手妻師 藤山新太郎のブログ

1988 年、1994 年に文化庁芸術祭賞、1998 年に文化庁芸術祭賞大賞を受賞。2010 年には松尾芸能賞 優秀賞を受賞。 江戸時代に花開いた日本伝統奇術「手妻(てづま)」の数少ない継承者 藤山新太郎のブログ。

初音ミケⅡ 2

初音ミケⅡ 2

 

 半年以上来なかったミケが、先週突然現れて、しばらく話をして行きましたが、昨日の午前中にまたやってきました。今度は、ミケが来るかもしれないと思い、時々ドアの窓を注意していたので、ミケが見えたのが分かりました。どうもミケは、隣の家の新築が気になって、今まで寄ってこなかったようです。風を入れる窓を開けると、いつもの通り座っています。

 「ミケか、最近はパトロールをするようになったのか」。「まぁね。でも、建築現場はうるさいから嫌い。知らない人も出入りするし、気になるわ」。ミケはドアの外で話をしつつも、時々隣の作業を見ています。人の出入りが気になるのでしょう。

 「猫は神経質だねぇ。ところでどうした。若トラは」、「家で寝てる。あいつはあんまり遠くまで出歩かないのよ。まだ新参者だから、いじめられると怖いから出てこないわ」。「でも体の大きな猫なんだろ?」。「気が小さいのよ」。

 「でも、お前は高円寺猫同士会の理事長なんだろ?理事長が連れて回って、みんなに引き合わせたらいじめる者も出て来ないだろう。そうしたらどうだい」。「うーん、あたしに頼っていたら駄目よ。自分自身が強くならなければ。矢張りね、あたしと並んで歩くとしたら、強くなければだめよ。回りにびくびくしていたら、あたしの亭主にはなれないわ」。

 「でも好きなんだろ」。「それがねぇ、可愛いのよ。あたしが家で可愛がるにはいい猫よ。でも外に連れて歩ける男じゃない」。「厳しいねお前は。オス猫を使い分けてるんだ。何だかこの恋も長くは続かなそうだなぁ」。「何言ってんの、家の中ではいい猫なんだから。それでいいのよ」。「まぁ、お前の家庭を邪魔する気はないけどね」。

 

 「どうだい中に入って暖まって行くかい」。「いえ、いいわ、今日はそう寒くもないから、ここでいい」。「お前に対して、私は餌をやるわけでもないし、部屋の中に入れて可愛がるわけでもない。それなのに必ずやってくる。それには何か理由があるのかい?」。「あるわ、そのことは先生も知っているでしょう。先生は猫の考えが分かるからよ」。

 「いや、それはお前が人の言葉を話すからじゃないのかい?」。「ウフフ。先生、あたしが一度でも人の言葉を話したことがある?こうして話しているのは、言葉で話しているからじゃないでしょう。あたしは口を一つも動かさないし、先生も一言も言葉を発してはいないわ」。

 よく考えて見ればその通りです。確かに互いに会話をしているようで全く声を発してはいません。「何となく表情で分かるのかなぁ」。「でもあたしが顔の表情を作って話ているかしら。ほとんど顔は変わっていないでしょ。少しは表情もあると思うけど、表情だけではないわ」。

 「そうだねぇ、猫の表情では細かな話は出来ないよね、それじゃぁ、脳波かな。テレパシーで交信しているのかなぁ」。「近いかもしれないけど違うと思うわ」。「言葉でもなく、表情でもなく、脳波でもない。それでいて会話が成立しているんだね。不思議だなぁ」。一体どうして、私とミケが会話が成立しているのか。最も基本的なことを今まで考えてもいませんでした。

 「じゃぁ、例えば、ミケと他の猫が会話をするときには、その方法で会話をしているわけ?」。「勿論よ。猫だけでなく、犬でも虫でも、魚でも、みんな同業は同じ方法で話をしているわ」。「知らなかったなぁ。虫同士は会話なんてしないのかと思っていたよ」。「あたしだって虫の会話はほとんどわからないわ。でも間違いなく会話はしているわ」。

 「もしそうだとしたなら、人間だけが他の動物との会話術を持っていないんだな」。「多分昔はあったのよ」。「昔?昔っていつごろ?」。「相当昔。まだ人間がうまく話できていなかった頃。その頃は人間は心の中で相手に言葉を伝えていたのよ。でも口で喋れるようになったら、どんどん退化して行ったのよ。言葉は便利だから語彙が発展して行って、いつの間にか、言葉でなければ物事を伝えることが出来なくなったの。それはそれでいいことなんだけど、言葉は人間の社会を狭く小さくしてしまったのよ」。

 「どうしてだい、言葉は人間の頭脳を大きくして、飛躍させたじゃないか」。「でも、国が違ったら話が出来ないでしょ?。犬や猫とも話が出来ないでしょ?。魚の気持ちも、虫の気持ちもわからないでしょ?」。「なるほど、そうだねぇ」。

 

 ミケは手先を舐めて、毛繕いを始めます。「ところでさぁ、私はどうして、猫と会話が出来るんだろう」。「多分先生は、会話が出来るんではなくて、翻訳が出来るんだと思うわ」。「翻訳?猫語の?」「そう。そして、先生の訳語を私が分かるのよ。他の猫じゃぁ、分からないかも知れないわ。だから、あたしと先生だけの会話なのよ」。

 「不思議だねぇ。私にそんな才能があっただなんて、その才能を巧く役立てたなら、それだけで大きな仕事が出来そうだなぁ」。

 「うーん。どうかしらねぇ。初めから先生は、あたしのことも母親猫のことも飼おうとはしなかったわよね。今までだって一度も餌をくれたりしなかっわよね。餌と言うのは、猫を喜ばせて、結局は自分のいい様に子分にしてしまうことなのよ。先生はそう言うことをしなかったわ」。「たしかにそうだったね」。

 なかなかミケの分析はするどいと思いました。

 「人間は猫や犬を手名付けて、自分の家来にしてしまうのよ。そして勝手に自分の世界を作って、猫を自分のおもちゃにしようとするの。それはその人間の世界を猫に押しつけることであって、決して猫はそうした世界に入り込むことはしないわ。ペットを猫っ可愛がりをするって言うじゃない。猫っ可愛がりをする飼い主を猫は好きじゃないのよ。

 そうした飼い主は餌をくれるし、温かい部屋を用意してくれるから、表向きは飼い主の言うことを聞くけども、その実、猫は決してその飼い主に心を開かないわ。猫を抱きしめて、「ねー、ミーちゃん一緒に寝ましょうねー」なんて一生懸命に自分の話をする飼い主がいるけども、猫は黙って聞くだけ。反発したらすぐさま路頭に迷うから、逆らえないわよね」。ミケは毛繕いをやめ、正面を向いて、

 「先生は、あたしら猫に対して、可愛いとか、好き嫌いの気持ちなんかがなくて、初めからニュートラルに接していたでしょう。そこに会話の入り口があったと思うのよ。あたしらと会話が出来る条件は、対等の立場で、正面を向いて、猫の話を聞くことから始まると思うの。その言葉が、脳から出ていようが、心から出ていようが、のどから出ていようが、そんなことはどうでもいいの。ちゃんと向き合わなければ相手の言葉は聞こえないのよ」。

続く