手妻師 藤山新太郎のブログ

1988 年、1994 年に文化庁芸術祭賞、1998 年に文化庁芸術祭賞大賞を受賞。2010 年には松尾芸能賞 優秀賞を受賞。 江戸時代に花開いた日本伝統奇術「手妻(てづま)」の数少ない継承者 藤山新太郎のブログ。

物を書く

物を書く

 

 こうして毎日ブログを載せていると、私のブログの読者から、「あれだけ長いブログをいつ考えて、書いているのですか」。と尋ねられます。私は毎朝5時くらいに目が覚めます。7時半に朝食を食べます。その間の2時間半が空き時間になります。

 せっかく早起きしても、漠然とテレビを見て二時間半使ってしまうのは勿体ないと思い、何か創造的なことをしようと考えて、ブログを書いています。但し、同じ書くなら、例えば、週刊誌2ページくらいの連載を頼まれたと想定して、原稿用紙6枚分くらいの文章を書いてみよう。と決めました。

 別にどうしても6枚でなければならないと言うことはないのですが、原稿用紙6枚と言うのは、私の考えをまとめるのにちょうどいい長さです。そして、4枚半進んだところで、それまで話してきたことをいきなり別の方向に持って行き、意外な結末にしよう。と、残り600文字で一気に本音を語って、種明かしをするのが私のブログの書き方です。

 ウクライナでの戦いにしても、縁もゆかりもない一介のマジシャンが「戦争はいけない」。と言っても、実際意味はないのです。戦争がいけないことは誰でも知っているのです。然し、現実に戦争が1年も続いている中で、全く何事もなかったかのように見て見ぬふりをすることは出来ません。

 連日ニュースなどで戦況を見ているのなら、間違ったことは間違っていると言うべきでしょう。無論マジシャンの言葉なんて始めから無力です。でも無力の自分に何が出来るかと考えたときに、いけないことはいけないと繰り返し言うことが大切なのだと思います。

 でも、ただ、いけないと言い続けても人の共感は集まらないのです。言葉を人に伝えるにはセンスが必要です。さてそのセンスを問われた時に、私ならどう語るべきか、それを自分に問うてブログを書いています。

 

 ウクライナと言う国は、ヨーロッパの中ではフランスをしのぐほど豊かな土地を持っています。実際、ウクライナにのお陰で、これまで数百年間、ヨーロッパは餓死せずに生きて来れたのです。ナポレオンでも、第一次、第二次世界大戦のドイツでも、必ずロシアを攻めるのはなぜかと言えば、ドイツもフランスもウクライナが欲しいからです。

 それほど豊かな土地を持つウクライナの国民は豊かに暮らしているかと言えば、全く逆で、ロシアの圧政の中で貧困にあえいでいます。この100年間でも、3度の餓死者が出るほどに困窮しています。なぜか、ロシアが力ずくで穀物を奪い取ってしまうからです。

 ウクライナで600万人と言う大量の餓死者が出たのは、遥か昔ではありません。1933年のことです。この年はウクライナは大豊作だったのです。その穀物を、社会主義の成果だと自慢したかったスターリンが根こそぎロシアに持って行ってしまいました。この穀物を売って、スターリンは軍備の拡張を図ったのです。

 それがためにウクライナでは、死者類類の惨状になりました。スターリンの配下にいたフルシチョフが、ウクライナの管理官になってキエフの駅に立った時。貨物車が通過して、その無蓋車には死体が無造作に積まれ、何十台も延々連なって行ったと言います。これを見て、フルシチョフスターリンの欺瞞を知ったのです。

 本来なら世界中で最も豊かに暮らせるはずのウクライナが何度も餓死者を出さなければならなかったのはロシアの圧政によるものです。圧倒的な力を持つロシアに対して、ウクライナは常に従うほかはなかったのです。然し、2022年、ウクライナは初めてロシアに反旗を翻したのです。このままではどうにもならないと考えたのでしょう。そして微弱な装備ながら、ロシアと戦い、今日まで善戦してきたのです。

 何とか支援したい。とは誰もが思うでしょう。でも現実にはどうしたらいいですか。大きな問題の前には人は無力です。でも無力と知っていても何とか協力できないか。と、悩みを共有することが協力の第一歩でしょう。そこに工夫を巡らすことが人の知恵でしょう。とにかく一週間に一回でもウクライナのことを考えて、支援するのが大切なのでしょう。

 ウクライナは侵攻が始まってすぐのころは、ワッと人の注目を集めましたが、今ではほとんど話題にもなりません。でも、ウクライナロシア戦は、サッカーや野球の試合ではなく戦争なのです。今も死者が出ています。何とか話題が途切れることなく、人の共感を集めるように書き続けています。

 

 話を戻して、「毎朝原稿を書いていて、ネタは尽きないのか」、と尋ねる人がありますが、私は新幹線に乗ったり、出張先のホテルの中で、時間があると原稿を書いています。急ぎブログに載せる必要のないものは書き溜めておいて、ブログを書く暇のないときに載せています。但し、ストックしたものが賞味期限が切れて、役に立たなくなってしまうものもあります。残念です。

 大体、ブログにかける時間は2時間弱です。既にスタイルが決まっていますから、流れに沿って書き綴り、お終いの方で話を少し捻って終わっています。この少し捻る所に時間がかかります。

 

 ただ、こうしてブログを書くことは、私の本来の目的ではありません。ブログは言ってみればウォーミングアップのようなもので、寝ている頭をたたき起こすためにしていることです。本来の活動は、マジックや、手妻の台本を書いたり、頼まれている挨拶文を書いたり、演技の手直しをするのが本来の仕事です。

 手妻の舞台のセリフを考えるのは楽しい作業です。然し、いきなり手妻の台本を書くとなると、どうしてもマンネリになりやすく、同じアイディアしか出て来なくなります。そこで噺家が落語の枕を考えるように、時事ネタを考えて、ブログを書くと、実にすっきりと、新たな考えが出て来ます。一度別の方向に頭を使うと、いい効果が生まれます。自分自身の活動を、日ごろから少し多忙な生活にしておくくらいが日々の活動に緊張感が生まれて、体も頭の調子もいいのです。

 ブログは今後もしばらく続けようと考えています。毎日300人の読者が覗きに来ています。日曜日の休みの時でも170人が覗きに来ます。この170人と言う数が、何とも、読者の未練を感じて、私がブログをやめられない理由です。

 毎回日曜日は休みだと告知しているのに、覗きに来るわけです。もし、日曜日も書けば、やはり300人が見に来るでしょう。それだけ支持されているのは有り難いと思います。コロナと言う、芸能にとっての最大の危機の中、見つけた私の生きがいの一つがブログなのです。

続く