手妻師 藤山新太郎のブログ

1988 年、1994 年に文化庁芸術祭賞、1998 年に文化庁芸術祭賞大賞を受賞。2010 年には松尾芸能賞 優秀賞を受賞。 江戸時代に花開いた日本伝統奇術「手妻(てづま)」の数少ない継承者 藤山新太郎のブログ。

新興宗教

新興宗教

 

 安倍元総理が狙撃され命を落として、狙撃犯が捕まり、そこから統一教会に対する復讐だったことが分かり国内は騒然。統一教会に恨みを持つ狙撃犯がなぜ安倍元総理への殺害に走るのか。話はしっくりいかないまま話題は統一教会に移って行きます。

 一連の騒動はテレビのワイドショウに格好のネタを提供して、連日高視聴率で沸いています。

 しかし、よくわからないことだらけです。安部さんは統一教会の顧問などを引き受けていたのでしょうか?。たびたび協会に催しに賛辞を送っていたようですので、何らかの顧問料などはもらっていたのでしょうか。

 なんせ60万人とも100万人ともいう組織票は、自民党の運営にとっては魅力があったのでしょう。宗教は選挙の票に大きな影響を与えます。それゆえか政治と宗教はどうしても怪しい取引が付きまといます。

 また、安部さんの祖父、岸信介さんは統一教会と何らかの関係があったのでしょうか。1960年代に、統一教会の教祖が、反共政策を打ち出した組織を立ち上げていて、それを自民党が支持していたという話は聞いています。当時は共産主義社会主義が勢力が大きかったので、何らかの対抗策で統一教会と関係を持ったのかも知れません。

 祖父から孫と、新興宗教に深くかかわりを持っていたのかどうか。そこが曖昧です。あれこれ詮索する前に、安部さんの統一教会とのかかわりをはっきりさせなければ、今回の狙撃は意味不明です。ここをどなたか明快に話してくれませんか。

 とは言っても、安部さんの行動には常に闇の世界がほの見えます。森友学園加計学園桜を見る会。どれもこれも追及はあいまいに終わっています。安部さんは有能な政治家ですし、歴史に残る成果を残しています。然しながら、お爺さんの岸さん同様、常に怪しい影が付き纏います。

 

 統一教会が怪しげな宗教であることは、昭和のバブル期から随分テレビでも話題になっていました。一連の霊感商法で、壺を80万円で売りつけるだの、印鑑を10万円で買わせるだの。おかしな資金作りを繰り返していて、度々警察が介入していたのを記憶しています。

 さらには、会員同士の見合いを教会が取り持って、会員による統一結婚式を行い、見知らぬ男女が協会主導で結婚式を挙げる。本当にそんなことをして夫婦がうまく行くものなのか。それを宗教が本気でするのか。首をかしげてしまうことばかりでした。

 その結婚式には元アイドルだった桜田淳子が参加していて、当時30代だった私は、テレビを見て、なぜ彼女が、と、びっくり仰天。「いや、本当に桜田淳子はこんな結婚式を望んでいたのか」。あまりに異常な光景でした。

 その結婚式には、教祖の夫婦が壇上に立ち、子供が作ったような王冠をかぶって挨拶をしていました。あの教祖の姿を見て、「どう考えてもこの人たちの知能指数は低い。まともな宗教ではない」。と思いました。

 が、然し、教会員は真剣なのです。少なくともテレビに映し出された映像からは幸せに満ちた人の顔が映し出されています。

 

 そもそも宗教と言うのは第三者が冷静に見たならどの宗教も異常なのです。原始宗教でも、一般的な宗教でも、カルト宗教でも、宗教に関与していない人が見たなら「なんでそんなことをするの」。と首をかしげてしまうようなことを繰り返しています。にもかかわらず新興宗教はなくなりません。いつの時代でも宗教は必要なのでしょう。それだけ心に悩みを抱えている人が多いのでしょう。

 

 世の中に、差別、貧困、学歴格差、嫉妬、いじめ、弱者虐待、あらゆる矛盾が存在して、多くの人は苦しみを抱えています。外見は豊かに平和に暮らしているように見える人でも、家庭内では、子供の登校拒否や、夫の家庭内暴力、職場のいじめや嫉妬で苦しめられている人はたくさんいます。

 悩みや問題があっても、人とうまく付き合い、問題を交わして生きて行ける人は幸いなのですが、人づきあいがうまくなかったり、ハンデを背負っている人などは、毎日差別に苦しまなければならなくなります。そんな人の悩みを聞いてくれる組織、或いは逃避できる場所が宗教なのでしょう。

