手妻師 藤山新太郎のブログ

1988 年、1994 年に文化庁芸術祭賞、1998 年に文化庁芸術祭賞大賞を受賞。2010 年には松尾芸能賞 優秀賞を受賞。 江戸時代に花開いた日本伝統奇術「手妻(てづま)」の数少ない継承者 藤山新太郎のブログ。

世界の闇

世界の闇

 

 イスラエルクルド人の都市を襲撃し続けています。国連の制止も聞かず、国際司法裁判所の戦争中止の勧告も聞かず、アメリカの休戦案にも耳を貸さず、ひたすらクルド人攻撃を仕掛けています。

 ユダヤ人とクルド人のどっちが正しくて、どっちが悪いなどと言う話は無意味です。そもそもここに二つ(あるいはそれ以上)の民族がひしめき合って、昔の土地の権利を争っていることは、2000年来の問題で、いくら話し合っても解決する問題ではないのです。兄弟ですら、遺産相続の際には骨肉の争いをすることがあります。ましてや、他人同士で同じ土地を争うのですから、うまく行くわけがないのです。中東問題は、私の子供のころの1960年代からでも、何度も戦争が続いているのです。

 この問題は善悪の判断は何の役にも立ちません。間違っていると言ったら、イスラエルと言う国存在そのものが間違いですし、イスラエルの存在を欧米各国が認めてしまった以上、クルド人は圧迫し続けられるのです。そうならイスラエルが悪い、と考えるのは早計です。欧米がイスラエルを支持するのは、こうすることが欧米に取ってのユダヤ人問題の解決だからからです。

 ユダヤ人はキリスト教国にとって、とても面倒くさい国なのです。なんせ、同じ神をルーツに持っていながら、ユダヤ人は旧約聖書を信じていて、キリストを神とは認めていないのですから。

 あからさまにキリストは神ではない。と言われたら、この2000年間の欧米の世界は全面否定されたと同じことなのです。信教の自由だの、思想の自由だのと言っても、キリスト教の否定をされては欧米の社会は成り立たないのです。

 中世から、ユダヤ人は国を持たない民として、欧州一体に広く住み着き、金融によって、欧米のネットワークを作りました、フランス、イギリス、プロイセン、ロシア、と言った強国がたびたび戦いを起こしていた時代に、常に、住んでいる国の大義名分や愛国心には興味が薄く、貸し手に有利な方に金を貸していたのがユダヤ人です。愛国心を持って戦っていたその土地の国民にとっては憎き商人なのです。

 そのため、ユダヤ人の虐殺は、ドイツにかぎらず、帝政ロシアでも、大量の殺害がされています。殺害まではなくても、ポーランドでもルーマニアでもフランスでも、ユダヤ人は迫害の対象だったのです。

 自国にいては何かと面倒なユダヤ人は第一次世界大戦第二次世界大戦中にアメリカに移り、アメリカの経済を握ります。第二次大戦後、莫大な資金を基に中東に自国の国家を立ててイスラエルを建国します。

 これは欧米各国の人達にすれば、面倒な人たちがいなくなって願ってもないことだと考えていたのです。突然降ってわいたようなイスラエルの建国に、中東の都合など存在しないのです。ただただユダヤ人は欧米にとっては厄介者だったのです。

 第二次世界大戦戦勝国であるアメリカ、イギリスが、ユダヤ人のためにエルサレムの地にイスラエルを建国したのは、あくまで欧州の都合だったのです。その時はアラブ人やクルド人のことなど考えもしなかったのです。当時のクルド人やアラブ人は砂漠に住む少数部族で、しかも低い生産力で生きる弱者だったのです。

 それがやがて彼らの中から石油を見つけて、大富豪になったり、王様になったりする人が現れます。そうした人達が、恵まれないアラブ人やクルド人を支援するようになります。そして武器を与え、失地回復を勧めます。そうした結果が度重なる中東戦争に発展していったのです。

 

 第二次世界大戦後、大きく変化をして行った地域が中東で、その中でもユダヤ人の問題は大きな核になる問題です。これは解決不可能な問題です。政治が絡み、利益が絡み宗教が絡んでいますので、それぞれが主張して決して譲り合うことのない、解決しない問題なのです。

 もしこの先第三次世界大戦が起こるとしたなら、問題の根となる地域は、イスラエルでしょう。そして台湾、ウクライナ北朝鮮でしょう。

 

 そうであるなら、今のうちに何としても、イスラエルクルド難民との争いを止めなければいけませんが、実際はそうはなりません。イスラエルは、クルド人を殲滅するまで戦い続けるでしょう。戦いそのものが、土地問題だけでなく、宗教まで絡むと簡単には収束しないのです。

 つまりこの問題は日本人が関与できる話ではなく、簡単に解決できる話ではないのです。テレビのニュースでネタニヤフさんが良く出て来ますが、一見理性的な顔立ちをした人のように見えますが、どうしてこうもクルド人を殺害することに執心をするのか不思議です。圧倒的に強大な武器を持って徹底的にクルドの貧しい住居を破壊しています。映像だけ見たなら、随分阿漕(あこぎ)な人です。

 ああした戦いを見ると、人は分り合えないんだと言うことはよくわかります。ところが日本では、何か戦争が起こるたびに、「当事者同士が良く話合えば、分かることだ」。と言うコメンテーターがいます。いやいやあなたは戦場の弾が飛んでこないところで、画像を見ながら喋っているからそんなことが言えるのであって、世の中は分り合えないことだらけです。実際に機関銃を向けられた時に、「話し合えばわかる」。と言えますか、言ったとして相手は弾を発しませんか。

 それが出来るなら、ネタニヤフさんの所に行って、「話し合いをしよう」。と言ってください。習近平さんの所に行って、「台湾を独立させやってくれ」。と言ってください。プーチンさんの所に行って、「もうウクライナと戦うのはやめよう」。と言ってください。言ったところでどうにもならないことは明らかでしょう。

 言ってわからないから互いに戦争をしているのです。戦争は分り合えないことの末の解決策なのです。そして戦争は決して他人事ではないのです。今テレビで見ていることは、近々日本で起こることかもしれないのです。 

続く