手妻師 藤山新太郎のブログ

1988 年、1994 年に文化庁芸術祭賞、1998 年に文化庁芸術祭賞大賞を受賞。2010 年には松尾芸能賞 優秀賞を受賞。 江戸時代に花開いた日本伝統奇術「手妻(てづま)」の数少ない継承者 藤山新太郎のブログ。

ナチズム 6

ナチズム 6

 

 独ソ戦は、ドイツ軍だけでも300万人の死者を出します。ロシア人は軍人民間人を併せると3000万人の死者が出ました。第二次大戦中、一国で3000万人の死者と言うのは最大の被害です。なぜそんなことになったのか、それは、攻めるヒトラーも変質者、守るスターリンも変質者だったからです。

 独ソ戦は、初めから戦争ではなかったのです。ヒトラーの目的は、スラブ人を殺戮して、地上から殲滅させることが目的でした。フランスやベルギーを攻略していた時とは根本が違い、ヒトラーは始めからスラブ人を人として扱わなかったのです。

 先ずロシア人を殺戮し、空いた土地に東欧の労働者を送り、耕作させる、それをドイツが収奪する。それがドイツの世界征服の目的でした。そのため無抵抗なロシアの農民や、捕虜になった兵士を何か理由をつけては処刑しました。ロシアの平原を進軍して行きながら、どんな小さな村でもスラブ(ロシア)人とみると処刑したのです。

 迎え撃つロシア兵は、未組織のまま村や町を拠点にゲリラ戦で戦いを挑みますが、無論ドイツの最新兵器の前にはかないません。戦うだけ戦って、弾が無くなれば降伏します。ところが降伏した兵士がことごとく処刑される姿を見て、この戦いの目的が単なるイデオロギーの違いではなく、ロシア人の殲滅であることを知ります。そうなら降伏が出来ないと知ります。

 このためロシア兵は、どんな小さな村に立てこもっていても、最後の一兵まで戦うようになります。これが結果としてドイツの進軍を決定的に遅らせる原因になります。

 穴の中に隠れたネズミを獲る如くに、ロシア兵を全員殺戮しない限り、一歩も前進できなくなります。こうした戦いは、日本軍がアメリカに対して行った硫黄島沖縄戦と同じく、アメリカ軍が、いかに優秀な兵器を備えて、大軍で向かって行っても、追い込まれた兵士は降伏しません。最終的には一兵と一兵の銃での戦いとなり。両軍共に膨大な戦死者を出す結果になります。

 既にフィリピンまで取られた日本には勝ち目はなく、沖縄戦の際には日本も降伏のサインを送っていました。ここでアメリカが和平交渉に乗っていれば、この先の膨大な兵力の損耗はなかったのですが、アメリカは無視します。アメリカは既に勝っている戦いで無駄な消耗戦を繰り返したのです。

 

 とにかくドイツ軍は、悪条件の中、北はレニングラードに接近し、中央はモスクワに達し、南はウクライナから、スターリングラードにまで達します。然し、ここから市街戦が展開され、攻める側も守る側も損害がけた違いに膨らんで行きます。まずドイツ軍は、空軍を駆使してスターリングラードを空襲します。その上で市街戦を展開しますが、実は、都市を破壊したことによって結果、ロシア兵の隠れ家を作ってやったことになり、まさに戦いが複雑化します。

 ソ連は、国内の兵士を駆り集めてどんどんレニングラードスターリングラードに投入します。ドイツ軍が幾ら殺戮を繰り返しても、次から次とロシア兵が補充されます。そして、スターリンは兵士に「決して降伏するな、逃げるな」。と言明します。言葉だけでなく、新卒の兵士の後ろには古参の兵士がにらみを聞かせていて、逃げる新卒の兵士がいたら撃ち殺せと言う命令が出ています。実際ロシアの兵士は、ドイツ人にも、ロシア人にも撃たれたのです。こうなるとロシア兵はただがむしゃらに戦いを挑みます。当然死ぬ気の戦いですから強いのですが、然し、これは結果としてとんでもなく死者を増やします。3000万人の死者はドイツが一方的に作り出したのではなく、スターリンの無知が悲劇を生んだのです。

