手妻師 藤山新太郎のブログ

1988 年、1994 年に文化庁芸術祭賞、1998 年に文化庁芸術祭賞大賞を受賞。2010 年には松尾芸能賞 優秀賞を受賞。 江戸時代に花開いた日本伝統奇術「手妻(てづま)」の数少ない継承者 藤山新太郎のブログ。

シトロエンその4

 シトロエンについて書けば話が尽きません。なんせ30年以上に渡る付き合いですから。シトロエンCXはこれぞフランス、これぞヨーロッパ文化の味わい濃厚な自動車でした。然しながら電気系統の故障が多く、頻繁に不便を強いられました。

 ドアウインドーが途中で止まったまま、上りも下がりもしなくなり、そのため雨が吹き込んできて、左の顔と肩がびっしょり濡れたり。ワイパーが突然動かなくなって、仕方なく、ワイパーが止まると窓を開けて、マジックウォンドでワイパーを外から押したり、人には言えない苦労をしました。

 私の女房は、初めの内はフランス車を喜んでいましたが、故障の度に修理代が高くつくため、やがて、「私、本当はカローラが好き」。と言い出しました。言いたい意味は分かります。しかし、女房の反対を押し切り、3年CXに乗り、後継者のXMを購入しました。XMは押出もよく、性能もよく、故障も少なく、いい車でした。

 しかし、しかしです。シトロエンの独創性がどんどん薄れてしまいました。ハイドロニュウマチックは健在ですが、シートは硬くなり、コーナーを回るたびにお尻がプルンと揺れるあの柔らかさはなくなりました。親会社であるプジョーが極めて堅実で、常識的な車作りをする会社ですので、シトロエンのわがままが通らなくなってしまったのでしょう。更にマツダと提携をして、全く新しい工場を作ったために、以後のシトロエン車は故障が覿面に減りました。それは大きな利点ですが、日本車の影響が強くなり、あれ、この乗り心地は日本車ではないか。と疑いを持つことがしばしばありました。

 その後、私は30年間に6台車を乗り換え、昨年まではC5と言う車に乗っていたのですが、5年たって、いよいよ調子が悪くなり、やむなくプジョー3008に乗り換えました。だからと言って、シトロエンをやめたわけではありません。この先、シトロエンの新車が出たなら、またそっちに移ろうと考えています。

 但し、新しい車が出るたび、シトロエンらしさが薄れて普通の車になって行きます。この5,6年はシトロエンから感動や、喜びが少なくなってきました。この先はプジョーシトロエンの差もなくなってしまうのではないかと心配になります。

 

 シトロエンが徐々に生彩を失ってゆく姿は、そっくりそのまま、フランスと言う国が、世界に与える影響力を失いつつある姿と重なっているように思います。かつてフランスとイギリスは世界の中心にあった国なのですが、今は既にアメリカとドイツ、日本が中心的な役割を果たしており、その次には中国があり、イギリスはその次あたりで健闘していますが、フランスはどこに行ったのか、国力は落ちるばかりです。

 かつてドゴール大統領は、演説の冒頭に必ず「栄光あるフランス国民よ」、と言ったのですが、実際、第二次大戦以降、フランスに栄光があったのかどうか。そもそも、第二次世界大戦でドイツ軍にパリを占領された時点で明らかに負け戦です。それが、大戦末期に戦勝国に割り込んで戦後処理にドゴールが口を挟んで来たときに、チャ-チルや、スターリンは一瞥もくれなかったそうです。その上、戦後に、アフリカや、アジアでの植民地の独立戦争が始まると、フランス軍は解放軍に対して、あまりに呆気なく、惨めな負け方をして世界の笑いものになります。

 今のフランスを例えていうなら、日本の地方に今も残る、かつての豪農が、戦後の農地解放で田畑を失い、それでも格式と、かつての権威だけでかろうじて家を維持している姿と、似ているように見えます。かつてアンドレシトローエンが、数々の独創的なアイディアを考え出したとき、フランス人はそれを絶賛して、支援したのです。その時代に立ち返って自国を考えたなら、フランスはいくらでも自国を発展させる道が考えられるはずです。どうも、近年、フランスはドイツに追いまくられて、自信喪失しているように思います。

 

 そのフランス人ですが、実は、日本文化の最も良き理解者なのです。なぜフランス人がこうも日本文化が好きなのかはいろいろ理由があるのでしょうが、私の見るところ、フランス人は、問題解決を独自の発想で考える国民が好きなようです。

 日本は、古くからの着物や髪飾り。お茶やお花、歌舞伎や、能、狂言。住まいや、庭など、独自の文化が花開いていますし、それが今も生き続けています。その上、近年のアニメーションや、食事、酒の文化。新幹線のシステムや、サービス。自動車のクオリティや、使いやすさなど、フランス人にとってはどれも大きな興味です。日本はどこの国とも違う、独自の発想で、一から物を考えて、しかも、隅々まで完成されていて、洗練されています。こうした発想をフランス人は高く評価します。

 それらのことは、同時に手妻にも言えます。ドイツやアメリカ、中国、韓国など、世界各国を回って手妻を演じていて、一番深い理解を持って手妻を見る国民はフランス人です。彼らは表情一つ一つを注意深く見ようとします。そして語られているストーリーの奥まで見つけ出そうとします。こうしたところは実に深い理解力で芸能を見ようとする国民です。演じていても張り合いがあります。

 願わくば、フランス人の探求心が薄れることなく、独創的な発想を生かして、想像力を保ちつつ、いつまでもユニークな国であり続けていってほしいと思います。

 

 ところで、弟子の前田は、プジョーを気に入っているようです。きびきび走りますし、性格もフランス車にしては素直です。故障もありません。文句のつけようのない車です。しかし私は乗っていてもはあまり面白い車には思えません。まず車内が真っ黒なことがフランス車らしくありません。ドイツ車をまねて、時流におもねているようで嫌いです。高性能でまじめな車ですが、そんな車なら国産車にいくらでもあります。私は独自のテイストの車に乗りたいのです。

 私の人生でこの先、自動車を購入する機会は、あと2回か3回が限度でしょう。そこで願わくばシトロエン社に、故障のない、CXを作ってもらえないかと思います。私の人生の中で、もう一度CXのような車に乗りたいのです。但し、ドアウインドーがちゃんと締まり、ワイパーが途中で止まらず、クーラーが良く利いて故障のない車。その上で、あのふわふわとした乗り心地、そして体内体験を味合わせてくれる、あの感触を再現してくれるなら、私の人生にとって最高の喜びとなるのです。