 宗教家の中には真剣に個人の悩みと向かい合って話を聞いてくれる人もあります。そうした宗教家と出会えば人生は救われます。然し、中には人の弱みを握って金儲けをする人もあります。

 宗教家ではありませんが、手相見、人相見で、一回3000円くらいで人を見ている分には平和なのですが、当たると評判の人が、相談者が弱いと知るや、金額を吊り上げ法外な見料を取るなどというのも、人の弱みを金に換える行為です。宗教の除霊も狐下ろしも全て同じです。個人では解決できない弱みを持った人がたかられているのです。

 確実に言えることは、人が人の将来を予測する能力はありません。どんな有能な人でも1分先のことは誰にもわからないのです。人の将来をズバリズバリと予測する人がいたなら、それは度胸のいい嘘つきです。根拠などありません。

 それを信じて、値打のない宝石や、無理な宗教活動に付き合わされて財産を奪われるのは、傍から見たなら、本当に気の毒です。

 

 「然し、そんなことはちょっと考えればわかるだろう」。と思うのは第三者なのです。心に悩みのある人は、盲目となって、誰かに救いを求めようと必死なのです。世間は弱者に冷たく、差別には無理解です。そのため、弱者の心を救う組織が存在するのです。

 神社やお寺にはお札が売られています。交通安全のお札を付けていれば交通事故には合わないとは言えないでしょう。事故とお札は何も関係がないはずです。にも関わらず人は意味のないお札を買い求めます。お寺でも神社でも、お札に意味がないことは知っているはずです。でも販売しています。それは人が求めるからでしょう。

 役には立たないかもしれないけど、それを心の拠り所として人が救われるなら、無意味ではない。そう考えてお札を販売しているのでしょう。同様に、宗教自体も、全く否定はできません。おかしなことをやっていると言っても、それで人の心が救われているなら。存在価値はあるのです。然し、家族の信じる宗教によって、被害を被っている、今回の狙撃犯にとっては、宗教は憎き敵でしょう。それが安部さんの銃撃に向かったことは極端な行為ですが、これも持って行き場のない心の悩みの解決策なのでしょうか。

続く

 

 明日はブログを休みます。

 

 8月7日アゴラカフェ。

 日本橋マンダリンホテル二階、アゴラカフェで手妻マジックの公演。出演。藤山新太郎、前田将太改め、藤山大成、穂積みゆき、小林拓馬、せとな。

 入場料5000円、子供2000円、食事付き、12時から。

 

BA・5

BA・5

 

 7月になって急にコロナが活発化して来て、国内はまたまた騒がしくなっています。テレビのニュースでは、「第7波到来か」。と言われています。マスコミは又も過剰な報道を始めました。何が来ても結構ですが、大騒ぎしないでください。ようやく通常の生活に戻りつつある時期です。政府がマスコミに乗って、非常事態宣言を出しますか?。全く無駄なことです。

 6月の時点では、この先、海外のお客様を迎え入れて日本の観光を盛り上げて行こうとしていた矢先なのに、またもや規制がかかりそうです。

 非常事態宣言を出せば、学校を休み、大学を休み、会社をリモートにし、役所のあらゆる施設を休館にし、と、やることなすこと対応があまりに過剰です。何度も申し上げますが、コロナは風邪です。「いやそんなことはない、掛かると倦怠感や、吐き気がして、随分苦しむ」。そうです。然し、風邪も同じです。高熱を発して何日も苦しむ風邪もあります。

 「いや、風邪で死ぬ人はまずいない。然し、コロナは毎日死者が出ている」。その通りです。然しよく見てくださ。コロナも、実際調べてみれば、直接コロナで死んでいる人は何人いますか。コロナに罹った人で、元々病気を抱えている人。つまり、心筋梗塞、糖尿病、肺炎、そうした病気を抱えていた人がコロナを併発することで死病に至るのです。

 それを、コロナの感染者をすべてコロナが原因で死んだことにしてカウントするから、コロナの死者が増えるのです。この事は、風邪も同じです。多くの老人は、いろいろな病気に罹って体力が衰弱して行き、お終いは、風邪を引いて一層体力を落として亡くなる場合が多いのです。それを風邪によって亡くなったとは言わないように、コロナもまた、多くの病を抱えてなおかつコロナに罹って亡くなるのです。それが特別コロナが死病である原因にはならないはずです。

 

 それは特別なことではありません。昔から「風邪は万病のもと」と言って、恐れて来たことです。でも、恐ろしいからと言って過剰反応はしなかったでしょう。我々は昔から風邪を普通の病気と受け止めていて、一緒に生活してきたのです。

