手妻師 藤山新太郎のブログ

1988 年、1994 年に文化庁芸術祭賞、1998 年に文化庁芸術祭賞大賞を受賞。2010 年には松尾芸能賞 優秀賞を受賞。 江戸時代に花開いた日本伝統奇術「手妻(てづま)」の数少ない継承者 藤山新太郎のブログ。

右か左か参政党

右か左か参政党

 

 今思えば、昭和の政治は実にわかりやすかったですね。保守が自民党で、野党が社会党。残る幾つかの政党はみんな左派。自民党は常に安定多数で、野党は束になっても過半数にはならない。つまり野党でいる限りは万年野党のままだったわけです。

 そのため、野党はしばしば理解不能なことを平気で言って、言いっ放しで押通していました。北朝鮮の拉致被害に対しても、現実に、被害者がたくさん出ているにもかかわらず、社会党は、「北朝鮮は拉致などしていない」。と言い張っていました。また中国が、天安門事件で多くの学生や、中国国民を殺害していても、中国を支持し続けていました。

 当時の新聞、テレビは、そうした社会党を批判するどころか、みんな左寄りの思想でした。社会主義は正義、社会党は進歩党、自衛隊は不要、核は不要、天皇制は反対だったのです。逆に自民党は大企業の犬で腐敗の巣窟、軍国主義アメリカの手下と言う散々な扱いだったのです。

 ところが、その後に日本の経済がどんどん伸びて、世界第2位の地位を得るようになると、日本人は「日本に生活することは、世界と比べても相当に恵まれているのではないか」。と気付いて来ます。

 少なくとも社会主義国の中国も、ソ連も、北朝鮮も、うまく機能していないことが分かって来ると、社会主義を礼賛する風潮はどんどん薄れて来ます。やがて、社会党は影が薄くなり、平成になってから新たに生まれた民主党に吸収されて行きます。

 今となっては社会党は、社民党と名を変えて細々残っていますが、かつて100名を超える国会議員を要していた社会党も、まるで空気の抜けたゴム風船のように、しおれたへその緒のような存在になってしまいました。

 

 話は少し戻って、自民党も、かつての社会党も、党内の右派と左派が存在します。これは日本の政党政治の大きな特徴で、本来同じ政党に同居するはずのない人達が一つの政党に収まっていたのです。

 これはかつて、戦前の二大政党の時代に、片方の政党が多数を撮ると、それまで行政を担当していた政党の支持者を全て放逐して、官庁から、地方の郵便局長までそっくり担当者を入れ替えるようなことをしていたのです。これはとても非効率なことで、政治を停滞させますし、尚且つ、小さな町では対立のしこりを残し、骨肉の争いが続きました。

 これが良くないと言うことで、昭和30年になって、保守合同を図り、自由党民主党が大合同をして自由民主党になりました。これ以降は政治のヘッドが変わっても、行政の担当者は安定して活動が出来るようになったのです。これ以降、昭和の30数年間は自民党の政治が続きます。

 自民党内に右派左派が存在するのは、読み込み済みの話で、日本国内にいろいろな問題が起こっても、自民党内の右派と左派との争いに納め、いかなる場合でも争いを外に出さず、内々に納めたのです。これは日本的な解決不法です。そのため、戦後の昭和は安定した政治が維持出来て、それによって経済が発展したのです。

 世界の国々を見ていると、選挙によって、反対勢力が力を持つと、国の形までもがそっくり変わってしまって、企業の活動まで脅かすような国がたくさんあるのに対して、とにかく日本は、争いごとを小さくして、経済活動を安定させたのです。

 このやり方は、昭和の時代にはいい解決方法だったのでしょう。戦前の日本の政治形態は、ある意味で韓国の政治が良く似ています。政権が変わると何から何までひっくり返ってしまって、前大統領を刑務所に入れてしまうようなやり方は、余りに極端です。

 それが上手い民主主義の政治であるのかどうかは知りませんが、少なくとも戦後の日本ではそこまでの争いはしなかったのです。

 

 自民党の中に右派と左派が存在して、常に両派が競っていると言う形態は今もずっと続いています。かつての安倍晋三さんは、典型的な右派の政治家です。お爺さんが岸信介さんで、満州国の高級官僚を長くしていたくらいですから、保守の中の保守です。

 麻生太郎さんもお爺さんが吉田茂さんですから、旧自由党の筋金入りの右派の人です。こうした人達に支持されてきた高市早苗さんは、右派の代表格の人です。方や、宮澤喜一さんの流れをくむ、岸田さんや、河野太郎さん、石破茂さんなどは、自民党の中ではリベラル派で、民主党に対する理解もあります。

 さてその民主党は、その後、立憲民主党と、国民民主党に分裂します。民主党の中にも右派と左派があって互いに争っていたのです。左寄りは立憲民主で、彼らは労働組合や、共産党とも仲が良く、かなり社会主義思想の濃い人たちです。方や、国民民主党は、右派に近く、自民党との歩み寄りに理解があり、はっきり政権を獲ろうと意欲を燃やしている政党です。

 民主党が分裂したことで、立憲も国民もそれぞれ結束は強まったかもしれませんが、互いに数が半減したことで単独で政権が取れる可能性は無くなりました。今回の選挙で立憲は停滞を余儀なくされています。自民党と組む可能性は皆無でしょう。さりとて、野党を全て取りまとめる力はないでしょう。この先どうするのでしょうか。

 国民民主党は、今回で大きく票を獲りましたから、自民党連立して行く可能性は大です。然し、ここに参政党が入って来ました。参政党は、自民党以上に右寄りな政党です。自民党の中にも参政党を嫌う政治家もいます。逆に、高市さんなどは、是非とも参政党と組みたいでしょう。

 でも、高市さん自体が、自民党左派から嫌われています。去年の選挙で、阿部派の議員が随分潰されましたので、今の自民党内での勢力はかなり落ちています。然し、ここで、参政党を味方につけて、更に国民民主党をうまく取り込めたなら、次の総理大臣の可能性は十分あるでしょう。

 さて、この先一か月で、新たな自民党の総理大臣が生まれるでしょう。高市さんになるか、小泉さんになるか、はたまた飛んでもない大穴が出て来るか、分かりません。でも政治が大きく変わることは間違いありません。楽しみです。

 続く