤山新太郎のブログ

1988 年、1994 年に文化庁芸術祭賞、1998 年に文化庁芸術祭賞大賞を受賞。2010 年には松尾芸能賞 優秀賞を受賞。 江戸時代に花開いた日本伝統奇術「手妻(てづま)」の数少ない継承者 藤山新太郎のブログ。

WBCメキシコ戦 一条大蔵卿

WBCメキシコ戦 一条大蔵卿

 

 おかしな取り合わせのタイトルですが、昨日のお話を致します。朝8時から、WBC日本メキシコ戦を見始めました。ピッチャーは佐々木朗希、三回までは快調に投げていたのですが、四回目でメキシコに3点を取られてしまいます。人の運命は分かりません。すぐにピッチャー交代で、山本由伸に変わります。ここから何となく日本チームに不安がよぎって来ます。

 五回六回と何事もなく進みますが、この日は、私は国立劇場で上演されている歌舞伎教室を見に行くことになっています。朝10時に、高橋朗磨君と入也君がやって来ます。私の車で国立劇場に向かいます。

 国立劇場の外は一面の桜の盛りです。向かいは皇居。すばらしい眺めです。ここで少し早いのですが、昼食を済ませようと、三人で助六寿司を食べました。何とものどかな花見です。

 歌舞伎は、青少年のために毎年公演している解説付きの歌舞伎教室で、今回は、「一條大蔵譚(いちじょうおおくらものがたり)」と、「五条橋」の舞踊です。

 これは源氏と平家の抗争の時代、平安末期の世界で、源氏の統領源義朝が破れ、女房の常盤御前平清盛に手籠めにされ、それも飽きた後には一条大蔵卿に押しつけられます。この一条大蔵卿と言う人は、少し奇行の目立つ人で、発育の遅れた人と見られていましたが、実はそれは「作り阿呆」であって、内心は清盛の横暴に憤慨し、何とか源氏を盛り立てて、政治を正したいと言う野望を持っていました。

 芝居は、この作り阿呆のさまを面白おかしく見せるのが眼目で、貴族の姿をしていながら何とも滑稽な仕草が昔から人気の芝居の理由です。中村又五郎さんが主演で、私は又五郎さんの大蔵卿を初めてみました。と言うよりも、又五郎さんと言う人をじっくり見たことがありませんでした。

 先代は脇役で渋い演技の人でしたが、当代のことは全く知りませんでした。でもいい役者です。昔勘三郎(先代)が得意にしていましたが、比べることは出来ませんが、陽気で、面白い芝居でした。

 後半の五条橋は、ストーリーとしては繋がっていて、源氏再興を宣言する大蔵卿が、源氏の名刀、友切丸(ともきりまる)を、源氏の遺子、牛若丸(源義経)に託します。

 その頃義経は、五条橋で、弁慶に絡まれ、喧嘩のさ中です。やがて弁慶を打ち負かし、弁慶を家来にしたところに、うまい具合に使者が来て、友切丸を義経に渡します。

こうして源氏の旗揚げを始める。と言うストーリーですが、ストーリーは荒唐無稽でも、義経弁慶の戦うさまが舞踊で演じられたり、大蔵卿の阿呆の姿、又前半には曲舞(くせまい)と言う、今ではあまり見られない景が付いて、歌舞伎ファンなら十分楽しめる内容です。

 但し、人気役者が出ていないせいか、観客席は今一つ盛り上がりません。

亀蔵さんが、芝居の解説をしましたが、面白くて軽妙です。途中で、日本メキシコ戦が、劇的な逆転をして日本が勝利した。と話していました。歌舞伎の中にもWBCメキシコ戦が出てくるところが面白いところです。

 国立劇場は、3時30分に終了。それから、朗磨君たちを新宿でおろし、私は帰宅をしました。ニュース番組を漁って、詳しい状況を見ると、そのメキシコ戦が如何に手に汗握る戦いだったかを知りました。

 もうすでに皆さまはご存知かと思いますので、かいつまんで申し上げると、8回までは4対5で、メキシコが優勢だったのです。「あぁ、このまま一点差で日本は負けるのかな」。と思っていると、9回目の裏、最後の最後の回で、大谷選手がいきなりツーベースヒットを打ちます。

 ここで大谷選手は珍しく、二塁ベースの上で雄たけびを上げてガッツポーズをとります。日頃表情を変えない大谷選手が、こんな姿を見せるのは今までなかったことです。彼はチーム全員に喚起を呼び起こそうとしたのでしょう。あの世界トップの大谷選手からして、ここで全身全霊の力を求めたのです。チームが応えないわけにはいきません。次に上がった吉田まさたか選手が、フォァボールになって、一塁に出ます。これで一塁二塁、二人の走者が出たことになります。ここで栗山監督は一塁の吉田を引っ込めて、代走に周東を当てます。足の速さで有名な周到はまさにこれが自分の活躍の場であることを知り、発奮します。

 さぁ、これで準備は万端です。ここでもしホームランでも出たなら日本はサヨナラ勝ちです。そして迎えたのは村上宗隆選手です。村上選手はWBCの試合中ずっと不調ままでした。然し、栗山監督は彼を信じ続けてメンバーとして使い続けました。そして、この場、ここへきて彼に全てを託したのです。人生でこれほどのプレッシャーはなかったでしょう。そしてバッターボックスに立ち、会心の一撃二塁打を放ちます。まるでスポーツ根性物の漫画のストーリーのような展開です。

 日本は逆転サヨナラ勝利です。大した試合でした、メキシコは99%勝ちを信じていたものが、村上選手に撃たれて、あんぐり口を開けて、放心状態でした。球場は大騒ぎ。ものすごい熱狂です。私も、朝まで見ていた試合では、ひょっとすると日本は勝てないかも、と思っていたのですが、最後の最後で、日本勢は自らの力でつきを呼び起こしました。

 特に、大谷選手の雄たけびは、全選手に大きな影響を与えたと思います。また栗山監督の周東起用も見事です。村上選手を追い詰める結果になりましたが、最後の最後で村上選手は自分の力を出しました。野球は簡単に勝たせてはくれません。自分の寿命を縮めるほどの緊張感を強いられた上に、出せる力をすべて出し切らなければ勝てないのでしょう。いや、いいものを見せてくれました。明日のアメリカ戦が楽しみです。

続く

 

 

 

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