日本の祝日は、意味の分からないものも多く、なぜ祝日なのかも知らずに、とりあえず休みなのだから遊びに行こう。と訳もなく休んでいる場合が結構あります。しかし、勤労感謝の日は違います。この日は由緒正しき祝日です。
昔は新嘗祭(にいなめさい)と言いました。今でも皇室は新嘗祭と言い、実際に祭礼をしています。どんな祭礼かと言えば、即(すなわ)ち、今年に取れた「たなつもの(穀物)」を神に供え、そして自らもそれを頂く祭りです。
江戸時代は旧暦ですから、今と少し日にちがずれます。毎年11月の第二卯の日がそれに当たります。この卯の日が、何日と決まらないため、単純に11月の第二卯の日を新嘗祭としたのです。明治になって、新暦にあらためたことにより、11月23日を新嘗祭の日としました。
明治6年の時点ですでに国民の祝日としたようですから、これは大変早くに祝日に定めたことになります。この当時の日本は農業国でしたので、大多数の人は農業にかかわって生きていました。毎年毎年の米や麦の取れ高が直接国力につながったわけですから、穀物を倉に納めてその高(たか=生産量)を知ることはとても大切な仕事でした。
ちょうど今日、自動車の生産量が「100万台突破」、などと言って、会社が感謝祭をすることと似ています。ただしこの時の祭礼は、とても古い形で祭りをしたために、1945年、日本が敗戦をした時に、アメリカ軍が駐留して来て、「神道に結び付くような行事を国が行うことはいけない」。と言い出して、新嘗祭をやめさせようとしました。
古くからの祭りが神道行事につながっていることは事実でも、だからと言ってそれをやめる理由はありません。本来の新嘗祭は、神道行事と言うよりももっと古くの、弥生時代、或いは縄文時代から続く農業の感謝祭です。なぜこの祭りがいけないのか、日本人には理解できませんでした。
然し、アメリカは頑なに反対します。そこで名称を改め、労働を感謝する日に変えたのです。こうして新嘗祭は勤労感謝の日として続くことになりました。
神に供えた穀物とは何だったのかと調べてみますと、五穀(ごこく)と言う言葉にぶつかります。今でも五穀豊穣と言って、作物の中でも特に昔から食していたであろう穀物を供えたようですが。さて五穀とは何かというと、これがいろいろなのです。
土地土地によって採れる物が違いますので、単純に五穀と言っても内容が違います。
一般的には、米、麦、粟(あわ)、黍(きび)、豆(大豆、小豆、エンドウ豆など)、これらをまとめて五穀と言ったようです。然し、必ずしもこれらすべてが取れる地域がない場合もありますので、他のものでもよかったようです。特に山村では米がとれない地域が多かったために、他に、蕎麦、胡麻、稗(ひえ)などを加えて五穀と言っていたようです。
この中で、粟は粟餅として私も食べたことはあります。粟は、黄色い小さな粒で、これを餅にしたものは小さな粒が表面に残り、それを焼いて食べると実に香ばしく、おいしい食べ物です。
黍(きび)は名前ではよく聞きますが、実際食べたことはありません。桃太郎が持っていた団子が黍団子です。犬や猿が家来になりたがるほど食べたいものだったようですから、きっと旨いものだったのでしょう。岡山県を吉備の国と言いますが、この吉備は黍を当て字にしたのでしょう。元々は黍をたくさん栽培していた地域なのかと思います。
いまだかつて食べたことのない穀物は、稗(ひえ)です。ところが実際は食べていました。中近東のスープで、キヌアと言う細かな粒の入った料理があります。今では健康食品として人気があります。このキヌアの粒が稗です。
余りに細かなために味と言うほどのものは感じられません。単純に穀物を食べていると言うだけの感触でした。稗は、野山を歩くと自然に育っている稗を見ることはあります。細い茎の先に小さなタネがびっしり生えた草を見かけます。人に教えてもらわなければそれが稗とは判断付きませんが、一度見知っているとよく見ます。
その昔は稗田と言って、立派に稗を育てるための田んぼがあったのです。粟も稗も粒が小さいため、小鳥の大好物です。稗は何もしなくても自然に育ちます。丈夫な作物で、やせた土地でも傾斜の土地でも育ちます。が、それでも放っておくとどんどん雀に食べられてしまいます。これを収穫して利益を上げようとすると、鳥との戦いに明け暮れることになります。なかなか面倒くさい穀物のようです。
五穀を総称して、「たなつもの」と言います。これはとても古い言葉です。辞書などを調べると、田んぼで取れたものを言うと書かれている場合があります。「田なつもの」なのでしょうか。そうだとすると、米麦はいいとしても、胡麻だの豆だのはどうでしょうか。胡麻の畑も、豆の畑も田んぼと称していたのでしょうか。稗田と言う言葉があるくらいですから、豆田も胡麻田もあったのでしょうか。よくわかりません。また別の辞書には、たなつものは、「種つもの」の意味であって、種の総称だと書かれています。
どうやらこっちのほうが正解だと思います。種のもの即ち五穀のようです。話は長くなりましたが、今日、新嘗祭は五穀豊穣を祝い、日ごろの労働をねぎらう日です。我々マジシャンは別段穀物を作る労働をしてはいませんが、タネを扱うことで独自の世界を作っています。
そうであるなら、せっかくの日ですから、タネを祭って、日頃タネを酷使してきたことを謝し、ねぎらう日にしたらいいでしょう。11月23日はマジシャンにとってはタネを祝う日、「たなつもの」の日です。
続く