手妻師 藤山新太郎のブログ

1988 年、1994 年に文化庁芸術祭賞、1998 年に文化庁芸術祭賞大賞を受賞。2010 年には松尾芸能賞 優秀賞を受賞。 江戸時代に花開いた日本伝統奇術「手妻(てづま)」の数少ない継承者 藤山新太郎のブログ。

初音ミケⅡ 4

初音ミケⅡ 4

 

 今日あたりミケがやって来るのではないかと思って、一階アトリエの、ドアの通風窓を開けて手妻の稽古をしていました。すると、予想通り、11時にミケがやって来ました。

 「やっぱり来たんだね。今日は大工さんも正月で休みだし、辺りは静かだから、きっと来るんじゃないかと思っていたよ」。「感がいいわね。この間話していた若トラも連れて来たの」。「へぇ、どこにいるんだい」。「向うの道の角に座っているわ」。

 ドアを開けて覗いてみると、突き当りの角に大きなトラ猫が座っています。「へぇ、あれかぁ、大きいね」。「えぇ、大きいだけ、からっきし度胸がなくて嫌になっちゃうわよ」。「いいじゃないか、若くて毛並みもよくて、おとなしそうな顔をしているよ。育ちが良さそうな猫だなぁ」。「それが取り得よ。性格は良くて、甘えん坊なのよ」。

 「そう言や、前に付き合っていたオクゲもあんな感じの猫だったね」。「よく覚えているわね、猫の前の夫のことを知っているなんて先生くらいよ。あれも頼りない猫だったわ」。「姉御肌のミケとすればちょうどいい相手じゃないか」。

 「まぁね。でもねぇ、今日は、トラ猫を紹介するために来たんじゃないの。もっと大事な用事があるの。裏のアパートを乗っ取ろうとするやつが出て来たのよ」。

 「へぇ、誰だい?」。「あたしの知らないうちに黒白のニケ猫が裏のアパートを縄張りにしているらしいのよ」。「黒白なら見たことがあるよ。私はてっきり、もうミケは来ないものと思っていたから、縄張りをニケ猫に譲ったのかと思っていたよ」。

 「とんでもないわよ。ここは私の代々の親が治めていた場所よ。そう簡単に譲るわけがないでしょ」。「そうなのか。あのニケ猫はどこの猫なんだい?」。「最近この辺りに越してきた野良猫よ。体の大きな雌猫でさ。近所のオス野良と見境なくつるんでいるの。放っておいたら子供をたくさん作るわよ。子供が出来るたびに子供の毛色が違うんだから、全く変態よ」。「猫にも変態があるんだ」。

 「とにかくね。今日は、屋根に隠れて見張っていて、ニケ猫を見つけたら襲い掛かって追い出してやるの」。

 「へーぇ。そのためにトラ猫まで連れて来たのか」。「あいつは使えないわ。でも、見張りくらいは出来るから、角に立たせているの。ニケ猫が来たら知らせてくれるように言ってあるのよ」。そう言って、ミケは裏のアパートに行ってしまいました。これは正月早々、ひと悶着ありそうです。ミケはアパートの庇の裏に隠れます。そのままじっとして動かなくなりました。

 「ははぁ、これは、前に黒猫を撃退したときと同じ戦法だな」。ニケ猫が屋根の上に上がって来て、寝そべってくつろいでいる時に飛び出して、噛みついて屋根から落とす考えのようです。しばらくすると、向こうの角にいたトラ猫がアパートの前までやって来て、おとなしくお座りをします。見張りの合図をする段どりのようです。

 

 私は、先週ミケにあって以来、ミケが「私に特殊な才能があると言ったことがずっと気になっていました。確かに私はミケの言うことはよくわかります。ただ、なぜわかるのかがわかりません。ミケの気持ちはよくわかりますが、他の猫や動物の気持ちは全くわからないのです。

 以前に座敷で犬を飼っていました。一匹目はマルチーズで、二匹目はトイプードルでした。二匹とも十年以上生きました。その犬とは随分会話をしましたが、犬は一度もミケのようにはっきりした自分の考えは言いませんでした。何を考えているのかはある程度は分かりましたが、細かな考えはさっぱりわかりませんでした。

 いや、それが普通だと思います。決して人と犬とが深い話はしないのです。それがどうして、ミケとミケの親に限って、話が出来るのかが不思議です。いまだに他の猫とは話が出来ません。「これで、普通に猫と会話が出来るなら、それは特殊技能だから、猫との会話術、などと言って会話方法を指導する映像を作って配信すれば、猫ファンから絶大な支持を得られるけども、ミケだけとなると難しいなぁ。第一、私がなぜ話が出来るのか、その根本がわからない」。

 試しにアパートの前に座っているトラ猫に猫シンパシィを送って見ましたが、トラは全く反応を示しません。見るからに人慣れした猫ですから、警戒はしていないのですが、私には興味がないようです。時々、私を気にしてはいますが、愛想よく私を眺めているだけです。

 私は昼食をとろうと三階に上がりました。女房は、食事中も箱根駅伝に夢中で、ほとんど会話もしません。女房は、今年は青山学園が少し不調だ、とか、中央がいいとか、ごちゃごちゃ言いながら見ています。

 

 食後、お茶を飲みながら、暮れに頂いた虎屋の羊羹を食べようかと思っていると、裏のアパートでいきなりものすごい音がして、猫の悲鳴が聞こえました。

 「始まったな」。窓を開けると、ミケが屋根の上にいて、下を眺めています。既に勝負はついたようです。どうやら、ニケ猫が屋根の上でくつろいでいるところを、突然ミケが庇から飛び出して、首筋を噛みつき、背負い投げをして屋根からニケ猫を落としたのでしょう。これはミケの得意技です。

 ニケ猫は一瞬「キャッ」と悲鳴を上げましたが、その後は、下に落ちて、反撃もせずにすぐに走って逃げたようです。私は一階に降りてみました。そこにはトラがいて、屋根の上にいるミケの姿をじっと見詰めています。トラは明らかにミケを尊敬の眼差しで見ています。屋根から落ちたニケ猫を取り押さえて噛みつくこともしなかったようです。どうにも頼りない雄猫です。

 ミケは私の家に立ち寄ることもなく、夫婦揃って帰って行きました。正月早々大立ち回りを見ました。ミケは元気です。以前にも増して喧嘩が強くなっています。高円寺猫同士会理事長の貫禄はあります。恐らく高円寺中野界隈でミケを超える力のある猫はいないでしょう。今日はろくろく話も出来ませんでしたが、また来週やって来たなら、私とミケとの会話術の根本を質問してみようと思います。

続く