手妻師 藤山新太郎のブログ

1988 年、1994 年に文化庁芸術祭賞、1998 年に文化庁芸術祭賞大賞を受賞。2010 年には松尾芸能賞 優秀賞を受賞。 江戸時代に花開いた日本伝統奇術「手妻(てづま)」の数少ない継承者 藤山新太郎のブログ。

ゴジラ

ゴジラ

 

 私の子供のころの人気テレビ番組は、マグマ大使鉄人28号鉄腕アトム、少年ジェット、赤胴鈴之助キングコングゴジラ、と言ったところでした。特にキングコングゴジラは、映画にもなって、町の映画館で見られるようになると大人気で、ゴジラは一度では死なず、その後も続編が作られ、ゴジラモスラゴジラキングコングゴジラキングギドラゴジラガメラなどなど。大活躍をします。

 然し、なぜゴジラが生まれたのか、ゴジラとは一体何者なのかと言うと、あまりはっきりとしたことは説明されてていませんが、どうも、日本が太平洋戦争の末期に、アメリカから原子爆弾を落とされたことに対する批判が底辺にあるようです。

 戦後になって、アメリカやソ連が、地下で水爆や原爆の実験をするときに、アメリカは太平洋の孤島で水爆実験をしました。昭和29年、3月。マーシャル群島のビキニ岩礁で、アメリカが水素爆弾の実験をしたところ、たまたま和歌山県のマグロ漁船。第5福竜丸が(実際はビキニ岩礁から160kmも離れたところを通っていました。当時の水爆は、広島の1000倍の力があったのです)。その近くを通り、放射能を浴び、船員の多くが被災しました。

 昭和29年とは私の生まれた年です。無論、私は直接この時の事故は知りません。相当に大きな問題になったようで、広島、長崎に次ぐ第3の被爆者を生んだことで、日本中の話題となりました。

 被災した船員は、数日太平洋上で操業をしているさ中に、嘔吐が続き、髪の毛が抜け始め、苦しみが続きました。何の原因かわからず、全く処置がなされないまま10日も船上で活動を続けたのです。そして帰国するとすぐに病院に入ります。

 症状は明らかに放射能による被爆でした。日本政府はすぐにアメリカに抗議をしますが、アメリカは水爆実験をしたこと自体が軍の秘密事項でしたから、何の回答もしません。ただ、被爆者には見舞金が届きます。当時は、日本が国際社会にようやく復帰できたばかりでしたから、政府もアメリカに強いことが言えず、アメリカが出した見舞金が被災者に渡されただけで、話はうやむやのまま終わりました。

 実際その後、船員は被爆の後遺症で苦しみ、一、二年のうちに多くの人が亡くなりました。当然、これほどの災害が、責任所在も曖昧なまま、もみ消されてよい訳はなく、この事故を何らかの形で世界に伝えようと、ゴジラの誕生になります。第5福竜丸の被爆から半年後の11月3日。ゴジラが封切られます。

 ゴジラは、南の島での水爆実験の結果、被爆した爬虫類が巨大化し、原子力のパワーを手に入れ、強大な力を持ち、やがて太平洋を北上して、日本に上陸し、東京タワーや、国会議事堂を破壊します。

 このゴジラの行動は、まさに10年前、昭和19年東京大空襲そのものです。B29によって、東京横浜など日本中の都市が絨毯爆撃によって破壊されました。あの様子がそっくりそのままゴジラになって再現されます。

 エキストラに出演していた人の多くは、B29の破壊によって、逃げまわった経験のある人たちでしたから、昭和19年の実際の空襲を経験しています。太平洋戦争は、ゴジラが封切られる僅か10年前のことだったのです。守る自衛隊に扮している人たちも、実際に米軍と戦って、高射砲を打ったり、戦闘機でB29 と戦った人たちがいたのでしょう、演技が真に迫っています。ゴジラと言う映画は、空想の特撮ものではなく、まさに現実の日米戦の再現に他ならなかったのです。

 当然子供だけでなく、たくさんの大人も映画館に押し掛けて、自衛隊の打つ高射砲に手に汗握って応援したのです。今我々がゴジラを見る時の気持ちと、当時の観客の気持ちは全く違ったものだったはずです。

 それにしても、映画の中の自衛隊ゴジラに対して無力でした。戦車はひたすら弾を打ちますが、弾はゴジラに当たってもゴジラはびくともしません。そして、ゴジラが近づいて来て、いとも簡単に足で踏みつけられてしまいます。

 戦車を操縦する隊員は、朝、自衛隊を出る時には、「よし、何とか戦って、ゴジラを撃退してやるぞ」。と気合を入れて出かけたと思いますが、実際、戦ってみると、弾は蚊がさしたほどにも効果はなく、戦車はあっさりとつぶされてしまうのです。

 その姿は、特攻隊に志願して、アメリカの軍艦に突撃する姿と重なります。「何とか、自分の命は犠牲になっても、敵艦一艘を撃沈すれば、日本は少しでも有利になるだろう」。と戦闘機に乗り込みます。然し、実際殆どのゼロ戦は船に体当たりすることなく、艦砲射撃にあって、海に消えて行きます。

 

 結局、ゴジラ自衛隊では守れないことを知り、作品が進むにつれ、ガメラや、キングギドラなど、得体のしれない怪獣が日本にやって来て、彼らが日本の支援者なのかどうかは怪しいのですが、よりによって東京で戦いを繰り返します。銀座の服部時計店や、三越デパートはその都度破壊されます。同じ戦うなら、人のいないオーストラリアあたりの平原で戦えないものでしょうか。

 毎年お正月になると東京が怪獣に襲われ、人々が逃げまどい、建て替えたばかりのビルが破壊されます。その圧倒的な破壊力が面白いのか、何度も続編が作られ、しまいにはアメリカがゴジラを作るようになります。

 「ちょっと待ちなさい。ゴジラ原子爆弾そのものであり、アメリカの行為を批判する意味で作った作品なのに、当のアメリカがそれを面白がって、映画にするとは何事ですか」。アメリカは自分の間違いに気付いていないのです。

 アメリカが自分の間違いに気づくためには、ゴジラの子供をたくさん育てて、アメリカや中国、ロシアに上陸させて、ホワイトハウスや、トランプタワーや紫禁城や、クレムリン宮殿などを破壊して見せなければわからないのでしょう。米中ロの本土上陸をしたゴジラによる親子ショウをぜひ作って下さい。

続く