手妻師 藤山新太郎のブログ

1988 年、1994 年に文化庁芸術祭賞、1998 年に文化庁芸術祭賞大賞を受賞。2010 年には松尾芸能賞 優秀賞を受賞。 江戸時代に花開いた日本伝統奇術「手妻(てづま)」の数少ない継承者 藤山新太郎のブログ。

初音ミケ 2

初音ミケ 2

 

 このところ、もう十日も初音ミケを見ていません。ミケは、いつもは毎日午前11時ころに必ず表を通ります。その時、私の家をこするようにしてぴったり壁伝いに歩きます。ガラス越しにミケが見えますからすぐにわかります。

 そして、ドアの換気用の窓が開いているときには、ぴたっと、窓の前でお座りして、じっとアトリエの中の私の仕事を眺めるのが日課です。ミケは決して私に近付かず、距離を置いて中の様子を見ます。

 十日目のことでした。私が稽古をしていると、ミケはかなり真剣な顔つきで稽古を見ています。「それが本当に自分のしたいことなの」。と、問うているような顔をしています。私は、「別に私が納得してやっていることだよ」。

 ミケは、不審そうな顔をして、「そうかなぁ、もっともっと頭を使ったらいいのに」。と問うているように感じます。私は「そうならどんな風な演技をしたらいいんだい?」。と、逆に質問します。

 するとミケは少し困惑をして、「あたしじゃわからないよ。あたしは猫だよ。あんたは自分で答えを出さなければいけないことを猫に聞くの?」。と言いつつ、かなり厳しい目つきをして「あんただって、大して受けないから、何とかしようと思っているんでしょ。でも、同じことを繰り返しているだけじゃない。もう少しやりようがあると思うけどなぁ」。とつぶやいて、これ以上私に言うだけ無駄だと言う表情をして、スッと立ち上がり、パトロールに出かけました。これが十日前です。

 

 そのミケがこのところ現れません。理由は明らかで、私の家の隣が解体作業を始め、それがかなり大掛かりで、クレーンや、ブルドーザーが入って連日、がたがた大きな音をさせるために多分、騒音を嫌って別の住処に移ったたのでしょう。

 来ないとなると、十日前のミケの問いかけが気になります。ミケに見捨てられたようで心配です。

 家の解体に10日間ほどかかりました。その間ミケは全く現れません。朝のうちは、いつもなら、私の家の裏の平屋の屋根で日向ぼっこをしているのですが、そこにも見当たりません。

 但し、ミケに変わって、今までどこに住んでいたのか行方不明だった、ミケの母親のオヤミケが現れ、周辺の留守を預かっています。長いこと顔を見せなかったために、もう死んだのかと思っていました。

 オヤミケはミケよりも4歳ほど年上で、かつてはこの辺りの主でした。久々に見るオヤミケは、毛並みも乱れ、いろいろと苦労を重ねたようです。歳はいくつになるでしょう。9歳でしょうか、もう後期高齢者です。なかなか気丈な雌猫で、顔や頭のあちこちに喧嘩の傷があります。

 オヤミケは猫仲間の間では、かなり人気があったらしく、毎年春になるとオス猫がたくさん集まって来ました。裏のアパートで何度も子供を産んでいます。数年前までは、毎春、オヤミケに言い寄るオス猫が数匹集まり、毎夜、オヤミケの争奪戦が繰り広げられました。この猫の求愛がすさまじく、静かな住宅街ですさまじい音をさせて屋根の上を走りまくります。時に屋根から落ちる猫もあり、住人を驚かせます。

 そのオヤミケがいなくなって三年。変わって娘の初音ミケがこの辺りを治めています。一昨年は初音ミケの争奪戦がありましたが、オヤミケほどには大騒ぎにはなりませんでした。それでも四匹の子供を産んでいます。

 去年も争奪戦はありました。やはり子供を四匹生みましたが、いつの間にか貰われて行ったようです。初音ミケはいい器量をしているので、子供も目がパッチリでかわいい子が多く、貰い手も多いのでしょう。

 今年はどうかと思っていると、ミケは見当たりません。それでも、隣の解体作業が終わったので、近々戻って来るとは思います。さてそうなると、留守番をしているオヤミケとの関係はどうなるのでしょう。

 さすがにオヤミケは、もう子供を持つことは難しいかも知れません。私が自宅の居間の窓からオヤミケを覗くと、すぐに私に気付きます。私の顔を見ながら、頭を私の方に向けて、「久しぶりですねぇ」。と挨拶をします。じっと屋根に寝そべったまま、「最近は体も言うことを効かなくなりまして」。と、ぼやきます。

 今までどこ暮らしていたのかも知りません。恐らく長年この辺りで暮らしてきて、ご贔屓さんをしっかり持っているのでしょう。見かけは気丈な猫ですが、愛想もよく、人懐っこいところもあるため、あちこちから餌をもらえるのでしょう。オヤミケは、こうして10年近く生活してこれたのですから幸せなことです。

 それが一昨日、初音ミケが帰って来ました。オヤミケと、初音ミケが昨日、屋根の上で再開しました。二匹は仲良く熱いブリキ板の上で転がっています。気持ちがいいようです。こうなるとオヤミケは出て行くのでしょうか、それとも後期高齢者のオヤミケを初音ミケは面倒見るのでしょうか。猫の世界のことは分かりません。

 ところが今日の朝、その初音ミケを追いかけて来たかのように、家の近所をグレーの猫が歩いています。毛がもこもこしています。顏はライオンのように首周りにたくさん毛が付いています。一瞬、血統書付きの猫かと思いましたが、グレー一色ではないようです。少し他の血が混じっているように思えます。近所の猫好きによると、どうも、ロシア産の猫らしいのです。つまりロシアの血を引いた日本種交じりの野良猫です。

  背格好 は初音ミケとそう変わらないのですが、この猫が歩く姿は、ロシアのT型戦車のようで、実に堂々としています。高円寺五丁目の路地を歩かせるのは勿体ない位です。毛も、つぶさに触って見なければ雑種とは分かりません。ちょっと見た目には血統書付きに見えます。

 私はこの猫をロスケと名付けました。なぜこんな猫がいるのかがわかりませんが、この猫がミケにちょっかいを出さねばいいがと思います。今のところミケはロスケに何ら興味は持っていないようです。然し、ロスケはロシアの血を引いています。突然侵略して来ないとも限りません。何かあれば私の方でも支援しようと考えています。

続く