手妻師 藤山新太郎のブログ

1988 年、1994 年に文化庁芸術祭賞、1998 年に文化庁芸術祭賞大賞を受賞。2010 年には松尾芸能賞 優秀賞を受賞。 江戸時代に花開いた日本伝統奇術「手妻(てづま)」の数少ない継承者 藤山新太郎のブログ。

たけしさん 2

たけしさん 2

 

 私は子供のころからマジシャンや、お笑い芸人とかかわりを持って生きて来ました。然し、芸人もマジシャンも、その人から才能を感じる人をなかなか見ることはありませんでした。

 そうした中で才能を感じたのはたけしさんが初めてだったのではないかと思います。

 ほとんどの芸人は、上手さとか、面白さを型とか、業界の法則を学んで行くうちに身につける場合が多いように思います。その道の常套手段を学んでいるうちに、面白くなったり、マジックで言うならプロ的な演技になって行く場合が多いのです。いきなり才能がはっきり見えると言う人は珍しいのです。

 ところが、たけしさんの舞台は始めから面白かったですし、会って話をすると、どうしてこんなことを考えつくのかと思うほど次から次に笑いが出て来て、私を笑わせまくりました。

 元々が頭のいい人なのです。松竹演芸場に出る前は、明治大学理工学部に行っていたそうです。そのうち演芸に嵌り、学校に行かなくなり、アルバイトでタクシーの運転手をしたり、その後、フランス座のコメディアン深見千三郎さんの弟子になって、フランス座のエレベーターボーイをしたりして修業。

 そして兼子二郎さんとコンビを組んで、たけし、きよしの名前でツービートと名乗り、漫才を組んで、松竹演芸場に出るようになったのです。

 演芸場に出るようになったのが27歳くらいでしょうか。随分遅咲きの芸人です。私の親父が、時々たけしさんを飲みに連れて行っていましたが、親父は「たけしは面白いんだが根暗でいけない」。と、よく言っていました。

 話をすると何でもよく知っていて、頭のいい人です。しかも笑いの才能は飛びぬけています。ところが実際、どう生きて行くかと言うことに関してはからっきし世渡りのへたな人でした。

 

 昨日も書きましたように、漫才のネタは独特で、鋭い感性を持っているのに、必ず、うんこおしっこの話が入りますし、ブス、ばばあのネタが入ります。それを女性の多い客層のところで平気でブス、ばばあを連発するのですから、お客様から嫌われます。

 当然いい仕事はかかって来ません。然し、たけしさんは自分の芸に絶対の自信を持っています。常に「なぜ俺が売れないんだ」。と不満を持っています。私が見たなら、売れない理由ははっきりしています。あれほど頭のいい人がなぜ自分のしていることに気が付かないのだろう、と思います。

 仕事が少ないことは当人にとっては切実な悩みだったらしく、親父のキャバレーのショウにくっついていって、キャバレーのお客さんの扱い方など親父から聞いていました。

 そして、そのうち自分でもキャバレーに出てみようと考えます。然し、酒を飲んでいるお客さんに漫才の喋りはほとんど通じません。キャバレーに出演する漫才さんはまともな筋ネタはやりません。替え歌を歌ったりして酔ったお客さんを楽しませています。ツービートのように純粋な喋り一本では無理なのです。

 そのことはたけしさんも承知です。そこで、たけしさんなりに考えて、マジックをしながら喋ったならお客さんとつながるのではないかと言う結論に至り、私にマジックの道具を揃えてくれないかと頼んできます。

 そこで私はメーカーに頼み、道具を5万円分仕入れて、たけしさんに渡しました。毎月一万円ずつメーカーに返済すると言う条件です。

 私は演芸場の楽屋でたけしさんと会い、道具を渡して、説明を始めましたが、たけしさんはほとんど興味を示しません。種の説明も真剣に聞かないのです。こんなことで舞台が務まるのだろうかと不安になります。

 そのうろ覚えのマジック道具を使ってツービートはキャバレーの仕事をするようになります。

 せっかく道具を渡したのに、その後、キャバレーで生かしているのかどうか、何の返事もありません。ある日、相棒のきよしさんに会った時に、「マジックは役に立っているの」。と聞くと、「えらい役に立っているよ」。と言ってとても感謝されました。

 

 ところが実際にはたけしさんのキャバレー出演は失敗続きでした。とにかくたけしさんは舞台の上で喋りたいのです。自分の考えたネタを披露したいのです。然し、キャバレーのお客さんは酒を飲んでいますから、まともに話を聞こうとしません。頓珍漢なヤジを飛ばします。時にはやめろ、引っ込め、と言われます。するとたけしさんは怒ってお客さんとけんかをしてしまうのです。

 芸の上でたけしさんは一本気なのです。舞台はta

ちまち険悪になります。するときよしさんは、「さぁ、皆さんマジックショウのお時間です」。と言ってマジックを始めます。

 きよしさんが主になってマジックをして、それをたけしさんが脇で突っ込むと言うパターンなのですが、たけしさんはふてくされてしまって、そばにいても全く会話に参加しないのです。マジックは手伝いもしません。

 きよしさんは、お客さんに突っ込まれ、相方に見捨てられ、四苦八苦の苦労をしますが、それでも何とか笑いを取ろうと必死になって舞台をします。それに対して、たけしさんはまったく冷淡です。嫌いなものは嫌いなのです。

 たけしさんはキャバレーの仕事がよほど嫌いなのか、一部と二部のショウ合間に酒を飲んで来ます。いやな仕事の気を紛らわすための酒ですから、悪酔いをして、二部のショウにふらふらで出て来て、話の相槌も打たずにただ突っ立っています。舞台は一層白けてしまいます。そんなコンビが評判になるわけはなく、結果は仕事が来なくなります。

 私は、この時期、きよしさんは良くたけしさんを見限らなかったと思います。きよしさんはたけしさんの才能を信じています。唯一たけしさんの味方なのです。キャバレーの仕事も、お祭りの仕事も、すべてきよしさんが探してきて、何とか食べて行けるように八方気を使って生きています。それをたけしさんは嫌なものは嫌だとわがままを通そうとします。最も信頼している相方にたけしさんは文句ばかり言ってせっかく決めた仕事を壊してしまいます。

 それでもきよしさんはたけしさんを否定しません。「あいつは天才だ」。と言います。たけしさんはきよしさんを「馬鹿だ」。とか「才能のかけらもない」。などと否定しますが、少なくとも20代のツービートはどれほどきよしさんに助けられたかわからないのです。たけしさんにとってはどん底の時代です。

続く