手妻師 藤山新太郎のブログ

1988 年、1994 年に文化庁芸術祭賞、1998 年に文化庁芸術祭賞大賞を受賞。2010 年には松尾芸能賞 優秀賞を受賞。 江戸時代に花開いた日本伝統奇術「手妻(てづま)」の数少ない継承者 藤山新太郎のブログ。

初音ミケⅡ 3

初音ミケⅡ 3

 

 私はいつの間にか熱心にミケと会話をしていました。「確かにお前の言うとおり、私はお前を拘束したり、ペットにして飼おうとは考えてはない。でも、何にも考えないで、ただ猫を見ている人って私だけではなくて、かなりの数がいるんじゃないか?」。「いると思うわ。でもそうした人たちは、猫に対して否定的なのよ。好きとか嫌いとか言うよりも興味がないの。そもそも猫を仲間としてちゃんと見ようとしないのよ。だから猫は猫シンパシィを送ろうとはしないの」。

 「新しい言葉が出て来たなぁ。猫シンパシィか。それって何なんだ?」。「猫が自身の心の気持ちを伝えようとするときに使うのよ。猫に限らず、動物も、虫もみんな持っているわ。人間にも本来はあったのよ。

 今でも、人間の母親と赤ん坊なんかには人シンパシィが残っているわ。赤ちゃんのちょっとした泣き声で、赤ちゃんが伝えたいことが分かったりするでしょう。あるいは泣いていなくても、何かしてほしいことが分かるでしょう。遠く離れていても何かあったときには胸騒ぎがすることがあるでしょう。

 そんな時は、たまたま人シンパシィの才能が甦って来た時なのよ。人間の場合は、そうした機能が退化しているから、誰でも、いつでも赤ん坊の気持ちが分かるわけではないんだけども、それでも赤ん坊なら自分の分身だから、シンパシィのつながりが多少は残っているのよ。でも、同じ人間でも他人の関係だともう人シンパシィは全く感じられなくなってしまったのよ」。

 「たとえば、人間のあいだでも、夫婦なんかはシンパシィは多少役に立っているのかなぁ」。「全くの他人よりも少しはつながっている部分はあるけども、人シンパシィの度合いは、とっても薄いと思うわ。人は人シンパシィを使うよりも前に、言葉や表情で人の心を読み取ろうとするから」。

 隣の建築現場の大工が車を動かして、移動を始めました。ミケはそれに反応して、じっと車を見ています。

 「勿論、言葉や表情は人シンパシィに似たような、心の表現をするんだけども、人間は嘘をつくし、体裁を取り繕おうとするし、受け取る側は自分にとっての都合のいい思い込みをするし、言葉や外見だけでものを考えていると、どんどん本当の意味から離れて自分の世界を作ってしまうのよ。

 夫婦なのに、言葉の行き違いで何年も話をしなかったり、離婚をすることなんて結構あるでしょう?。どうしてそんなことになるかと言えば、初めから相手を理解しようとして会話をしていないからなのよ。始めに自分自身の思い描いている世界があって、それと相手の人の行動や、考えがつながっていないから、理解し得ないのよ。言葉の行き違いで理解し合えないんじゃなくて、初めから理解し合っていないのよ」。

 「お前の言っていることはよくわかるよ。でもどうしてそれだからと言って、私だけがお前の猫シンパシィが分かるのかと言うことが分からない。私にそんな能力があるとは考えられないんだ」。

 「それがあるのよ。さっきも言ったように、先ず猫の心と会話するには、人間がニュートラルになって、猫に接しなければだめなのよ。特に可愛がる必要もないし、すり寄る必要もないの。と言って、猫を下等なもの、頭が悪いだとか、物を考えていないだとか、汚いだとか、バカにしてはいけないの。それでは猫の心は開かないわ。人間の中にも猫を理解しようとする人はたくさんいるわ。でも、それはほとんどは自己中心的なもの考え方の中で、猫を考えているだけな場合が多いのよ。

 たまたま先生はニュートラルな気持ちの作り方がうまかったのね。何も考えていないからよかったのよ、何もないところに、私がすっと入り込んだのよ。そうしたら、言葉が通じ合ったわけ」。

 「それは例えば、ラジオの電波を受け入れる時に、ダイヤルを微妙に動かすと、知らない国の放送が入って来ることがあるのと同じことかなぁ?。知らない国の放送なんて全く興味がないのに、電波が入って来るのは、無心にダイヤルをいじっているときに偶然発見できただけだろう。ラジオの電波を探して、たまたま波長が合ったからなのかなぁ」。

 私はなんとか見毛の言うことを理解しょうと考えてラジオの電波を考え、それで自分自身を納得させようと思いました。

 「私がいつもニュートラルにお前を見ていたから、たまたま猫シンパシィの波長を見つけたんだね。でもそれで猫の気持ちが分かるようになるんだろうか」。「なかなか猫の細かな気持ちまでは分からないと思うわよ。猫シンパシィはいつでも出ているんだけども、受け取る側がそれを雑音にしか聞こえなければ意味はないの、ラジオの外国電波のことは分からないけど、先生はいつでも私の言葉を探し出そうとしていたわ。それも理屈ではなくて、仲間の立場で、心の告白を聞こうとしていたわ。それが猫と会話が出来るようになった大きな理由なのよ」。

 「君の考えに『心の告白』と言う言葉が出て来るとは思わなかったなぁ。私はマジックや手妻を演じる時に、どうしたら自分自身の心の中を素直に伝えられるか、そのことをいつも考えていたんだ。だけどそれは言うは易く行うは難しで、簡単には出来ない。考え方として理解していても、実際舞台の上では毎回同じようには表現できなくて、苦労していたんだ。でもそんな考えが、猫の会話に役立つとは思わなかった」。

 ミケはふいに立ち上がり、「さぁ、そろそろ行くわ。もう30分も話しちゃったわ」。「おいミケ、君はどうして時間が分かるんだい?」。「分かるわ、あたしだけでなくて、猫はみんな分かってるわ。先生の家に行く時でも、先生の家は、午前11時ころから南の日差しが道路に当たるようになるでしょう。急に温かくなるの。その時を狙って来ているのよ。その日差しが、植え込みに当たって、植え込みの日陰が消えた時が30分たったときよ。そうなったらそろそろ帰らなけりゃならないのよ」。

 「そんな風に自分の時間を判断していたのか。じゃあ、雨の時はどう理解するんだ」。「その時はその時で又時間を読む方法が違うのよ。また今度来たら教えてあげるね。それじゃぁ、また」。ミケは返って行きました。

続く