手妻師 藤山新太郎のブログ

1988 年、1994 年に文化庁芸術祭賞、1998 年に文化庁芸術祭賞大賞を受賞。2010 年には松尾芸能賞 優秀賞を受賞。 江戸時代に花開いた日本伝統奇術「手妻(てづま)」の数少ない継承者 藤山新太郎のブログ。

不思議を創造する

不思議を創造する

 

 昨晩(5月14日)秋葉原でマジックの指導をしました。内容は、シンブルとロープ手順です。前回同様に、その手順を一回舞台の雰囲気でタキシードを着て演じて見せ、その後に12本リングを演じました。なかなかスライハンドマジックを見る機会が少ないと言う人の話を聞くに及んで、そうして演技を見せるようにしています。

 さて、その指導の中で、シンブルの基本的な考え方から解説して行きました。欧米では、マジックをする人なら必ずシンブルを練習するものなのですが、なぜか日本ではシンブルはおざなりになっています。どうも、余り大したマジックではない。という認識が広がっていて、アマチュアでもやりたがらない人が多いようです。

 然し、やって見るとこれほど味わいのあるマジックもありませんし、スライハンドをやろうとするなら、これは外してはいけないマジックなのです。

 まずはじめに、何もない手から一本のシンブルが出現する演技を見せました。と言っても大した話ではありません。左手で、空中に塀を作り、右手の人差し指がその塀の裏に隠れ、出て来た時に、人差し指の先からシンブルが現れていると言うものです。

 言って見れば何のこともない演技で、マジックを始め立ての人でも、それくらいのことは誰でも出来ます。ところが、高々左手の影からシンブルが現れる動作だけで、不思議が起こせるかどうか、となると、実はこれが演者の審美眼を試される演技になります。

 そもそも、左手を伸ばして、空中に掌(てのひら)で塀を作ると言う動作そのものが不自然です。その塀の裏に右手を持って行く動作が、更に不自然です。私自身若いころはこの手の不自然な動作が嫌いだったのです。

 ところが、伸ばした掌に意味があるのではなくて、掌の背後にミステリーな空間があるのだ。と意味付をすると、掌の後ろが俄然面白く見えてきます。それを意識させるために、わざと掌の裏を覗き見る表情をします。そして右手の人差し指をそのミステリー空間に持って行きます。僅かな間があって、右手を下げてシンブルを見せるのですが、ここで魔法を発生させるためにわざと動作をリタルダンド(テンポを落とす)して、思い切りゆっくり人差し指の第一関節まで下げます。あと少しでシンブルが見える所まで来て、右手を停め、お客様に表情を向け、その後ゆっくりシンブルが出現したことを見せます。

 この動作を、受講者全員で私のテンポで一緒に演じてみると、私がストップしたときの意味や、リタルダンドしたときの意味、観客に向けた表情のタイミングなどが良くわかるわけです。無論それがベストの演じ方だと言うわけではないのです。然し、未だかつてそんなテンポやタイミングでマジックをしたことのなかった人には、新鮮な体験になります。そしてこの後、その通りに演技をして、お客様に見せると、今までとは全く違った反応が返ってくるのです。

 つまり、それまでの、ただ種仕掛けを間違えないように演じていたものから、何を観客伝えなければいけないのか、が分かっている人が演じるマジックに大きく変化したことになります。ここで初めて芸能の扉が開いたのです。

 

 ここまで丁寧にゆっくり演じると、お客様は魔法の重大さに気付き、高々シンブル一本が出て来るだけのことに感嘆の声を上げます。つまりシンブル一つ出たに過ぎない演技に魔法が生まれ、お客様は不思議を体感するのです。

 「どうですか、こうまで丁寧に演じると、シンブルも不思議に見えるでしょう?。そうなんです。大きなものが出たから不思議だとか、たくさん物が出たから不思議なのではなくて、シンブル一本でも、丁寧に演じて、何が不思議なのかを考えて出せば相当に不思議なマジックなのです」。と解説をしたのです。

 この晩の指導は、いつもやらないところまで掘り下げて解説をしました。ロープも同様で、マジシャン自身が何がマジックなのか、が分かって演じると、それ迄ただ単に段取りだけで演じてきたマジックとは全く違った演技になって行くことが分かるのです。

 更に、「不思議をどう考えるかについて、少しお判りいただけたかと思いますが、マジシャンは不思議を見せるからマジシャンなのではありません。不思議は飽くまで手段であって目的ではないのです。マジシャンは普通の人が見えないものが見える人のことであって、得体の知れない世界を具体的に作り出して見せることが目的なのです。誰も見たことのないような世界をこの場に再現して、そこへお客様を引き込んで行く、それがマジックなのです」。

 さてそう話をして、6時45分から8時25分まで、1時間40分指導をしました。終演後、朗磨と、小林拓磨さんとHISAさんとで居酒屋に入り、食事をしました。小林さんは毎月私の指導に通っているアマチュアさんです。スライハンドに対して人一倍熱心で、良く古いマジシャンの記録を調べています。HISAさんは初めて会いました。3か月前にチャレンジャーズライブに出ていた人です。

 その時の印象はあまり残ってはいませんでしたが、朗磨と同じく19歳だそうです。19歳がこの先何を考え、何を作り出して行くのかわかりませんが、こうしたことで、人の縁がつながって行くのが不思議です。この人が私に会って話をしたと言う記憶は、私が10代の時に、松旭斎天洋先生に会って話をしたとか、アダチ龍光先生に会って話を聞いたと言う経験と同じことになるのでしょうか。

 とりとめのない話をして、ハイボールを呑みましたが、指導の後の一杯は格別に旨く、こうした時間に浸れることを幸せに思いました。まだ私を求めてくれる人たちがたくさんいることが生きる張り合いになります。

続く