 風邪を引いたからと言って、テレビのニュースが、毎日、感染者何人、死亡者何人などと発表はしなかったでしょう。ノロウイルスでも、インフルエンザでも同じだったでしょう。それをなぜことさらコロナだけ大騒ぎをするのですか。

 

 私はワクチンを三回打ちましたが、もういいです。これ以上必要ありません。ワクチンの効き目は本当にあるのですか、副作用はないのですか。心配です。私は幸いワクチン注射をしても何も問題ありませんが、女房も、娘も注射をするたびに翌日、翌々日には寝込んでしまいます。本当に副作用はないのでしょうか。とても心配になります。

 医者は、ワクチン注射をすると一人につき3000円もらえるから有り難い。と言って喜んでいます。役所の仕事を引き受ければ、一日で数百人の注射をするのですから、いい仕事です。然し、ワクチン注射をするということがそれほど特別な技術ですか?。

 注射なんて田代まさしでもできると言った人があります。私もそう思います。むしろ薬と注射器をもらって自分で打つからと言って3000円もらったほうがどれほど幸せになれるか知れません。

 医者に仕事を与えて、製薬会社を儲けさせて、三度も四度も注射して、あと何回注射が必要ですか。本当にこれでうまく行くのでしょうか。

 

 大切なことは日常生活を維持することです。既に日本では通常の生活が破綻しています。学生は大学に入学しても、仲間を作ることが出来ません。クラブ活動は壊滅的です。人は人に影響されあって新しい生き方を学びます。家に籠っていては今までの自分の儘です。こんな生活をしていていいわけがないのです。

 コロナだから外に出るな、旅行をするなとは誰が言えますか。人類は、ペストが流行っていた時も、コレラが流行っていた時も、外に出て仕事をしていたのです。何もしなければ今日食べる物も手に入らないのです。江戸時代の末期、江戸でコレラが流行して、江戸の市民が10万人亡くなりました。百万人の都市で10万人です。大変な事件でした。然し町は平常に活動していたのです。中村座では芝居が続いていましたし、寄席では講釈、落語が語られていたのです。

 コレラが細菌の仕業であることを知らなかった昔と違い、今は手洗いうがい、消毒が徹底しています。何も大騒ぎする話ではないはずです。持病のある人が気を付けていればいいのであって、健常者は働き、そして遊んでいてもいいのです。そうでなければ世の中は動かなくなってしまうではありませんか。

 

 さすがに岸田首相も、今回は非常事態宣言を出すのは躊躇しています。それはそうでしょう。国民はもう疲弊しています。今度非常事態宣言を出してあらゆる規制を掛ければ、コロナは守れても、国民は仕事を失って寿命が尽きてしまいます。

 

 昨年は、芸能も仕事がないことを政府が心配してくれて補助金を出してくれました。これは、舞台活動をするにおいて、出演料や、会場費の一部を負担すると言うものです。それは有り難いことですが、実際ショウをする段になると、座席の半分は空けなければならないという規制がかかります。入場者を半分にしたなら、大赤字になります。つまり補助金を出して公演をさせて、その公演に規制をかけて赤字にさせているのです。これではマッチポンプです。幾ら補助金が出ても公演する芸能人は赤字が膨らむばかりです。これでは政府の支援が生きた使われ方をしない結果になります。

 何とか世の中を前進させたい、前向きに活動してゆきたいとする人たちが、コロナによって挫折を繰り返しています。それを政府が挫折の後押しをしてはいけません。何とかしようという人の足を引っ張ってよいことはないのです。さぁ、何があっても平常の活動をしましょう。そうして生きる以外生きて行く道はないのです。

続く

 

 アゴラカフェ8月公演。

8月7日、12時から、日本橋マンダリンホテル二階、アゴラカフェにて、入場料5000円、子供2000円。食事付き。出演、藤山新太郎、藤山大成(前田将太)、穂積みゆき、堀内大助、せとな、要予約、6262-6331

 日曜日のお昼は日本橋マンダリンホテルでゆっくりマジックをお楽しみください。

クジラ肉

クジラ肉

 

 私の親父(大正13年=1923年生)の話では、「昭和16年ころからものがなくなりだし、甘味屋も、寿司屋も、洋食屋も徐々に店を閉めるようになった。終戦時には飲食店は軒並み閉店。店で売っている肉も魚も、大福も、ほとんどなくなってしまった。でも、戦争中はまだ何かしら融通し合って食べる物はあったよ。本当にに困ったのは戦後から昭和24年くらいまでだなぁ」。

