手妻師 藤山新太郎のブログ

1988 年、1994 年に文化庁芸術祭賞、1998 年に文化庁芸術祭賞大賞を受賞。2010 年には松尾芸能賞 優秀賞を受賞。 江戸時代に花開いた日本伝統奇術「手妻(てづま)」の数少ない継承者 藤山新太郎のブログ。

パソコン不調の二日間

パソコン不調の二日間

 

慈恵医大の朝の旅

 一昨日25日(日曜日)と、昨日(26日)、二日間パソコンがうまく作動せず、ブログが書けませんでした。結果として、大樹に来てもらい調べてもらって何とか書けるようになりました。原因は、私の書斎である一階と、パソコンの本体のある二階事務所との電波の接続がうまくないためだそうです。

 そのため、私のパソコンを二階に持って行って使うと問題なく接続が出来ます。そうならこれからは二階で作業しようかと思います。先ずは原因が分かってめでたしめでたしです。大樹にはいらぬ用事をさせて申し訳なく思っています。

 今日だけで300件以上のブログファンが覗きに来ています。有難いことと思います。期待に応えて少し何か書きます。

 

 実は26日朝は、一週間前のCTスキャンをした結果を聞きに、慈恵医大病院へ、朝8時に家を出ました。慈恵医大に行くには、地下鉄丸ノ内線新高円寺から行きます。私の家は高円寺と新高円寺の中間にあります。高円寺よりも少し遠い分、時間にゆとりを見て出かけます。

 さて丸ノ内線に乗ると、何か事故があったようです。電車はのろのろ、次の新中野に着くと、停車したまま動きません。その後ものろのろ、中野坂上について、又もストップです。これではらちがあかないと、地下鉄を降り、中野坂上の交差点に出て、バスに乗り、新宿駅まで行きました。

 新宿駅からはJR に乗って、四谷に行き、四ツ谷からタクシーに乗りました。朝からとんでもない移動です。費用も、時間もかかりました。私の経験では、地下鉄を使わずに虎ノ門に行くにはこの方法が一番早く、近いと思いました。それでも乗り換えの時間が随分掛かりました。

 4つも乗り物を乗るわけですから、いい加減時間がかかります。私の診察時間は朝9時30分から10時までです。タクシーの中で既に9時40分です。これではせっかく行っても診察してもらえないかも知れません。

 事前に病院に電話をして、遅れることを伝えて病院へ到着。すると着いてすぐに私の診察の番になりました。慈恵医大はいつもはとても混むのです。そのため単行本を欠かさず用意して行きます。今回は本を読まずに診察を受けることが出来ました。

 結果をお話しすると、CTスキャンは何も問題ありませんでした。私は糖尿病とは長いお付き合いになりましたが、他のことはすべて健康です。血管も問題なく、心臓も、肺も胃腸も問題ありません。

 と言うわけで、朝から要らぬ乗り物の旅行をしましたが、病気の方は何もなかったので幸いでした。とにかく昼に家に戻りました。それから正月の松飾りなどを買いに駅前まで行きました。戻ってしばらくして大樹が来てくれて、パソコンを見てくれました。何のかんのと雑用をして一日が終わりです。忙しい割には実りのない一日でした。

 

アメリ大寒

 毎日、日本海側の都市が大雪で苦労しているのをニュースで見ていますが、昨晩は、ニューヨークの大寒波がニュースになっていました。ニューヨークは東京よりもずっと北にありますので、そもそも冬は寒いのです。それが今年は雪が例年にも増して凄いらしく、自動車で移動中に雪で閉じ込められて亡くなる人が出たようです。雪の被害者は死者37人と報告されています。アメリカのような先進国で、雪で37人も死者が出ると言うのは傷ましい限りです。

 雪が降るのはやむを得ません。ハリケーンも毎年のことですから仕方ありません。でも大きな災害が来たとしても、何とか一人も死者が出ない方法はないものでしょうか。雪に関しては、外出を控えるなどすれば何とか、被害は収まるのではないかと思いますが、外出はやめられないのでしょうか。

 かく言う私も、4日前に名古屋にいて、その晩から大雪にあっています。そこから朝、新幹線で富士まで行き富士の指導をしました。名古屋から富士への旅は、やめるわけにはゆきません。仕事です。新幹線は遅れに遅れて、駅に着くたびに駅員総出で新幹線に積もった雪下ろしをしていました。大変な仕事です。その間は新幹線が動かず、富士に行くのに随分時間がかかりました。

 こんな大雪の日に外出するのはやめた方がいいとは思いますが、然し、やめるわけにはい行きません。早朝にホテルを出て、朝食も取らずに、サンドイッチを新幹線内で食べるなどして、涙ぐましい努力をして富士に行きました。やむに已まれず出掛ける人もまた多いのでしょう。私の旅は無事でしたが、アメリカの被害者はお気の毒です。願わくばこれ以上に死者が出ないことを願います。

続く