手妻師 藤山新太郎のブログ

1988 年、1994 年に文化庁芸術祭賞、1998 年に文化庁芸術祭賞大賞を受賞。2010 年には松尾芸能賞 優秀賞を受賞。 江戸時代に花開いた日本伝統奇術「手妻(てづま)」の数少ない継承者 藤山新太郎のブログ。

シトロエンその2

 およそ自動車ほどその国の国民性を的確に表している機械もないでしょう。ドイツ人、アメリカ人、フランス人が作った自動車は、形状は自動車ではあっても、コンセプトが全く違います。ドイツ車が安全、堅牢、走りを前面に押し出しているとするなら、フランス車は、居住、輸送、安定を売りにしていると思います。

 まず第一に、同じ2リッターの車でドイツとフランスを比べたなら、間違いなく、フランス車は室内が広いです。特に、シトロエンは、運転者、同乗者が快適に過ごすだけの広さを大前提に設計がされています。私よりずっと体の大きな人が乗っても、ゆったりとしていて、体がどこにもぶつからないだけのスペースが作られています。むしろ、機械類は、人間のスペースの脇や前後に配置されます。そのため、ボンネットが異常に長かったり、運転者の座る位置が思いっきり後ろだったり、何ともへんてこな作りをしています。フラン人は車が少々変な格好をしていてもあまり気にならないようです。それよりも、人間中心にゆとりを持って作られています。逆に、ドイツ車は、しばしば、機械の隙間に遠慮して座っているような閉塞感を感じます。

 さらに、フランス人に限らず、ラテン系の人々は、大家族で生活する家庭が多く、バカンスに出かけるときには、家族が5人乗って、たくさんの荷物を積んで、大陸を移動します。そうなると、居住空間はとても大切なことなのです。更に、荷物を目いっぱい積み込みますので、荷室スペースがしっかり取れていることが重要になってきます。

 このため、フラグシップカーのような高級車でさえ、ハッチバックになっていて、大容量の荷物が後ろに積めるようになっています。高級車で、ハッチバックを採用していると言うのは誠に珍しいことです。しかしこれがフランスでは圧倒的な支持を得ているのです。フランス人は自動車に夢や幻想を抱きません。あくまで現実のものとして、人がたくさん運べて、荷物の移動ができればそれでいいと考えています。

 フランス人が現実的と言うのは、車内の装飾にもよく表れています。ドイツ車が、革シートや、木目の手すりなどを使って高級感を出そうとするのに対し、シトロエンは、布シートで、内装はどれもプラスチックです。実に安っぽい作りをしています。これはフランス人が、自動車と言うものを耐久消費財と考えていない証拠なのです。「どうせ5年10年乗って、下取りに出してしまうのだから、高級な素材を使うのはもったいない」。と考えているわけです。

 事、ハッチバックに関しては、私のように、荷物を目いっぱい積んで仕事に行く者にとっては誠に便利な車です。更に、シトロエンは、室内を広くとるために、エンジンと前輪を直接つなげて、前輪駆動にすると言うアイディアを昭和初年から既に考えていて、シトロエン社はいち早く前輪駆動車を世界に発表して驚かせました。その車の愛称は、トラクシオンアバンと言います。

ラクシオンとは駆動、アバンとは前を意味します。つまり前輪駆動そのものが名前になったわけです。戦前から戦後にかけてトラクシオンアバンと言う名の車は大ヒットして、パリの町の名物にさえなりました。トラクシオンアバンは随分と映画にもなりました。ジャンギャバン演じる警察がトラクシオンアバンに乗り、泥棒のアランドロンがこれまたトラクシオンアバンで逃げると言う映画を私は幼いころに見ました。

 前輪駆動の車を作ると言うのは、実は極めて高度な技術が必要で、そもそも通常の車は、エンジンで回転力を起こした動力を、シャフトにつないで、車の中心を抜けてシャフトから後輪のタイヤを回転させています。こうすることで、前輪は全く動力がかかっていませんので、ハンドルギャを前輪にかませれば、容易に車の向きを変えられるのです。これだと、ハンドル操作はしやすいのですが、座席の真ん中に太いシャフトが盛り上がっていますから、室内は狭苦しくなります。

 ところが、前輪駆動にすると直接動力を前輪につないでしまうわけです。車の真ん中を走るシャフトは必要なくなりますから、その分、居住空間は広くなります。それは大きな利点ですが、エンジンから発生した動力を、直接前輪のシャフトにつなぐと、前輪のシャフトに付加がかかり、ハンドルで、前輪の向きを変えるときに思いっきり力が必要になります。つまり、何もかも、機械を前にもっていった結果、ハンドルも、駆動も前輪を使うことでハンドルに負担がかかりすぎるわけです。前輪駆動が車体を軽くし、居住スペースを広くとることは自動車の研究者なら誰でもわかっていたことですが、ハンドルの重さがネックだったのです。

 それを解決したのが、パワーステアリングです。パワーステアリングの技術を導入したことで、前輪駆動が一気に脚光を浴びたわけです。

 さて、トラクシオンアバンまでの車は、黒塗りで、車輪が外側にはみ出ていて、車輪の上には泥除けが乗ってました。つまり、当時の自動車の外観は、馬車に近い形をしていたのです。これは、フォードもベンツも同じ型でした。

 ところが1952年、シトロエン社はDSと言う車を発表します。この車はまさに空飛ぶ円盤のようであり、宇宙船のようであり、世界中のどの車とも違って不思議な形をしていました。車輪は、車の中に納まっています。泥除けはありません。従来の四角いボックス型の乗車スペースは、丸い円盤のように変わりました。

 何よりも人を驚かせたのは、従来の板バネのサスペンションをやめて、油圧式のサスペンションを考え出したことです。これにより、車高の高さ調整ができ、常に道路から15センチの高さで車が動きます。人がたくさん乗っても、荷物を積みすぎても、四輪は常に地面から15センチを保ちます。仮にタイヤが一つパンクしたとしても、三輪で時速200キロで走ります。しかもその乗り心地は、細かな突き上げがなく、鏡面のような湖の上を走るがごとくに揺れを感じないのです。

 私は子供のころ、このDSを見て、何と不思議な車だろうと思いました。そして、何とかして乗ってみたいと考えていたのです。その乗り心地と操作はまた明日お話ししましょう。