 私は昭和29年生まれで、その頃にはもう食糧不足は無くなっていました。実際に飢えるということがどういうことかわかりません。

 太平洋戦争(昭和16~20年)のさ中、日本はアメリカと中国と全面戦争をしたため、労働力のほとんどは軍隊に取られました。そのため、農村も漁村も都市も極端に労働者が減って、生産力が落ちてしまいました。

 戦争が終わって、戦地から、民間人、軍人が続々日本に戻ってくるようになって、極端な食糧不足に陥ります。当時の軍人、民間人は合わせて600万人とも、700万人ともいわれています。国全体が戦争で疲弊しているときに、一度に人口が700万人も増えたわけですから、食料が不足するのは当然です。当時の日本国内の人口は1億人を少し切るくらいだったのでしょう。そこへいきなり7%人口が増えたわけですから、生活は苦しくなり、食料が極端に不足します。

 戦後の親父は農村慰問をして、出演料の一部として、随分野菜やコメや小豆をもらい、一座全員がリュックに食料を詰め、東京に持って帰りました。大方は自分と家族が食べたのですが、時に大量の米や、小豆などをもらうと闇で売りさばいて、随分いい金になったと言っていました。

 戦前も戦後も、農村や漁村は好景気で、都会が飢餓であえいでいるときに、農村は常に食料があって、都会から買い出しに来る人がたくさんいたため、農村は潤っていたそうです。

 戦後、漁村では毎年豊漁を繰り返していました。と言うのも、戦争中に若者を兵隊に取られていたため、漁に出る回数が少なく、そのために魚が増えていたのです。船さえ出せば間違いなく大漁です。そうならすぐにでも漁に出たいところですが、戦争中に軍部に船を供給したため、どこの漁村でも船が不足していたのです。

 そのため、借金してでも船を作って、若者を集めて漁に出た親方は大儲けをします。干物や目刺しにして、都会に持って行くと争うように売れたそうです。

 

 大きな水産会社になると、大きな船を作って、クジラ漁に出るようになります。クジラは潮に乗って太平洋の各地に生息しています。クジラは30分に一度海上に上がって来て息継ぎをします。その時背中にある鼻の穴から潮を吹きます。一度クジラの潮吹く姿を見つけたなら、船は近付いて行き、次に潮を吹く機会をじっと待ちます。これがサインで、船はあがってきたクジラに近づいて、銛(もり)を打ち込んで捕まえます。

 クジラは捨てる所がない。と言います。肉はすぐに冷凍して保管し、脂肪は鯨油として燃料になります。皮は、靴やランドセルになり、骨は砕いて石鹼になります。当時はシロナガスクジラなどの巨大クジラばかり狙って捕まえていましたので、一頭捕まえるとその価値はけた違いに大きく、南氷洋まで船団を組んでクジラ取りに行けば会社は一航海で大きな財産が築けたそうです。

 

 私はクジラの肉をよく食べました。私だけではなく、この時代の日本人は普通にクジラを食べていました。肉屋で売っている肉も、牛、豚、鳥、ではなく、多くの店では、クジラ、豚、トリを売っていました。牛肉はめったに食べることが出来ず、肉と言えば安価なクジラを普通に食べていました。恐らく値段は鳥よりも安かったのでしょう。

 肉屋ではクジラの肉だけが大きな塊で大皿に乗っていました。身は赤く、皿に血が滴っていました。一見グロテスクではありましたが、なかなか肉が食べられなかった頃はご馳走で、見ると食欲がわきました。

 給食のおかずも、クジラ肉と野菜の炒めとか、クジラ肉の竜田揚げなど、普通に出て来ました。クジラの肉は、赤みの肉ですが、火に通すと黒い色に変わります。味は今考えると、熊や、馬肉に近く、悪い味ではありません。ただ、肉に筋が多く、なかなか嚙み切れませんでした。それでも肉が食べられることは有り難かったので、誰も文句を言わずみんな食べていました。

 昭和30年代の日本の子供の成長を助けたのは、アジの干物であり、クジラ肉だったのです。鳥や豚肉が普通に食べられるようになったのは昭和40年代からです。

 

 クジラ肉には、ベーコンと呼ばれるものがあり、なぜか母親はこの肉を頻繁に買って来て、よく食べさせられました。豚肉のベーコンとはかなり形が違い、脂身が豊富に肉にくっついていました。赤身が2割、脂身が8割などという極端に脂の多い肉でした。キャベツと一緒に野菜炒めにすることが多く、ベーコンの脂が強いため、フライパンに油をひくことなく、ベーコンをバラバラッとフライパンに撒いて、脂が染み出てからキャベツと一緒に炒めて食べていたように思います。

