手妻師 藤山新太郎のブログ

1988 年、1994 年に文化庁芸術祭賞、1998 年に文化庁芸術祭賞大賞を受賞。2010 年には松尾芸能賞 優秀賞を受賞。 江戸時代に花開いた日本伝統奇術「手妻(てづま)」の数少ない継承者 藤山新太郎のブログ。

ドイツ対日本

ドイツ対日本

 

 朝、来年の博覧会のための手妻に使う小型の羽子板が届きました。羽子板を使って手妻をしてほしいと言う依頼です。とりあえず道具を見た上で考えます。ものは綺麗な押し絵の羽子板です。これから仕掛けを作って工夫してみます。

 午前中に鼓の稽古があり、そのあと羽子板の工夫を少しして、昼食、午後は、髪の毛が伸びて来たので床屋に出かけました。外は小雨がしょぼ降っています。こんな雨の中床屋に行く必要もないのですが、この日を逃すと一週間仕事がつながってしまいますので、仕方ありません。傘をさして中目黒に行きます。

 中目黒の駅から床屋に向かう道の両脇は、フランス料理やイタリア料理店、和食、中華など、ずらり店が並んでいます。イタリア料理店に、「今晩食事をしながらワールドカップドイツ対日本戦を見ませんか」と書かれていました。「あぁ、そうだ今日はドイツ日本戦があったんだ。それにしても、イタリア料理を食べながら試合の観戦は好きな人が集まって盛り上がるだろうな」。と思います。実に良い企画です。

 家で一人でテレビを見るよりも、世間話をしながらワールドカップを見て、ワインを飲んで、カルパッチョやピザを食べながらサッカーを見たならきっと楽しいでしょう。私も参加したいと思いつつ、でもまだ昼の1時半です。夜の10時までどう時間をつぶすかと考えると、余りに長すぎます。ここはやはり一度家に帰るべきでしょう。

 床屋を終えて、家に帰ったのが4時です。

 

 夜10時試合が始まりました。少し前に娘が帰って来ましたので、一緒に見ることにしました。娘はさっきまで歌舞伎座にいて、団十郎の襲名興行を見ていました。助六の芝居を見て、すっかり満足な様子です。

 サッカーのワールドカップの試合は、巷の予想では、巧く行けば引き分け、普通に考えたなら、2対1でドイツの勝ち、くらいに思われていました。それくらいドイツは強豪です。

 然し、試合はしてみなければわからないものです。前半はドイツ側の一方的な試合でした。ドイツの鉄壁な守りと試合運びで日本側はボールを渡してもらえません。開始8分後に、前田大全が蹴ったボールが見事に入って、日本のサポーターは熱狂しましたが、すぐにオフサイドと審判され、意気消沈。その後は前半30分でドイツにPKで1点取られ、前半戦は重苦しい展開でした。

 後半は日本勢が次々と選手を投入し、堂安が入ったあたりから急にチームが攻めの姿勢に変わって来ました。そして堂安がシュートを打ち込んで1点挽回。これで同点になりました。この1点で日本チームは急に雰囲気が明るくなってきました。対するドイツは日本の動きに焦りが出てきたように見えました。鉄壁な守備が少しずつ崩れて来たようです。

 やがて浅野がロングパスに食らいつき、ドイツの囲みを潜り抜けてシュートを決めます。このシュートはとても角度の狭い難易度の高いものでしたが、巧く入りました。この一点によってドーハに来ていた日本の応援団体は熱狂しました。

 とかくドーハと言えばドーハの悲劇ばかりがクロースアップされます。(ドーハの悲劇とは=1993年の日本対イランの試合、ワールドカップの本選をかけた勝負で、日本はこの時点でグループ1位の成績。初出場で本戦行きがほぼ約束されていました。前半で三浦知良がヘディングシュートで1点を決め、幸先良いスタート。そのまま後半になり、イラン人にシュートされましたが、終了間際に中山がシュートを決め、2対1に。これで万全と思っていた矢先に、アディショナルタイムにイラン側のヘディングシュートが決まって同点に。これで試合終了。始末の悪いことに、失得点差で日本は3位に転落これによって目の前まで本選出場が決まっていた試合に負ける悲劇が起こった)。あの日を記憶しているファンは多く、今回も何が起こるか不安ばかりが募っていたものが、予想だにしていなかったドーハの歓喜が起こりました。スタジアムは日本の応援団だけではないはずですが、ドーム全体が大きな唸り声となって、日本勢を支援する動きに変わって来ました。

 対するドイツは、浅野のシュート以降の残り7分間は、なりふり構わずシャカリキに猛攻撃を繰り返します。日本は何度も危険なところがあったのですが、ドイツはどうしても得点を挙げることが出来ません。ドイツとすれば、まさかまさかの失点だったでしょう。

結局試合は、2対1のまま終了し、日本はドイツに勝利しました。

 まったく記念すべき一戦です。同じ場所、あのドーハの悲劇から29年が経って、日本がこんなにも強いチームになったとは、日本人が驚きました。但しこれは緒戦に過ぎません。これからまだまだ競合が並んでいます。どこまで戦えるかはわかりませんが、何やら今年、来年は日本は大きく活躍しそうです。先々の見えない社会情勢の中で、サッカーがせめてもの救いです。明日以降が楽しみです。

続く