手妻師 藤山新太郎のブログ

1988 年、1994 年に文化庁芸術祭賞、1998 年に文化庁芸術祭賞大賞を受賞。2010 年には松尾芸能賞 優秀賞を受賞。 江戸時代に花開いた日本伝統奇術「手妻(てづま)」の数少ない継承者 藤山新太郎のブログ。

中古のワゴン車

 私は大学を卒業するとすぐに中古の車を買いました。この話は40年以上も前のことですが、周囲に少し差しさわりのある話をしますので、名前や企業名は伏せてお話しします。友人の情報で、友人の仲間のAさんがいる中古車屋さんを紹介してもらい。2リッターの商業車で、荷物も十分積めて、10年落ちで、価格は20万円と言う車に出会いました。これが私が初めて買う車でした。

 私は初めから買う気でしたが、車に傷が多く、試しに少し不満を言うと、10万円にまで下がりました。免許取りたてでしたから、どうせ新しい車を買っても傷つけるにきまってます。この車で練習するつもりで、買うことに決めました。

 実際この車は大当たりで、その後、全く故障をしませんでした。私は面白がって北海道から、九州まで、日本中の仕事に使いました。1年ほどして、Aさんから電話が入りました。車検です。同じ中古車屋さんに行き、車検を頼んだのですが、そこで店長が出て来て、「藤山さん、もっといい車に乗って下さいよ。あなたも芸能活動するなら、こんな傷の多い車じゃなくて、スカイラインの3年落ちとか、うちの店にもいいのがありますよ」。と明らかに余計な話を始めます。私は黙って店長の言うことを聞いていると、「そもそも、10万円の車を買うお客さんなんて、お客さんの内に入らないのですよ」。と、聞き捨てならないことを平気で言います。とにかくこの場は黙って帰り、すぐにAさんに電話で報告をしました。

 数日して、車を取りに行くと、店長は出てきません。係長か何かが出て来て、「先週は失礼しました。これ、マグカップですが、お使いください」。とメーカーの名前の入ったカップを前に置きました。私は、カップには触りもせず。「あなたの会社では10万円以下はお客様ではないのですね」。と言うと、相手は、「いえ、そんなことはありません」。と否定します。「ここの店長が先週私に言いましたよ。芸人ならせめてスカイラインくらい乗れ、こんな中古車に乗っていてはいけないと。あなたの会社ではお客様が乗ってはいけない車を販売しておいて、それに乗るなと言うのですか」。係長はまずいと思ったのか、顔色がだんだん変わり、「店長が間違ったことを言って失礼しました」。と謝りました。

 店長の発言は、サラリーマン人生に大きな失点となるような発言です。この時私は、これ以上追及はしませんでした。

 その後2年ほど車は快調に動きました。しかし、ある日、タクシーに当てられ半壊しました。無論タクシーに問題がありますので、タクシー会社が修理しました。ところが、その修理がずさんで車の調子が悪くなりました。3か月ほどして、いよいよだめだと知り、車を買い替えることにしました。

 

 そこでセールスのAさんに連絡をすると、程度のいい荷物の積める車があると言います。稼ぎも良くなったし、前に芸人ならもう少しいい車に乗ったらどうかと言われていましたので、一生懸命働きましたので、50万円くらいの現金もあります。車を下取りに出して、残りはローンを組めば、150万円くらいの車は買えます。Aさんに、「ところで、車はいくらで買い取ってくれるの」。と聞くと、「藤山さん、3年前に10万円で買った車で、しかも事故車じゃぁ、値段は付きませんよ」。と言います。

 私は、「それはおかしい。3年前に買ったときは、まだ値がついていないけど、売りに出したら20万円くらいにはなる。と言った車を10万で売ってくれたんでしょう。そうなら本来の売値は20万だよね。じゃぁ、半値の10万円で買ってよ」。「無理ですよ。10万円で売って、10万円では買えませんよ」。「買えるよ。あの時、店長は何て言ったか、もう一度店長に聞いてみてよ。10万円のお客何てお客じゃぁないって言ったんだよ。私はその言葉が悔しくて、ちゃんとした車が買えるような立場に立とうと努力をしたんだよ。それでようやく今、その立場に立ったんだよ。そうしたお客さんを手放せるの。私はこの先もっともっとあなたの会社に利益を提供できる男だよ。そのお客さんをつなぎ留めたいなら、あなたが私に売った10万円の車を10万円で買い取ってよ。とにかくこのことを店長に話してみてよ」。

 この私の作戦は成功でした。店長と交渉するときも、諸費用は全部相手会社持ちになり、私の要求が一方的に通りました。但し、車の買取は、いかに何でも10万円では買い取れないと言い、9万円で買い取ってくれました。勿論それでいいのです。Aさんから、「藤山さんは交渉がうまいですねぇ」。と褒められました。

 でも私は、車の値段の値下げ要求したわけではありませんし、店長の過失をとがめたわけでもありません。間違ったことを間違っていると言っただけで、常識の範疇で値段交渉をしただけなのです。その後、私は中古車から新車に切り替えても、同じメーカーの車を買い続けました。私の会社の荷物の車はずっと同じメーカーです。実際私と関係を持ったことで40年以上も利益を提供し続けたのです。

 

 私がここで言いたいことは、商売をしている人を見ていると、お客様を値段でしか見ていない人が多いのです。確かにお客様と商売上の接点は値段ですが、お客様の買う商品価格とお客様は何ら関係ないのです。たとえ今、10万円の中古車に乗っているお客様でも、10年後には500万円の新車に乗る人になるかも知れないのです。常に人はニュートラルに見なければいけません。代価を支払って物を買っているのに、差別されたら誰だって不愉快になります。互いの信頼関係を無視したらすべてが壊れてしまいます。

 ショウも同じことです。話かけたり、手伝ってもらうようなお客様は一人ずつしっかり認識しておくことです。どんな感じのどんな人で、どう対応したらよいか、あらかじめ人を見て考えておくのです。その場その場の対処ではうまく行かなくなることが多々あります。必ず事前に客席を見ておいて、舞台に上げる人などはあらかじめ予定をしておいたほうがいいでしょう。せっかく善意で舞台に上がってくれたお客様に、いい加減な応対をしたり、不愉快な思いをさせると、そのお客様は二度とマジックに興味を持たなくなります。よくよくお気を付けになることです。