 この肉は好き嫌いが激しく、給食でもよく女子が残していました。残す前に、私に「食べて」、と言って、野菜炒めの中のベーコンだけをくれる女子もいました。私は別に嫌いではなかったのでもらって食べました。然し、その後大人になって、だんだんとベーコンの脂身が鼻についてきて、ベーコンは食べなくなりました。

 

 浅草に捕鯨船と言うクジラ肉の一杯飲み屋があります。昔から芸人の集まる店で、先代の親父が随分芸人を可愛がっていたため、私たちはお世話になった店です。ここの焼きそばには今も黒いクジラ肉が入っています。味は絶品です。刺身は、冷凍にしてカチカチに凍った肉に、にんにく醤油をつけて食べるのですが、これも文句ないうまさです。

 かつてはクジラは安いことの代名詞だったのですが、今はなかなかクジラ自体が取れないため、高級魚並みの値段です。捕鯨船は小さく汚い店ですが、時々クジラの味を思い出すたび出掛けます。但し値段が高くなり、今ではとても浅草芸人が入って気軽に飲める店ではなくなっています。令和のクジラは貧しい芸人にたんぱく質を提供しなくなっています。

続く

保守対新保守

保守対新保守

 

 一年目のブログに書きましたが、日本の政治は、長い間、保守党(自民党)対、社会主義系のリベラル政党の戦いでした。然し、ソビエト連邦が崩壊して以降。日本人は、社会主義に対して懐疑的になり、社会主義イコール進歩とは考えられなくなってしまいました。

 100年前なら、当時の資本主義はあまりに労働者に対して過酷で、低い賃金で労働者を働かせるばかりで、何ら生活の保障を見なかったのです。そこへ現れた共産主義社会主義は、福祉も医療も教育も、国ですべて面倒見る、という考え方は斬新で、多くの労働者に夢と希望を与えたのです。

 しかし、今の資本主義は、普通に福祉や医療を提供するようになり、結果、日本やヨーロッパのような福祉社会が生まれました。対する社会主義国は、主義主張の通りに事が進まず、賄賂や汚職で、富める者は一層富み、貧しきものは一層貧しくなってしまいました。それが嘘でない証拠は北朝鮮や、ロシア、中国の国情を見たなら一目瞭然でしょう。

 

 そもそも社会主義をリベラルと言うのは、資本主義の発展形が社会主義であるという考えから、リベラル政党などと呼ばれていたのですが、それは社会主義者の机上理論に過ぎなかったようです。資本主義国家がすでに福祉、医療、教育を国が面倒を見ている以上。今や、社会主義が資本主義の発展形であるとは誰も思わないでしょう。

 

 そうであるなら、日本の政治は、保守党対リベラル政党と言う図式はもう成り立たなくなっています。そうなら、保守対保守の二大政党がいいのでしょうか。然し、同じ保守政治では違いを発揮しにくいのでしょう。

 日本の野党は長い間保守とリベラルの間で揺れ動いてきたように思います。実際、「維新の会」も「れいわ新選組」も、新たな保守を模索して生まれた政党だと思います。然し新保守はなかなか大きくなりません。

 それがここへ来て、もっと明快に保守を語る政党が出て来ました。それが「参政党」です。今回ようやく一議席が取れましたが、物凄い人気です。新聞、テレビは彼らを無視し続けましたが、ネットでの人気は爆発的です。

 

 参政党の主張は、「今の日本には投票したい政党がない。それなら自分で作る」。と言うもので、党名そのものが、一般国民が政治に参加する政党の意味で「参政党」です。代表の神谷宗幣さんは関西大学大学院法学部出身、吹田市会議員を経て、参政党を立ち上げています。

 この人はネットで頻繁に政治を語っています。ネットをよく見る人ならば顔なじみです。然しどうしたものかテレビは神谷さんを取り上げません。どうもテレビは昔から、左寄りの人には甘く、右寄りには厳しい傾向にあります。かつて安倍さんが事あるごとにテレビに攻撃されたことを思うと、テレビは右寄りの人には嫌悪感があるようです。

 然しこの先、そうした考えは大きな支持を失って行くでしょう。もう左寄りの考え方に幻想を抱いている国民はほとんどいないのです。今回のロシアのウクライナ侵攻を見ても、ドイツは法律を変えてまでもウクライナ支援に回りましたし、中立国だったフィンランドデンマークはいち早くNATO加盟を申請しています。ロシアからの侵攻を受けているウクライナ自体も以前からNATO加盟を求めていますし。今回のロシアの侵攻により、加盟は一層早まるのではないかと思います。

