手妻師 藤山新太郎のブログ

1988 年、1994 年に文化庁芸術祭賞、1998 年に文化庁芸術祭賞大賞を受賞。2010 年には松尾芸能賞 優秀賞を受賞。 江戸時代に花開いた日本伝統奇術「手妻(てづま)」の数少ない継承者 藤山新太郎のブログ。

謎の人 4

謎の人 4

 

 辻は、昭和23年に秘かに帰国をします。当時の日本はGHQに占領されていて、しきりに戦犯狩りが行われていました。辻は第一級の戦犯です。これから二年間、辻は日本各地の友人宅などに潜み、時を待ちます。

 この潜伏期間に、辻は執筆活動を始めます。自身の謎の行動について。あるいは、日本がこれまで何をしてきたのか、この戦いは何だったのか。ひたすら文章にして書き綴ります。

 著者(前田啓介さん)は、帰国後、誰が辻の世話をしてくれたのかを詳しく調べて、今まで知られていなかった足取りを明らかにしています。

 これを読む限り、辻は厚く仲間や旧上官に信頼され、危険な状態から守られています。単に才能ある参謀だからという理由ではなく、明らかに人としての人望があるように思えます。

 

 昭和25年、戦犯指定が解除され、すぐに辻が世に現れます。辻の行動は素早く、なぜ自分が5年間もの長きにわたって潜んでいたのかを題材とした「潜行三千里」を出版します。これが大ヒットし、その年の小説でベストテンの売り上げになります。

 気を良くした辻は次々に書き溜めた原稿を本にして出します。「十五対一」「ノモンハン」「ガダルカナル」等々、どれも当たります。

 辻の小説は読み物として面白いのは勿論ですが、何より15年にわたる日本の戦争が、一体どういうものだったのかを、実際に作戦を立てて、現地で戦った参謀が、赤裸々に語ることで国民から支持され、人気を博します。

 多くの日本人にとっては、必死に国のために戦った戦争が、敗戦と同時に、「あの戦いは間違っていた」。「あの戦争は侵略戦争だった」。「日本人は反省すべきだ」。と言ってGHQから批判され、それに呼応するかのように多くの日本人が手のひら返しをして、旧軍人やその家族までもを批判の対象にしていることに、納得が行かない日本人もまた大多数存在したのです。

 軍国主義の批判、侵略戦争の批判、平和主義など、言葉ばかりに踊らされ、実態の読めない社会にあって、辻が現れたことは、日本人が心の中に秘匿して表に出せなかったことを一気に世間に放出した形となり、一大ブームとなります。

 

 辻は小説の成功により、たちまち巨万の富を手に入れます。然し、彼はその収入を自分のため、家族のためには使わず、日本中の生活に困窮していた旧帝国軍人の家族に配って回ります。

 辻の人気はすさまじく、全国で講演を依頼されます。日本中どこで講演しても熱狂的な支持者に迎えられ、たちまち数千人が集まったそうです。生まれ故郷の金沢で講演をした時には、兼六園の広場に3万人が集まったと北國新聞が報じています。

 そこで辻は3時間に及ぶ講演をし、聴衆は誰一人去らずに熱心に聞き入ったそうです。話がGHQの戦犯捜査に及ぶと「最大の戦犯は原子爆弾を落としたトルーマンが第一であり、次が、捕虜である日本軍をシベリアに抑留して酷使したスターリンが第二の戦犯だ」。と言ってのけ、聴衆が熱狂し、拍手が鳴りやまなかったそうです。

 「第一の戦犯がトルーマン」と言う言葉は、辻の師匠である石原莞爾東京裁判の際、判事が石原に聞き取りに来た時に話した内容であり。言われたアメリカの検事は石原に何ら反論が出来なかったそうです。多くの日本人が心に思っていながら口に出せなかったことです。

 それまで敗戦によって打ちひしがれていた日本人にとっては辻は希望の象徴に思えたのでしょう。国民の思いは、すぐさま辻を衆議院議員に推す人が現れ、辻もまんざらでもなかったらしく、昭和27(1952)年、金沢から立候補をします。

 選挙演説の会場はどこも超満員で、公会堂や小学校での公演に早くから人が押し掛け、中に入れない人が外に溢れ返り、それでもあきらめきれない聴衆は、路上でかすかに聞こえる演説に聞き入っていたそうです。結果は6万4000票を集めトップ当選を果たします。

 

 私が辻政信を謎の人と呼ぶのは、このことです。戦前の辻の評価は、戦略の天才とか、戦争の神様などと呼ばれ、軍人としての人気を博しますが、同時に多くの兵を見殺しにして、作戦の責任を下士官に転嫁してきた人、更には、シンガポールの華僑虐殺。フィリピンでの米兵虐殺など、およそ人道に反する行為を続けた人と言う印象が強く、実際、そのことを後々まで批判する人が絶えません。

 ところが、ひとたび日本に戻ると、小説がヒットし、多くの聴衆は辻の講演を聞きたがり、選挙に出たならトップ当選です。

 辻自身は小説で稼ぎはしても、殆どは旧軍人に金を配ってしまい、生活は質素だったそうです。家族は依然として質屋通いを続け、日々の生活にも困る状況で、本来選挙に出る余裕などありません。財閥の大きな支持者もなく、それでもトップ当選です。よほど人として魅力があったとしか思えません。

 

 実際、辻の演説会に、辻を非難する人もかなり現れ、ヤジを飛ばしたようです。然し、それに対して辻は一つ一つ反論し、相手を説得したようです。辻は弁舌巧みであり、頭脳明晰な人ですから、並のヤジでは太刀打ちできないのです。

 ガダルカナルの際の川口少将などは、辻が如何に人道に反する行為をしたか、辻を批判する講演会を日本各地で打ち、辻と真っ向から対立したのですが、なんせ、この時の辻の人気はすさまじく、川口の講演には人は集まらず、逆に辻はどこで講演しても入りきれないほどの人で溢れたそうです。

 世渡りの天才などと言っては安っぽくなりますが、実際何をやらせても辻は第一級の人物なのです。

 さて前田啓介さんの著作を読みながら、随分長い感想を書いてしまいましたが、この先、辻はますます謎の行動をとるようになります。その謎の糸口が著作から掴めるかどうかが私の興味だったのですが、読み終えて、どうやらおぼろげながら辻と言う人物が見えて来ました。次回はそのまとめをお話ししましょう。

続く