手妻師 藤山新太郎のブログ

1988 年、1994 年に文化庁芸術祭賞、1998 年に文化庁芸術祭賞大賞を受賞。2010 年には松尾芸能賞 優秀賞を受賞。 江戸時代に花開いた日本伝統奇術「手妻(てづま)」の数少ない継承者 藤山新太郎のブログ。

シトロエンその3

 実際シトロエンに乗ってみると、それは日々驚きの連続でした。まず。CXと言う車は、名車DS の後継者です。20年以上にわたって、世界を驚かし続けてきたDSも、その役を終え、後継のCXにフラグシップを譲りました。シトロエン社としては、10年20年先を予測して、未来の車を作り、それをなるたけ長く制作し続ける、と言うのが会社のコンセプトです。そのため、今日まで、10種類程度の新車しか作っていないのです。CXもDS並みに寿命の長い車を想定して制作しました。

 ハイドロニュウマチックシステム(ハイドロとは水素、つまり水。ニュウとは空気、水と空気を応用したシステムと言うことですが、実際にはオイルを使った独立サスペンション)がすごいインパクトです。始動の度に車体そのものがふわりふわりと上昇します。人が何人乗ろうとも、荷物を何百キロ乗せようとも、車高は常に一定を保ちます。

 ソファーは、分厚く、やわらかく、腰を下ろすと沈み込むような柔らかさです。ドイツ車の固いソファーを体験して、シトロエンに乗ると、全く目指している世界が真逆であることに気づきます。この車が目指しているのは、体内体験なのです。やわらかいソファーに包まれているとまるで胎児になった心持がします。

 しかも、走り出してからの乗り心地がまるでゆりかごです。パリの町は細かな敷石が敷き詰められていますが、石がごつごつして、車に小さな振動を与えます。しかし、シトロエンはその振動をサスペンションが吸収して、体に負担をかけません。道のコーナーを曲がるときでも、緩くボディの後ろが揺れて、乳母車のような乗り心地です。

 そして走りは、極めて安定した直進走行を続けます。センターパワーステアリングと言って、ハンドルは常に中心を保つように設定されていて、直進する限り、ハンドル操作の必要がありません。これは長距離を走る際にはとても便利で、疲労感がほとんど感じられません。だからと言って決して早い車ではありません。この車はあまりむきになって運転する車ではなく、ゆったり、乗る心地を楽しむための車です。

 この車に乗っていると、かつて圧倒的に優位を保っていた、ヨーロッパ文化を体感させてくれつつ、胎児体験をさせてくれる、不思議な空間にはまってしまいます。

 

 と、ここまではシトロエン礼賛体験記なのですが、実は、CXを出してほどなくオイルショックが発生して、会社倒産の危機に陥ったのです。これはシトロエンだけではなく、欧米の車はみな倒産の危機に陥りました。

 ある産油国の王様が、ヨーロッパでコーヒーを飲んでいて、その価格が300円だと言うことに驚きます。わずかコーヒー一杯が300円。そうなら自国で産する石油が、1ガロン(大きな樽いっぱい)300円もしないのは不当だと気づきます。そこで一気に原油価格を3倍に値上げします。他の産油国も同調して、原油価格を上げました。これが世界経済をパニックにしました。

 当時、あらゆる製品に石油が使われていたものが、原料が、突然3倍に値上げされれば、企業が立ち行かなくなります。お陰で世界の同時不況が発生します。後に、多くの企業が倒産して、石油が売れなくなって、産油国も価格を下げたのですが、それでも前の価格には戻りません。その中で大成功を収めたのは日本の自動車会社です。元々性能がよく、故障をしない、ガソリン消費量も、リッター10キロ以上走ります。多くのユーザーは日本車に乗り換えたのです。それまでのアメリカ車や欧州車は、リッターあたり、2キロから5キロ程度でしたので、日本車の燃費とは勝負になりません。ここから日本車が大躍進します。

 日本車は燃費がいいと言うことで売れまくったのですが、実は、燃費以上に、電気系統が優秀だったのです。自動車はガソリンによって動くと考えている人が多いのですが、実は自動車を動かしているのは電気です。過去の自動車は、例えば窓を開けるのにも、回転式のハンドルで窓を昇降させていたのですが、今では電動で動きます。ワイパーも電動。ドアロックや、バックミラーの操作も、シートの移動も、ウインドワッシャーも、勿論クーラーもつまり何から何まで自動車は電動で動いています。

 自動車を作ると言うことは、実際には電気製品を作ることと大差はないのです。ここがヨーロッパは出遅れました。電気の部品を子会社に任せたまま、無条件に部品として車に装着させていたのですが、日本社はいち早く自動車用にモーターから配線から、作り直していたのです。今でもマブチモーターのような。小型のモーターは日本が世界一の技術を持っています。何しろ自動車は動かせば、毎日ガタガタと揺れます。ボンネットは炎天下の中もさらされたままです。そうした中で、プラモデルに使うようなモーターや、ビニール線ではすぐに壊れてしまいます。

 外車を買って、ドアミラーが一か月で動かなくなったとか、ワイパーが止まったままになった、と言う話は、すべての車に共通して聞かされます。それは車の性能が悪いのではなく、電気系統が改善されていないのです。特にクーラーです。日本のように猛暑の土地ではクーラーは必需品です。然し、ヨーロッパでクーラーを使う日はそう何十日もありません。そのため、ヨーロッパ車のバッテリーは小さく、配線も、細いコードで、小さなクーラーを動かしています。これを日本国内の、頻繁に止まる交差点で、クーラーをかけっぱなしにしていると、すぐに動かなくなります。

 ドイツ車だから、イギリス車だからと言って得意になって乗っていると、二時間もクーラーをかけ続けると突然バッテリーが空になって、自動車が止まってしまいます。

まさか、あの高級車が動かなくなるとは、と、所有者は愕然とします。私も何度か、大通りで車が動かなくなり、シトロエンを押して、ガソリンスタンドまで運んだ経験があります。シトロエンは乗るぶんには快適ですが、押すのは重労働です。しかも、私が車を押している姿を、国産車に乗ったドライバーが横目で見ながら、指をさして笑います。別段私が悪いことをしたわけではないのに、人は私を笑います。

 つまり、オイルショックを境に、自動車の製造技術が、ヨーロッパから日本に移り始めたのです。ヨーロッパ車は燃費と電気技術で日本に後れを取っていたのです。

 

 シトロエンは倒産の危機を迎えますが、フランス政府が、シトロエンを倒産させるのは惜しいと、巨額の持参金をつけて、プジョーに貰われてゆきます。これによって、シトロエンは立ち直りました。しかし、主力車であるCXは明らかに古き良き時代のフランス車だったのです。生き残るためには変革が必要でした。そのため、日本のマツダと提携をし、製造技術を学ぶことになりました。

 マツダの協力はシトロエンにとっては幸運でした。以降シトロエンの故障は減り、格段に性能を上げたのです。そして出来た車がXMでした。素晴らしい車です。故障もありません。しかし、しかしです。あの金食い虫のわがまま女。CXの体内感覚、胎児体験は消えました。あぁ、あの感覚を本気で企業としてして製造いたシトロエンはもう出会えないのか。儚くも悲しき私の恋はここに潰(つい)えたのです。