 対して日本は、このまま手をこまねいて、平和を願う、などと平和を唱えているだけで平和が維持されるものではありません。自国は自国で守らなければならないのです。そうでなくても日本の周辺は、ロシア、中国、北朝鮮と、危ない国ばかりなのですから。

 

 神谷宗平さんの選挙演説は、まるで安倍晋三さんが乗り移ったのではないかと思うほど、こてこての保守思想です。しかし、安倍さん自体が自民党の中で、右寄り過ぎると批判され、党内でブレーキをかける人が多かったため、現実には憲法改正すらままならなかったわけです。

 それをもう一つ新たな勢力を作って、自民党以上に大胆に推し進めようとするところが神谷宗平さんの考えです。「コロナのマスクはやり過ぎだ。マスコミはコロナに対して過剰反応をし過ぎている。ワクチンも過剰摂取はすべきでない」。などと、誰もが思っていたことをはっきり発言しています。私がこの三年いい続けて来たことがまさにそれと同じです。コロナの対策を律儀に守っていると日本中が不景気になります。そのことを明快に語っています。

 憲法改正も賛成。自衛隊の昇格も賛成です。こんなことに躊躇していることこそ国を危険な状態に追い込んでしまうというのです。

 本来自民党が言いたかったことで、常々、国民の顔色を見つつなかなか言い出せなかったことを、神谷さんはストレートに大胆に語っています。面白い人です。神谷さんの言っていることは若い人を中心に支持者が広がっています。若い人がこれまで選挙に出かけたがらなかったのは、若者が政治に無関心だからでもなければ、無責任だからでもありません。明確に国の進路を語ってくれる政党がなかったからなのでしょう。日本人が本当に欲しかった政党は、自民党以上に保守的で、何をしなければいけないかを明確に語ってくれる政党だったということでしょうか。

 恐らくこの先、参政党は選挙のたびに大きく票を伸ばして行くでしょう。安倍さんが亡くなって残念に思っていたのですが、安倍さん以上に安倍さんの政策を訴える政党が現れたのは面白い現象だと思いました。

続く

ロシアの衰退

ロシアの衰退

 

 日本では参議院選挙や、それに関連して安倍元首相の狙撃事件などがあって、話題はすっかり国内問題に移ってしまいました。然し、依然として、ウクライナでは戦闘が続いています。マスコミの興味はウクライナから離れたとしても、戦争は終わってはいないのです。

 始末の悪いことに、この戦いは、互いが一気に攻め込んで短期決戦で決める。などという作戦が出来にくい状況です。というのも仮にウクライナが、アメリカや、NATOの支援を受けて、大きな作戦を立てて戦えば、ロシアも総力をかけて戦いに挑むことになり、これは結果としてプーチンを追い詰めることになり、プーチンは自暴自棄になって、場合によっては核兵器の使用も起こしかねません。そうなると世界大戦に発展してしまいます。戦いが拡大すれば簡単には解決しなくなってしまいます。

 そこで、NATOアメリカも、ウクライナに武器を供与して、戦争を継続しつつも、その裏で、ロシアの銀行に制裁を加え、商取引が出来にくくして、ロシア経済を混乱させ。同時に、ロシアの製品や素材(石油、天然ガス等)をなるべく買わないようにして、なおかつ、アメリカヨーロッパの製品(コンピューターや機械類)を輸出しないようにして、経済面で圧迫しています。

 ロシアは大国ですから、経済制裁をしても、いきなり身動きが出来なくなるということはありません。仮に制裁を受けても、中国やインドを仲介して、製品を輸入すれば、当初はなんとか体裁を繕って活動出来るでしょう。

 それでも徐々に物と金が足らなくなり、ロシア国内は混乱してきます。経済制裁が大きく響いてくるのは、半年後、一年後くらいでしょうか。ここに至って、ロシア国民は初めてプーチンのして来たことが間違っていると気付きます。そこでロシア国内でクーデターなり、プーチン失脚があって、指導家が変わるでしょう。

 

 新たな指導家は、不況の原因がウクライナ侵攻であったことは明白ですから、まず第一に休戦を提案するはずです。と、ここまでのシナリオはその通りに進むかと思いますが、問題は、プーチンの後に出て来る政治家(あるいは軍人)です。

 新たに現れた政治家は、金融や、物資の制裁を解いてもらおうとして、休戦協定を結ぶでしょう。然し、彼らは決して物分かりのいい、穏やかな政治家ではないはずです。プーチン以上に強硬で、唯我独尊な考えをする世間知らずな政治家が政権を取る可能性があります。なぜそんなことが分かるのかといえば、社会主義国一党独裁国家だからです。

