手妻師 藤山新太郎のブログ

1988 年、1994 年に文化庁芸術祭賞、1998 年に文化庁芸術祭賞大賞を受賞。2010 年には松尾芸能賞 優秀賞を受賞。 江戸時代に花開いた日本伝統奇術「手妻(てづま)」の数少ない継承者 藤山新太郎のブログ。

吉野家さん失言 1

吉野家さん失言 1

 

 一昨日(18日)。牛丼の吉野家さんの取締役が、早稲田大学主催のマーケティング戦略の講演で、講師として出演して、学生を前にとんでもない発言をしました。その内容は、

 「田舎から出て来た、右も左もわからないような女子が、生娘のうちに、しっかり牛丼の味を教えて、シャブ漬けにする。男性と付き合うようになって、いい食事をおごってもらうようになったらもう牛丼に見向きもしなくなるから」。

 と発言をしました。これを受講していた学生がすぐに反応し、ネットに書き込み、あっという間に情報が拡散されました。この発言をした取締役は、当初単なる冗談で、笑いを取るために話したものと思います。この話が大ごとになるとは考えていなかったようです。

 然し、ネットは炎上し、批判が殺到。当人もすぐにネットで謝罪をされましたが、初めはごく簡単な謝罪でした。ところが、事は簡単には収まらず、ネットの威力に吉野家さんが恐れおののき、問題発言をした取締役は、翌日役員を解任されます。なんと、一言ギャグを言って、それが滑ったために、人生を棒に振ってしまったのです。

 

 吉野家さんは一取締役を解任することで、一切の責任を取締役一人にかぶせ、問題を打ち消そうと考えたようです。然し、実際にこうした社員の失言は昔から、あちこちの企業で起こっていて、それまで経営の順調だった企業が、たった一人の失言で会社全体の信用を失って、とんでもない損失を出すことなど、山ほどあったのです。

 実は、今回のことはいろいろな問題がはらんでいます。問題が起こったときに、一人の責任にして逃げると、第二、第三の問題が発生します。問題の根は個人ではないのです。今回は吉野家さんの問題から、一、内々の問題。二、頭のいい人の落とし穴。三、笑いの怖さ。と言う、三つのことについてお話しします。

 

内々の問題

 企業の取締役からこんな発言が出ると言うことは、企業の中でたるみが出ているのだと思います。「田舎の生娘が、旨いものの味を覚えないうちに牛丼を食べさせて、シャブ漬け(薬物中毒)にしてしまう」。と言う言葉は、お客様を小馬鹿にしていますし、牛丼が大した食べ物でないことを暴露しています。

 そして、「一度男性と付き合うようになって、男性から巧いものを食べさせてもらえるようになってからではもう牛丼を食べない」。と言ってしまっては、万事休すです。吉野家さんの経営者がそんな考えで自社の牛丼を販売していたと言うことが分かったなら。お客様は踏んだり蹴ったり、全くバカ扱いです。

 せっかく食事に来たお客様が、安い牛丼を食べに来る客で、田舎者で、貧乏人で、バカで、味のわからない連中だ、と馬鹿にされて、それでも牛丼屋さんに出かける人がいたとしたならそれはマゾです。逆に奇特な人たちです。

 なぜ本来頭がいいはずの経営者がそんなことを言うのかと考えると、企業の中に入って、利潤追求とか、原価計算、販路拡大など、いろいろ考えているうちにいつしか一人のお客様が見えなくなって、お客様と言うのは、開店と同時に、300円を握り締めて、牛丼を食べにくる動物にしか見えなくなってくるのでしょう。

 上手く行っている企業が度々失敗するおごりの一つです。一日何万人、何十万人ものお客様を相手にする店でも、お客様を一つの塊として見てはいけないのです。飽くまでお客様は個人なのです。そんなことは私が言わなくてもわかっているはずです。

 然し、人は成功すると基本を忘れます。企業はつい人をぞんざいにするのです。そんなことが日々続いていると、ある日、心の中に思っていることを平気で口にするようになるのです。

 

 私は、23歳の時に初めて中古の車を買いました。ブルーバードのバンでした。価格は10万円です。居並ぶ中古車の中で最低価格でした。それでも私にとっては学校を卒業して初めて買った車ですから嬉しかったのです。ところが、その中古車屋さんの主任は、「10万円なんて車じゃぁない。10万円の客なんて客じゃぁない」。と平気で私の前で言ったのです。私は「それじゃぁ、幾らから客なんですか」。と問うと、主任は得意顔をして、「まぁ、50万以上の車を買う人なら本当のお客さんだ」。と言いました。私はすぐに10万円の車を紹介してくれた日産のセールスマンに電話をして、今のことを伝えました。

 するとセールスマンは相当に慌てて、私の電話で何べんも謝り、「会社に伝えます」。と言っていました。次に私が中古車屋さんに行ったときには主任はいませんでした。多分よほど怒られたか左遷されたのでしょう。新しい店長は、先日の主任の失礼を詫びて、私にマグカップをくれました。

 私はそのカップに一切触れることもせずに言いました。「日産がお客さんをどんなふうに考えている企業かはよくわかりました、少なくとも次に車を買うときにはこの店ではありません」。店長は汗をふきふき弁明をしていました。然し、一度人の信用を失えば、次に信用を得ることは何倍もの努力が必要です。そんな仕事の基本が、私よりも10も20も年上の役付きの人がわからないことが問題なのです。

 でも、これは日産に限ったことではありません。多くの会社でも同じようなことが日常起こっています。ある証券会社の中で、「一万円の購買客なんて客じゃない」。と、平気で言う社員がいます。呉服屋さんで、20万円の着物を仕立てたときに、「20万円の和服を作るお客さんでは上客のうちに入らない」。と言った店主の言葉を聞いたことがあります。まだ昭和40年代のことで、当時大学出の給料が5万円取れない時代の20万円の着物です。

 これらのことは自分とお客様との立場を理解していないのです。客を客と見ない商売をしている店では二度と買い物をしないとお客様は決心するでしょう。それが巡り巡って自分の人生を悪くすることを知らないのです。

 客なんて毎日やって来るから、ついついぞんざいにします。特に安いものを買う客は軽く見られます。然し忘れてはいけません。それがお客様なのです。お客様はいつでも安いものを買うわけではありません。目先の行為に流されて、お店の店員や、店長がお客様をぞんざいにしたらどうなるか、そのことに気付いていないのです。結果としてその行為は、お客様をくさしているのではなく、自分の店、自分の仕事場をくさしているのです。そんな店がうまく行かなくなるのは当たり前なのです。

 吉野家さんも、今回のことは一人の問題と考えるのは危険です。明らかにこれは会社に対して危険信号が出ています。

 

 日清食品のオーナー、ラーメンを発明した安藤百福(ももふく)さんは、生涯、毎朝一食ラーメンを食べ続けたそうです。それは自分の会社のラーメンの味を確かめることが一つ、もう一つはラーメンを食べる人の気持ちを考えること、そして、もう一つは、50年以上食べ続けても体に不調が起こらなかったことを身を以て証明するためだったと聞いています。田舎の生娘をシャブ漬けにするのが会社の目的ではなく、先ず自身が一食一食、味をかみしめて、自身の仕事を確認することが大切なはずです。

続く