手妻師 藤山新太郎のブログ

1988 年、1994 年に文化庁芸術祭賞、1998 年に文化庁芸術祭賞大賞を受賞。2010 年には松尾芸能賞 優秀賞を受賞。 江戸時代に花開いた日本伝統奇術「手妻(てづま)」の数少ない継承者 藤山新太郎のブログ。

この数日

この数日

 

 この一週間の話をします。15日、日曜日はマジシャン高橋司さんの奥様、ゆかりさんのヴァイオリンリサイタルが、原宿のアコスタディオと言う演奏会場で昼に催され、女房と一緒に出かけました。駅に近く、奇麗な会場です。50人ほどの客席で、満席でした。

 初めにシュエラザードのテーマ曲などの小品があって、ベートーヴェンのソナタ6番がありました。ベートーヴェンのヴァイオリンソナタは5番の春が有名ですが、 6番は初めて聞きます。でも、ピアノの伴奏がヴァイオリンと五分に語り合って議論を戦わすところがすでにべート-ヴェンらしいです。とは言っても、若いころの作品ですので、明るく軽快で聞きやすい曲でした。ピアニストの村松映美さんは力強い演奏で、迫力があって上手いですね。

 休憩があって、後半に、タンゴのジェラシーや、月の光などの小品があって、お終いは、ブラームスのソナタ3番でした。ブラームス40代の作品ですが、この頃からブラームスは妙に老化して、閉鎖的になって行きます。明るくお洒落な第一楽章がいいなと思っているうちに、後半から重厚な和音とともに、重たく複雑で気難しい、ブラームスの世界が展開されます。ブラームスの人生の境目に位置する曲なのでしょう。ブラームスファンにはたまらない曲なのでしょうね。

 この難曲をゆかりさんは見事に弾き切っています。複雑な和声を綺麗に聞かせてくれます。原宿の50人のコンサートホ-ルで難解なブラームスが満席の観客を前に、ごく当たり前のように演奏されていると言うのが、日本の文化の深さですね。いいコンサートでした。

 このあと私は、表参道を散歩しようと思いました。女房は、余りに人が多すぎるので帰ると言ってさっさと帰ってしまいました。「何だせっかくおいしいスイーツでもご馳走しようと考えていたのに、まぁいいか」。

 まだ並木は若葉が出ていなくて寒々としています。人ばかりが多くて落ち着きません。それでもウインドーショッピングをしていると、いろいろなセンスあるものに触れることができます。

 「あぁ、こんな日もないと刺激がないなぁ、いつも純情商店街ばかり歩いていてはいけないな」。とひとり呟きました。

 

 翌、16日は、ケン正木さんの家に見舞いに行きました。10日ほど前に電話をしたら、喋り方もしどろもどろで、最近は自宅で寝たきりだと聞き、それではさぞや寂しいだろうと思い、見舞いに行くことにしました。ケンさんとは50年以上の付き合いです。

 それほど長い付き合いでありながら、彼の家に行ったことは数度しかありません。 今回も記憶を辿りつつ板橋駅の並木通りを歩きました。毎日ヘルパーさんが来ていて、ヘルパーさんの買って来るコンビニ弁当ばかり食べていると聞き、それなら甘いものも欲しいだろうと思い、イチゴのあまおうとバナナとドーナッツ、それに花束を持って伺いました。

 昔から病気の多い人でしたが、今回は度々脳梗塞で入院したため、体も衰弱しているようです。手足が不自由になり、話も少し舌がまわらなくなったために、もう舞台にも立っていません。マジック大好きなケンさんとしては日々寂しいでしょう。

 私はなるべくケンさんに元気を出してもらいたいと思い、持ってきた花束を花瓶に活け。テーブルに飾りました。そしてド-ナッツを勧めました。生クリームのたくさん入ったドーナッツをケンさんはゆっくり頬張りながら、「おいしい、おいしい」。と繰り返し言いました。

 約2時間、彼とマジックの話をしました。そろそろ帰ろうかと思った頃に、彼が「あまおうがたべたい」。と言いました。赤い大きなイチゴがずっと気になっていたのでしょう。もし私がこのまま帰ってしまったら、彼は一人でイチゴを洗って食べることが出来ないのです。

 「いいよ、私が洗ってやろう」。私はイチゴを洗って、ヘタを取って3つほど皿にもって、彼に持たせてやりました。彼は、「甘い、とっても甘い」と言って食べましたが、脳梗塞の影響で表情が全く変わりません。でも嬉しくはあるのでしょう。

 私と彼は2歳違い。初めて会ったときは彼はまだ高校生でした。私の家に来るときはいつも目を輝かせてやって来ました。マジック大好きだったのです。私のナイトクラブの仕事にも喜んで手伝いでついて来ました。それから50年、このように向き合って、私よりも若いケンさんにイチゴを洗って食べさせることになろうとは、人生なんて全く予測できないものです。

 去り際に彼は動かない体にも関わらず、玄関まで見送りをしてくれました。精一杯の彼の感謝の気持ちなのでしょう。

 

 そして翌17日。今度は小野坂東さんに会うためにマジックランドに伺いました。東さんは今92歳、マジック界の最高齢者でしょう。今月の初めに東さんに電話をすると、「久々会いたいから、マジックランドに来て欲しい」。と言われました。

 そうならマギーさんや、ボナ植木さんにも連絡して、3人で顔見せに行こうと言うことになりこの日に揃ったのです。この日私は弟子の朗磨も連れて行きました。ビデオを記録に残しておこうと考えたためです。

 それから約2時間。4人は昔のマジックの話をいろいろ話しました。東さんは終始聞き役で、表情もほとんど変わりません。疲れているのかと心配になりましたが、内心は結構楽しいようです。私が持って行った大きなシュークリームもきっちり一つ食べました。

 4時30分にマジックランドを退出して、私とマギーさんと、朗磨の三人は東陽町交差点にある居酒屋に入りました。いつものことですが、マギーさんは話しだすと止まらないのです。ここで1時間、いろいろな話を聞き、6時近くに解散になりました。

 マギーさんも元気、ボナさんも元気、私も元気です。幸せと言えば幸せな三人です。好きなマジックをやって、酒が飲めて、仲間と語り合って、70過ぎまで生きて行けたのですからいい人生です。願わくばまた半年後くらいに3人で酒を呑みたいと思います。日々、神様に感謝しています。

 

続く