 これまで、社会主義国のリーダーたちは、自国で自分が思い通りにならなかったことなど何もなく、言ったことはすべて通ってしまっていたからです。そのことは中国しかり、北朝鮮しかりです。始末の悪いことに、社会主義国の国民はそうした、歴史に残る大王のような強権政治家に憧れていますし、政治家自体もそうした立場に立つことを望んでいます。

 ただ、いかな世間知らずの政治家が出て来たとしても、経済が疲弊し、軍事力が衰えてしまっては戦争を継続することは出来ません。ここは休戦しかありません。問題はその後です。ウクライナに対する補償の問題です。

 この4か月。ロシアが破壊したウクライナの都市、工場、交通網、人的被害等の補償、を併せると、200兆円とも300兆円とも言われています。簡単に200兆円と言いますが、ロシアにとっては数年分の国家予算です。そんな巨額の費用を今のロシアは弁済できません。あの手この手で払わない言い訳をしてごねるでしょう。

 然し、経済制裁で締め付けつつ交渉して行けば、ロシアは、国を分割するなりして返済に充てることになるでしょう。筑波大学の中村逸郎教授は、「ロシアは5分割される」。と言っています。結局ロシアは、800年前のモスクワ公国のように、ウラル山脈から西の地域に限定して国を維持するようになるかもしれません。むしろ、この地域のみを守っていたほうが、ロシアにとっては、かなりコンパクトで豊かな地域を所有することになり、国土は小さくはなっても、そこそこ先進国として維持できると思います。

 何にしても、ウクライナの戦後補償は、20年経っても完全復活は出来ないかもしれません。随分先の長い交渉になるでしょう。

 

 一方ゼレンスキーさんは、当初捨て身の戦法でロシアと戦いを挑み、思わぬところでNATOアメリカの支援を受けて、よい方向に戦局を進めました。今世紀の世界中の政治家の中で稀に見る優れたリーダーシップを見せたと言えます。

 この先ロシアが崩壊するようなことがあれば、幕内力士が横綱を倒したようなもので国技館内(世界中)大騒ぎの状況になるでしょう。然しながら、ゼレンスキーさんの鮮やかな成功に比べて、ウクライナ国内は困窮するでしょう。ロシアに勝利した勲章に比して、あまりに大きな代償といえます。

 

 それでも、そう遠くない将来、ロシアも社会主義も崩壊するでしょう。そうなると、それを恐れるのは中国であり、北朝鮮です。中国は、経済力にものを言わせて、ロシアの戦後賠償を引き受ける代わりに、シベリアを手に入れるかも知れません。シベリア全土ではないにしても、ウラジオストック近辺や、そこからカムチャッカ半島沿岸までは魅力です。そうなると中国は世界最大の版図を手に入れることになります。

 ロシアとしても債務を引き受ける国が、日本か中国かアメリカかという選択であれば、中国に委ねるでしょう。その時、日本は、北から南までぐるっと中国領に取り囲まれることになります。その時になって、「そりゃ大変だ」。と慌てても遅いのです。

 この先は、世界中、今までになかった社会の変化が起きるでしょう。今まで通用していた価値観が通用しなくなるでしょう。その時に、自国は自国で守るという信念がなければ、国は生き残れないでしょう。

 ウクライナのことは他人事ではありません。「キエフの都市に空爆があった」と、まるで他人事のように話していてはいけません。沖縄、石垣島尖閣諸島にミサイルが飛んで来る日も近いかもしれないのです。

 今回の選挙は、自民党が大きく伸びました。安倍さんの死は、エポックメーキングな出来事なのかもしれません。今が日本の歴史の大きな転換点を迎えているのだと思います。

続く

 

7月第二週のアゴラカフェ

7月第二週のアゴラカフェ

 

 今日(7月10日)は朝8時に選挙に行きました。別段この人に入れたいと言う人はありません。ただ義務感で出かけました。毎回、投票所に行って、誰に入れていいかを迷います。候補者に関する知識がないのです。

 食レポナビがあるなら、選挙レポナビがあってもいいでしょう。参議院も、区議会議員も、残念ながら、私は詳しく知っている候補者がいません。そうなら、何人かの信じられる人(選挙研究家などという人がいるなら)のナビがあれば、そこから何人かの候補者のデーターを紹介してもらい、そこから絞り込んで投票を考えるなら便利です。丸のみで信頼することは危険でも、数名絞り込めるだけでも便利ではあります。誰かやってくれませんか。

 

 3日前に小野坂東さんから電話があり、今日のアゴラカフェを見に行きたいと言われました。私が一か月前に、「若手の演技が良くなりましたよ」。と吹いたため、その気になったようです。

