手妻師 藤山新太郎のブログ

1988 年、1994 年に文化庁芸術祭賞、1998 年に文化庁芸術祭賞大賞を受賞。2010 年には松尾芸能賞 優秀賞を受賞。 江戸時代に花開いた日本伝統奇術「手妻(てづま)」の数少ない継承者 藤山新太郎のブログ。

人は見かけ

人は見かけ

 

 人は見かけで判断してはいけない。と言いますが、でも現実に、日々生活していると、ついつい人を服装や、髪形を見て、何となくその人の収入なり、地位を判断して、「あぁ、この人は余り儲かっていないな」。とか、「最近よくなったと聞いていたけど、噂ほどではないのかな」。とか、勝手な推測で人を図ってしまいます。

 私は先月。ふとブラームスの写真を見て気付いたのです。ブラームスと言うと、髪を総髪にして、長い豊かな顎鬚(あごひげ)を生やし、全体に白髪で、風格ある雰囲気で座っています。学校の音楽室には必ずと言っていいくらいお目にかかる写真です。

 実際、彼は19世紀の末の音楽界の頂点にいて、ドイツだけでなく、当時の西欧の作曲家から絶大な尊敬を受けた人です。ところが、私の見た写真は、その最晩年のものではなくて、40代のものでした。まだ顎鬚を生やしていないのです。

 どうもブラームスは人づきあいが悪く、およそ服装にも凝らず、じじむさい人と言うイメージが湧きますが、40代の頃の彼はそんなことはなく、なかなかいい男でおしゃれなのです。髪の毛は総髪で、少し長くしていますが現代の人でもこうして伸ばした人は結構見かけます。「この髭のないブラームスはいいなぁ」。と思ったのです。

 話は回りくどくて済みません、何が言いたいのかと言うと、私の髪形をブラームス風にしたらどうかと思いついたのです。後ろに持って行った毛を刈り込むことなく、適度に長く首まで伸ばしたら、結構いい形だろうと思い付きました。

 私は髭は伸びないのです。口ひげも顎鬚も少しは伸びますが、そのまま長くすると、掛軸の中国の仙人のように、細い口髭と細い顎鬚になってしまいます。とてもユージンバーガーや、小野坂東さんのような髭にはなりません。そのため髭を伸ばすのは諦めています。

 ところが40代のブラームスを眺めているうちに、総髪で少し長い髪形が妙に気に入ってしまい、先月から床屋に行かず、ずっと髪を伸ばし始めました。それはまぁまぁ良い方向に行ったのですが、今月に入って、耳の後ろの髪の毛が束になって溜まって来て、歩いていたり、家で作業したりすると髪の毛が左右に広がり、どうも見た目が悪くなってしまったのです。

 それでも、希望する長さにはもう少しだと思って、放置し続けていたのですが、つい先日、歯医者さんに行って、定期的に歯を磨いてもらった時に、近所の駅前の歯医者さんですから、普段着のシャツと日常履いているズボンで行った上に、髪の毛がまとまりにくくなっていたのが悪かったのかも知れません。

 帰りがけに先生に挨拶すると、いつもなら、「あぁ、藤山さん、様子はどうです」。と気軽に声をかけてくれるのに、この日は私をじっと見て、何も言わないのです。

 「いや、これは拙いな」。と思いました。私としてはブラームスになろうとしていたものが、第三者が見たなら、プータローの爺さんに見えてしまったようなのです。もう少し日常の格好に気を使わなければいけないとは心がけていたのですが、ついつい近所の用事のために雑な格好をしてしまいました。

 昨日(19日)、床屋さんに行きました。そこで、私の髪形のイメージを話し、髪の毛をあまり切らずに、後ろの毛を少し梳(す)いてもらうようにお願いしました。考えてみれば、こんな事、もっと早くに相談すればよかったのです。ただ毛を伸ばしただけではそんなにうまくまとまるわけはないのです。と言うわけで、床屋さんの協力で、髪の毛は上手くまとまり、ぐっとブラームスに近づき、いい形になりました。

 さて昨日はもう一つ、解決しなければならないことがありました。この一週間、腰が痛くて、歩くと腰がみしみし音がしてチクチクと痛いのです。このところ雨が多かったですから、腰痛が出て来たのかと思っていましたが、晴れても痛みが出続けました。

 実は、13日の舞台の時などは、立っているだけでもミシミシと痛くて辛かったのです。考えてみれば、髪の毛が伸び放題で、腰を曲げて歩いていては、見てくれがよい訳はありません。やはり人は見かけです。

 そこで床屋さんの後、すぐに高円寺整形外科に行きました。この先生は大村文敏先生と仰って、以前私が左手の中指薬指が全く動かなくなった時に手術で直してくださった先生です。

 レントゲンを撮ると、「もうヘルニアがすり減っているよ」。と言われました。別段無理な動きをしたわけではありません。要するに年齢と言うことでしょうか。「直る方法はありますか」。「注射を打てばすぐ直るよ」。「それならすぐに打って下さい」。

 と言うわけで、その場で3本、腰に注射を打ちました。けっこう痛い注射でしたが、腰の痛みは一瞬で消えました。専用のコルセットを嵌めて、服を着たなら、今迄少し腰をかがめて歩いていたのが嘘のようにまっすぐ立てます。

 「何でもっと早く病院に行かなかったのか」。自分自身の決断力のなさに嫌になりました。と言うわけで、髪の毛もまとまり、腰も伸び、服も日常いいものを切るように心がけました。お陰で少しは見かけのよい手妻師になったと思います。

 思えばブラームスは62で亡くなっています。最晩年の髭の伸びた写真も、せいぜい60くらいのものでしょう。ブラームスは私の年齢を経験していないのです。冷静に見て随分年寄り臭い人だと思います。

 メンゲルベルク(指揮者)は若い頃ブラームスに会い、その悲しげな眼差しが生涯忘れられなかった。と言っていました。若い20代の若者にすれば、ブラームスは同じ人類には見えなかったでしょう。私自身も、20代の頃、アダチ龍光や、ダイ・ヴァーノンに会った時に、自分がこういう人達になるとは思いもよりませんでした。然し、だんだん年齢が近付いて来ています。せいぜい小ぎれいに生きなければいけません。人は見かけですから。

続く