老犬の遠吠え
最近ネットなどで自身の考えや、経験などを語る人が増えています。これは、人ごとではありません。私などはその最たる者の一人です。ブログで語り、画像で語り、マジックのこと、自身の日常、あらゆることを語っています。
まぁ、誰しも、長年一つのことを続けてくれば、それなりに人の知らないような知識も備わって来ますし、独自のアイディアを身に着けている場合も多々あります。
そうした知識を、ある一定の年齢に達すると誰かに語りたくなることはごく普通のことなのだと思います。人生には限りがあります。そこから学んだことを若い人に伝えることは自他ともにきっと有効な事だと信じて周囲の人に語って見たくなるわけです。
でもよく考えなければいけません。多くの語り手は、相手がこうした話を望んでいるか否かを確かめることなく、一方的に語り込んでしまいがちです。若い人のために良かれと思って熱を込めて話しをしても、それが、相手にとっては何の興味もない、聞きたくもない話を押し付けられていると取られたりします。
気を付けなければいけません。案外自分自身が話したいと思う欲求は、相手を思う気持ちからではなく、本心は、自分が唯々話したいだけ、自分を理解してほしい、自分を認めて欲しいと言う、当人の承認欲求だけだったりする場合が多いのです。
私自身が70歳過ぎると当然の如く昔からの仲間も高齢化しています。そうした人達から電話がかかって来たり、会って話がしたいと言われることがあります。昔からの仲間ですから無碍にも出来ず、相手の話に付き合うのですが、これが私にとっては重荷です。
あるマジシャンは、昔の自慢話に終始します。然し、ひとしきり自慢が済むと、今の恵まれない現状を嘆き、若手を否定し、テレビのマジック番組を否定し、世の中を否定し、どんどん話が暗くなり、希望が感じられなくなって行きます。話のどれもが納得できません。典型的な孤独な老人の思考に落ちて行くのです。
しかも始末の悪いことに相手はそうした話に熱弁をふるい、私に同調を求めようとします。正直、どうでもいい話を、私ならわかってくれると思っているのでしょうか。そうだとしたなら私は随分安く見られていることになります。
私が20代の頃、アメリカで銀行に行ったときに体験したことですが、窓口で行列が出来ていて、何の理由で行列が出来ているのかと、列の先頭を見ると、お婆さんが、飼っていた犬が死んでしまったことを涙を流しながら、切々と窓口の行員に話しているのです。
そのお婆さんの話を行員は面倒がらずに素直に聞いています。恐らくこのお婆さんはこの銀行の最大預金者なのかも知れません。仇やおろそかに扱えない人なのでしょう。たぶんお婆さんは生きて行くのに何一つ不自由のない人なのでしょう。
然し、お婆さんには自分が愛犬を失った悲しみを理解してくれる仲間や家族がいないのです。自分の悲しみを縁もゆかりもない銀行の窓口係に話す以外ないのです。金があっても、語り合える人がいないのです。なんでこのお婆さんに仲間や家族が寄り付かないかは、彼女が自分の後ろで迷惑顔で行列している人たちに無関心なことを見れば明らかでしょう。私はこうした様子を見て、「あぁ、何十年かすると日本もきっとこんな社会になるんだろうなぁ」。と思いました。現実に今、周囲の仲間を見ていると、実際そうなっているのです。
彼らは無性に話したがります。そして自身の経験から掴んだ考えを熱弁します。それらはとても有益なことなのでしょう。でも彼らは私に自説を話した結果、一体どうしたいのでしょうか。能力ある若いマジシャンを育てたいのでしょうか。彼等を稼げるようにしてマジック界の活動場所を広げてあげたいのでしょうか。テレビでマジックの番組が定着するように働きかけようと考えているのでしょうか。
そうなら、只喋っているだけでなく、同調者を募って組織を立ち上げるなり、実際に指導をしたり、弟子を取ったりして人を育てるべきでしょう。教えることは、マジックのタネ仕掛けだけでなく、スポンサーの掴み方や、接し方、社会的な常識を伝えなければいけないでしょう。
マジックをする若い人はとかく、マジックにのめり込み過ぎて、周囲の人のことが見えない人がたくさんいます。いくらマジックが上手くてもこうした人は全く役に立たないのです。
そうした、若い人に一つでも多くの実践を学ばせるべく、舞台回数を経験させることは大切です。なるべく多くの出演場所を探して、マジックを定着させるように工夫したり、自主公演をして多くの人に宣伝して見せるべきなのです。自説を語って聞かせることも大切ですが、学んだことが生かせる実践の場を作って見せることはその数百倍大切なことなのです。
若いマジシャンは、言葉だけで行動しない先輩と、実際の活動をして見せてくれる先輩をきっちり区別して見ています。人が付いてくる、来ないの差はその行動にあるのです。
何かを語ろうとするなら、その先にどんないいことがあるかをイメージして見せて、実践しなければ、人は付いては来ないでしょう。優れた先輩と言うのは、説教を垂れたり、道徳を語る人のことではなく、こうすれば素晴らしい世界が開けてくる、と言う展望を語ってくれる人のことなのでしょう。
ネットを使って自説を語るなら、どうか、マジック界が良くなる話をして下さい。そして実践して見せて下さい。そうでないと話は全て老犬の遠吠えにしか聞こえなくなってしまうのです。
つづく