 ところが、前日に、コロナの予防注射をしたところ、熱が出てしまい、来れないという連絡を、今朝頂きました。残念です。でも東さんも88歳です。無理は出来ません。それでも来てみて見たいという熱意はすごいと思います。アゴラカフェのあの場の雰囲気と若手の熱演を見てもらえたなら、きっと満足してくれると思います。

 然し、又来月と言うこともあります。その時はぜひお誘いしようと考えています。

 

 家に戻って、9時から、二人の生徒さんの稽古を致しました。そして、12時少し前に日本橋マンダリンホテルのアゴラカフェに行きました。12時50分。ちょうどザッキーさんのクロースアップが終わり、ステージショウが始まる所で入場しました。お客様は16名。司会はザッキー、

 彼は人や組織を取りまとめて行くことに手慣れています。正直、こうした才能があったことを今迄知りませんでした。彼がこのショウをリードして行くことで、お客様は安心して見ています。

 

 一本目は前田将太。洋装で、シルクからカードマニュピレーション。最近カード手順を持つことの必要性に気付いたようで、このところ真剣にカードを練習しています。いいことです。苦手を克服してこそいいプロに成れます。そのあとはサムタイ。洋服で演じました。但し、気を付けないと、「技物、プラス喋りネタ」の典型的な営業手順に陥ってしまいます。サムタイはもっともっと神秘的な崇高なものです。カードとの取り合わせは、安易に並べて演じるのではなく、もう一つ、センスを加えて洗練さを追求する必要があります。

 

 二本目は黒川智紀。三本目の菰原裕と同じく、今月末にカナダでFISMがあるため、稽古がてらの出演。大きなダイスの傍にまどろんでいるピエロが目覚め、ネジがまかれると動き出します。メルヘンの世界です。そこから、ダイス、カードのプロダクション、ウォンドの変化など、いろいろマジックを見せて、お終いはEND マークで終わり。

 演技は後半に進むにつれ、細かなハンドリングが加えられ、より不思議さが加味されて、内容はよりマジック化しています。そうなると、自身が作り上げたメルヘンの世界と、職人的なスライハンドの演技にギャップが生じてきます。

 巧い人ですし、マジックが好きなことは演技からひしひしと伝わってきます。さりながら、彼がもう少し大きな成功を掴み取ろうと考えているなら。今の状態はカオスのるつぼの中で答えを見出だせず苦闘中の状態と言えます。

 

 三本目、菰原裕。会社勤めをしつつアマチュアとして活動。数年前から演じ続けている得意芸。手順はより細部まで不思議が加味されて、実際不思議さを増しています。元々テンポのある演技ですから、見ていて見飽きがしません。

 今回見ていて彼が何を語りたいのかが初めてわかりました。夏の暑い日に、冷たい水を飲みたいと紙コップに口をつけると、出てきたものはボール。そのボールが出たり消えたり、そのうちにはコップがやたら増えたり、糸電話にLED電気が出て来たりして、お終いにようやく液体が出現。彼が必死で演じているボールも、カップの増加も本質とは何ら関係なく、ただ水が飲みたかったのですね。小さなエピソードを着真面目に演じている姿が好感が持てます。マジック愛が伝わってくる演技でした。

 

 四本目、ザッキーの演技。伸びるロープから、結び目の移動。そして12本リング。卒なく演じる優等生の演技。店からもお客様からも愛されるような、万人受けするタレントです。マジック界に貴重な人となって行くでしょう。

 

 再度、前田将太登場。和服を着て、「双つ引き出し」と「連理の曲」。卒なくこなしています。これも優等生の演技。こうした基本的な演技ですら、ちゃんと型が出来て、見得が切れて、安定して見せられる手妻師は日本に数人です。ちゃんと演じたなら自身の一生の得意芸になるものを、きっちり演じる人が少ないことは残念です。逆に考えるなら前田は大きな武器を手に入れたと言えます。

 

 全体を見て、今回の4組はバランスが良く、見ていて見飽きがしませんでした。若いお客様が多くて、反応が良かったことも雰囲気を盛り上げたと思います。何とかこのレベルが維持されたなら、若手のマジックショウは、この先1年、2ねん先までも続いて行くでしょう。少し安心しました。

 

 客席に藤山大樹と、和泉さんが来ていました。終演後、地下のハンバーガーショップへ行き、一緒にビールを飲みました。大樹と一緒に飲むのは正月以来です。たまに会って話をするのは楽しいものです。

 

 来週は「カズカタヤマと若手マジシャン」です。又時間を作って見に行こうと思います。マジックが毎週見られることはなんて幸せなのかと思います。

続く