手妻師 藤山新太郎のブログ

1988 年、1994 年に文化庁芸術祭賞、1998 年に文化庁芸術祭賞大賞を受賞。2010 年には松尾芸能賞 優秀賞を受賞。 江戸時代に花開いた日本伝統奇術「手妻(てづま)」の数少ない継承者 藤山新太郎のブログ。

コロナ時代にどう生きる 3

コロナ時代にどう生きる 3

 

 噺家さんの独演会の話をしたら、興味を持っている方が多くいたため、もう少しお話ししましょう。

 噺家は、東京と大阪で、450人くらいいます(色物は除く)。演芸の中では最大勢力です。人数が多い分、中で生きて行くことは大変だと思います。マスコミに出て、司会や、ディスクジョッキーなどしている人は、それなりに知名度を得て活躍しています。が、古典落語を専門に話すとなると、かなり地味な活動をして日々苦労している人を多々みかけます。将来を不安視している人もいます。

 ところが、常に新しい弟子は集まってきますし、客層も、高齢者は多いのですが、常に安定して人を集めています。なぜ落語ばかりが安定しているかと考えるなら、彼らは寄席を大切に守っているからでしょう。

 東京の噺家は、4軒の寄席と契約をして、毎月、毎日公演する場所を維持しています。東京には、二つの落語の協会があり、(落語協会落語芸術協会、他に円楽一門と、立川流の組織があります。円楽一門、立川流は4軒の寄席には出演していません。)そこに所属する噺家が、交互に寄席に出演することで活動をしています。大阪では、上方落語協会が、繁盛亭と言う寄席を作り協会が寄席を維持しています。

 寄席にはそれぞれ経営者がいて、噺家は直接経営には関与しません。寄席の経営者は席亭と言い、寄席を運営しつつ、時折重要な会議では、協会と対等に発言する力を持っています。江戸の昔から席亭の発言力は大です。

 寄席の規模は概して小さく、100人から200人程度の劇場です。舞台も床の間のように小さく、足袋裸足で上がって座布団に座って噺をします。マジックなどの場合は立ちで演じます。マジックや漫才、曲芸は色物と称し、協会に所属している専門の人たちが出演します。形は噺家に従属していますが、実際はゲスト扱いされ、寄席に出演する機会も噺家よりは数多く出られます。

 寄席の出演料は、「割り」と言う形式で支払われます。その日の入場者の数を、協会と、席亭とで半分に分け、協会の分を出演者の数で割って支払われます。昼と夜の公演では出演者が違うため、昼夜合わせると30本も出演します。その30本の出演者が、100人から200人程度のお客様の入場料を分けるわけですから、収入はわずかです。

 然し、噺家はそれを厭(いと)いません。知名度のある噺家ですら、年に何十日かは必ず寄席に出演します。テレビのレギュラーなどをずらして出演することは、経費を考えたなら見合わないはずですが彼らは出るのです。

 それは、自分の弟子が修行をする場となると、やはり寄席は必要ですし、弟子が真打になるなどと言う時には、真打披露をしなければなりません。その時には、仲間の噺家に手伝ってもらわなければならないため、日頃の義理は欠かせないのです。

 いろいろな意味で、寄席と噺家のつながりは日本的なシステムで成り立っています。理屈ばかりでは運営できません。

 

 噺家は、演芸の世界で、寄席を維持しているため、活動が安定しています。寄席に毎日出ていることで、噺の稽古に役立ちますし、寄席に来たお客様からパーティーや、イベントの依頼を受けることもあります。寄席ファンが独自に開催している地方の寄席に招かれるたり、学校公演などもあり、日本全国の市民会館の主催する落語会などの依頼も数多くあります。更に、仲間が持っている自主公演に頼まれて噺をすることも多々あります。

 落語そのものは外部から見たなら、あまり目立った活動をしているようには見えませんが、実際には、こうした活動に出演することでかなり安定して生活している噺家もたくさんいます。

 

 こういう話をすると、マジシャンは、「落語家はいいよなぁ。専門の劇場があるから生活に困らないんだよなぁ。誰かマジシャンに劇場を作ってくれないかなぁ」。

と、まるで人ごとのように劇場ができることを待っている人があります。これはマジシャンのとんでもない勘違いです。

 席亭と言う、噺家でない人たちが、寄席を建てて、経営すると言うことは、そこから利益が上がらなければ経営は無理です。席亭は、噺家の理解者ではありますが、善意で経営しているわけではありません。外部の人に芸能の協力者になってもらいたいと考えるなら、わずかでも利益が出なければ無理です。空を仰いで、「誰か劇場を作ってくれないかなぁ」。と眺めていても、誰も協力者にはなりません。マジシャンと付き合ったなら儲けさせてくれる、と言う約束がなければ誰も協力してはくれないのです。

 マジシャンと付き合うと儲かるとはどう言うことかと言うなら、簡単に言えば、マジシャンにお客様がいるかどうかと言うことです。毎日運営している寄席に、出演者の一人一人が何人お客様を呼んでいるか。と言うことが大事なのです。お客様を呼ぶ力のある人が出演するから、寄席にお客様が集まるのです。

 実力あるタレントや、有名タレントにぶら下がって、出演している以上、それはいてもいなくてもどうでもいい芸人なのです。噺家がなぜ寄席に毎日出演できるかと言うなら、噺家が日頃、毎月独演会を開催しているからなのです。彼らはわずかではあっても自分でお客様を呼ぶことが出来るのです。そうした噺家が、30人40人集まることで、毎日寄席はお客様が絶えないのです。

 マジシャンはこの部分を勘違いしています。「誰かがマジックキャッスルを作ってくれれば、出演できる」。「そこに有名マジシャンが出たならお客様が集まる」。とまるで、全てを人ごとに考えて神頼みばかりしています。そうしたマジシャンに私は問います。「あなたは一体、お客様を集めるために今、何をしているのか」と。何一つ、自らの体を動かすことなく、仲間にメールや電話をして人集めをすることもなく、「マジックの劇場が出来たらいい。お客さんが来たらいい」。と願っていても、百年経っても劇場はできないし、人は集まりません。今の状況は何も変わらないのです。

 一人一人のマジシャンが、30人のお客様を集め、月に一回マジックの会を開催することで、初めてマジックは世間に認知され、初めてそこから協力者が生まれるのです。そうした地道な活動を続けるマジシャンが、百人育ったときに、はじめてまじっくキャッスルを作ろうと言うスポンサーが現れるのです。

 勘違いをしないでください。マジック界が恵まれていないから劇場が出来ないのではありません。あなたが世間に認められていないからマジシャンの境遇が不幸なわけでもないのです。あなたがお客様に無頓着で、芸能の世界にいながら、少しも人とつながる努力をしていないから、今の境遇が変わらないのです。

続く