 後ろにスターリン、前にヒトラーと対峙するロシア兵は悲惨です。ロシア兵にとってはソ連と言う国は自分の味方ではないのです。前も後ろも殺人者なのです。

 やがて、冬が厳しくなって、ロシア兵の動きが活発化すると、この立場は入れ替わり、ドイツ兵が地獄を見ることになります。

 いくら戦っても次々に投入されるロシア兵を見て、ドイツ兵は終わることのない殺戮に嫌気がさしてきます。弾も食料も遅れがちです。もとより、何千量もの戦車軍団で来ていながら、泥沼の中に半分の戦車が捨て置かれました。兵士も不足しています。さすがにレニングラードスターリングラードまで来ると、ドイツからの物資はほとんど届かないのです。

 ドイツ兵はマイナス30度の中で毛布一枚で野宿します。朝起きて自分が息をしていれば、自分は何て幸運なんだと思ったそうです。

 やがてロシア兵に囲まれて、銃での戦いになります。戦況は一進一退を繰り返します。武器も食料も尽きて来ます。退却する以外ありません。然しヒトラーは退却を認めません。食料も物資も届かず戦わなければならず、兵士は地獄の苦しみを味わい、大半が死亡します。

 4年間の戦いの後、ドイツ軍は退却します。ソ連の勝利です。然しその代償が3000万人の死者です。3000万人の犠牲を出した国が勝者と言えるかどうか。むしろそのリーダーが生き残ってしまうと言うことの方が大きな問題だと思います。

 

 ウクライナでは、ドイツが進軍してきたことで、大麦小麦の収穫はことごとく持ち去られて行きます。ほんの数年前に、スターリンに麦を持ち去られてウクライナは人口の二割を餓死させる結果になったのに、今度はドイツ人によって飢餓が再発します。本来豊かな穀倉地帯のウクライナが、豊かであるがゆえに標的にされ、飢餓が繰り返されたのです。

 

 ウクライナヒトラーによってのみ飢餓を経験したわけではないのです。むしろナチスがしたことはわずか数年のことです。それよりも前からスターリンによって苛斂誅求が繰り返され、ウクライナはロシアの半奴隷の如く扱われて度々餓死者を出してきたのです。それは第二次世界大戦後も同様でした。ソ連全体の食力不足のために、ウクライナ穀物は収奪され続けました。

 村で豊かな生活をしている経営者はみんなつかまりブルジョアジーとレッテルを張られ、不平等と言う名のもとに家族全員シベリア送りになりました。種苗を研究している経営者、肥料を扱う経営者、倉庫を持って穀物を保管する経営者。大きなトラックを所有して輸送する経営者。農業を企業化して、少しでも地域を豊かにしようと考えていた人たちは、全てブルジョアと言われてシベリア送りになったのです。

 何かをすれば役人ににらまれるため、結果として、無気力で、先のことを考えない農民だけが残されました。結局、ウクライナは隣にロシアがある限り豊かな生活は送れなかったのです。プーチンさんは、ナチズムが平和を脅かしていると言いましたが、今の世界のどこにナチズムがありますか。平和を脅かしているのはナチズムではなく社会主義者です。ソシアリズムは時代遅れなイデオロギーなのです。

 本来豊かなはずであるウクライナが一度も豊かさを経験できなかったのは、隣にロシア人がいたからです。ウクライナの歴史は搾取の歴史です。こんな状況でロシアの言うことをきく国など一つとしてないのです。

 そのウクライナ人が初めてロシアに戦いを挑んだのです。これは大きな歴史の転換です。この戦争はまだまだ続くでしょうが、勝利はウクライナにあります。プーチンさんもロシアも過去の遺物となって行くでしょう。

ナチズム終わり