手妻師 藤山新太郎のブログ

1988 年、1994 年に文化庁芸術祭賞、1998 年に文化庁芸術祭賞大賞を受賞。2010 年には松尾芸能賞 優秀賞を受賞。 江戸時代に花開いた日本伝統奇術「手妻(てづま)」の数少ない継承者 藤山新太郎のブログ。

たけちゃん金返せ2

 昨日に続き、たけしさんの話をします。たけしさんのことはずっと今日までたけちゃんと呼んでいました。私より7歳年上ですが、私は子供のころから舞台に立っていましたので、芸の上では先輩です。演芸場のギャラも私の方が3倍くらい余計に取っていました。しかも私の親父は南けんじと言って、戦前からの芸人で、演芸場の主のように居ついていて、毎日のように楽屋で、仲間とトランプや、麻雀をしていました。

 当時親父は漫談をしていました。演芸場は、いろいろな理由で突然出演できなくなるタレントがいます。交通渋滞で間に合わないとか、漫才の相棒が突然いなくなったとか、そんなときには親父がすぐに代わりに出演していました。親父の漫談は確実に笑いが取れるために、演芸場では重宝がられていたのです。

 たけちゃんは、私の親父が南けんじだと知ると、熱心に私に接近してきました。親父の漫談のネタが絶妙に面白いため、何とか親父に近づきたかったのです。私は親父に「ツービートと言う漫才は面白いよ。一度見てやってよ」と言うと、親父は客席からツービートを見て、いっぺんに気に入ってしまい。その晩に行きつけの飲み屋にたけちゃんを連れて行きました。その店は親父のひいきがたくさんいる店ですから、親父は漫談をしたり、ギターを弾いたりしてお客さんを楽しませます。無論飲み代は只です。

 ところが、たけちゃんは、カウンターに固まったまま、一言も話しません。話を振り向けても、にやにやするばかりで何も言わないのです。隣に座っている私にはちょくちょく面白いことを言うのですが、初対面の社長なんかが話しかけてくると何も言い返せません。随分シャイな人なんだなぁ。と思いました。

 私の親父もそんなたけちゃんを見て、「たけしなぁ、こういう場に来たら、芸人はぱっと明るくなけりゃぁいけない。お客さんは日ごろの憂さ晴らしに来てるんだから、その憂さを晴らしてやるのが芸人だ。お前がそんな根暗な態度じゃぁお客さんも面白くないぞ。そんなことじゃぁ売れないよ」。

 そういわれてたけちゃんは、肩をひくつかせながら、苦笑いをして「はい、はい」と親父の説教を聞いています。いくら明るくなれと言われても、根の暗い人がそう簡単には明るくなれません。たけちゃんにすれば、本当はこんなところにいたくはないんでしょう。しかしこの場を離れようとはしません。なぜなら、親父がお客さんとアドリブで交わす話が面白いのです。きっと参考になるのでしょう。なぜこんな切り返しが考え付くのか、たけちゃんは頭で必死に考えているのです。

 

 翌日演芸場に行くと、たけちゃんは1時間前に楽屋入りしています。私は3本目の出演ですが、このころはまじめですから、1時間半前に入って、少し稽古をします。ちょうどたけちゃんが入ってくる時間と重なります。たけちゃんは楽屋で新ネタの原稿を読んでいます。昨晩一緒に飲みに行って、遅くまで遊んでいたのに、レポート用紙3枚くらいのネタを書き上げています。

 「一体いつ書いたの」。と聞くと、「うん、夜中に眠れなくて書いたんだ」。夜中に原稿を書きだしたようです。世間の人は事務作業から解放されたくて酒を飲むのに、たけちゃんは飲むと頭が冴えてしまうらしいのです。よく中学校の頃に、仲間と遅くまで野球をやっていて、家に帰って深夜になって、突然起きだして勉強をする優等生がいましたが、それと同じです。何があっても自分のする仕事は怠けないのです。

 そのネタは、うんこ、おしっこ、ブス、ババア、やくざ、およそ世間に通用しないネタです。弱者いじめ、差別、関係なしでした。

「ブスは自分がブスだってことをよくわかっていないんです。だから国が教えなけりゃいけません。ブスに指定されたら、夜8時以降は外出禁止です」。

「保険やなんかで年寄りがみんな長生きして、いまはどこも年寄だらけです。でも今度は法律で、80歳以上のババアは死刑になります」。

「相棒の弟なんか真面目ですよ。今は立派なやくざですから」。「どこが真面目なんだ」。「腕にまじめって彫ってありますから」。「彫っちゃダメだろ」。

 こんなのばかりでした。 あまりに過激なのと、ネタが汚らしいために少しも仕事が来ません。それでも当人はなぜ売れないんだろう。と反省もありません。私が、

「差別ネタはだめだよ」。と言うと、「なんでなんだ、面白けりゃいいじゃないか」。とむきになっています。確かに面白いことは面白いのですが、仕事が来ないのです。

 するとたけちゃんは酒を飲みながら、「あーぁ、結局俺は浅草の狭い世界で埋もれて、一生を終わって行くのかなぁ」。と嘆きます。嘆くだけならいいのですが、気持ちがどんどんふさぎ込んで自分を責めて行きます。ある時は、浅草の国際通りに寝転んで、「さぁ、殺せ」。と大声を出して叫びました。国際通りに寝転んでいたら確実に車にひかれて即死です。多分本心から死にたかったのでしょう。

 たけちゃんは時々投げやりになります。そんな時私は、このまま行くと危なくなりますから、何とか慰めます「あなたは才能があるんだから、いつかきっと売れるよ。今日だって浅草のお客さんに受けていたじゃないか。演芸場で一番受けていたよ」。

 そんな話をすると徐々に機嫌を直します。気持ちを明るいほうに向けないとどんどん悪い方向に向かってしまいます。危ない人なのです。気持ちの弱い人で、人一倍神経質な人なのに、差別は平気です。弱者への攻撃はやめません。でも私にすれば、こうした矛盾を抱えていて、不器用な人に魅力を感じるのです。

続きはまた明日お話しします。