手妻師 藤山新太郎のブログ

1988 年、1994 年に文化庁芸術祭賞、1998 年に文化庁芸術祭賞大賞を受賞。2010 年には松尾芸能賞 優秀賞を受賞。 江戸時代に花開いた日本伝統奇術「手妻(てづま)」の数少ない継承者 藤山新太郎のブログ。

エクセレントコースインマジック

エクセレントコースインマジック

 

 5月14日から、毎月一回、三か月。私のマジックレクチュアー「エクセレントコースインマジック」が始まります。既に申し込みは14人。内容は、シンブルとロープです。ロープとシンブルと書けば、全くアマチュアマジッククラブの基本指導のようですが、少し違います。

 シンブルも、ロープも、面白いエフェクトや、ハンドリングをご指導することは間違いないのですが、種指導が目的ではないのです、そもそも不思議をどう演じるのか。何が不思議なのか、不思議を表現するために何をしなければいけないのか。と言う、基本に立ち返ったご指導をいたします。

 と、こう書くと小難しい理屈をいろいろ並べて、長い話ばかりするのではないかと思いがちですが、そうではありません。先ず、マジックを演じるときに、どんな入り方をしなければいけないか。そして、不思議をどう作って行くのか、それをどう見せるのかを、演技と共に順にお伝えします。

 私の見るところ、多くのアマチュア、或いはプロマジシャンは、あまりに唐突にマジックを始めてしまいます。そして、次から次とイフェクトを並べて不思議で人の興味をつなげようとします。

 不思議はたくさん見せる必要はありません。一つ一つ大事に演じて行かなければ相手にマジックの価値は伝わらないのです。何げない話の発端から、小さな不思議が発生して、そこから不思議が展開され、やがて大きな不思議に結びついて行く。

 多くのマジックはそんな風に演じられてゆくのですが、その演技を矢継ぎ早に行うのではなく、途中途中でマジシャンは観客に自身が何を伝えようとしているのか、はっきり語られなければいけません。

 ある時には主観的に不思議を作り上げる役目をしなければなりませんし、またある時は客観的に現象を眺めて、観客の視線に立って演技を俯瞰して行かなければなりません。3分マジックを演じると言うことは、3分間一役を演じるのではなく、マジシャンとして、あるいは観客として、様々に見る視線を変えて表現して行かなければならないのです。

 

 多くのビギナーは、マジックの世界に入って来ると、見るものすべてが珍しく、何年も、種仕掛けを買ったり学んだりする事に費やして行きます。それは誰も知らないお花畑を自分が発見して、好きなだけ花を摘んでいるようなもので、それはそれは楽しい毎日です。

 ところが、ひとしきりマジックの種を知ってしまうと、もう初手の感動は薄れ、そこから先はマンネリになって行き、何となく緊張感の薄れた趣味になって行きます。それはプロも同じことで、既にできてしまった技を繰り返し演じて行くことで生活をして行こうと考えます。そうなると、自身の進歩は止まり、演技は急激に色褪せて来ます。

 

 

 実は芸能としてのマジックは、ここからが本当の入り口なのです。それまでは単なる基礎に過ぎません。基礎を覚えた人が、どんなマジックの世界を作ってっ行くかはこれから始まるのですが、人はマジックの種仕掛けを知ったことで、「もうここで行き止まり」。と自ら終点と決めつけてしまいます。

 まだ何も生みだしていないし、種仕掛けが芸能として昇華していません。本当に観客に感動を与えてもいないのです。何となくマジックらしきことをしているに過ぎないのです。これでは自分がマジックを趣味として生きている証はないのです。

 自身でマジックをする際に、どんな小さなことでも、「自分はこう考えた」。「自分はこう思った」。「マジックはこんな風に演じたら楽しくなる」。という自分の考えがあちこちにちりばめられて行って初めてお客様が興味を持って近づいて来てくれるのです。

 売られているトリックをそのまま演じたり。DVDの指導の中から幾つかをつなぎ合わせて手順を作って人に見せても、それはマジックのようなものではあっても、本当に自分が伝えたいマジックではありません。いくらそれを演じても、マジシャンとしてのあなたは光り輝かないのです。

 そうなら、何をしなければいけないか。そのことを今回お伝えします。但し特別なことではないのです。普段普通にやり過ごしている演技の中に、見落としていることがたくさんあるのです。その見落としを一つ一つ拾って解説して行くのです。

 マジックに限らず、普通に生活していても、仕事でも 趣味でも、20年も同じことを続けていると、それなりにスキルを手に入れて、一通りのことはこなせるようになります。そうなると、「まぁ、大体こんなものか」、と人生の限界を見定めて、後は慣れや諦めで生きてしまうことが多いのです。

 そう思った瞬間から、人生は急に精彩を失います。そしてその後は、巧くもならず、独自の発展もせず、注目もされず、つまらないマジシャンになって終わります。マジックに限らず、どんな仕事でも、人は前進することを拒否すると、自分のしていることが馬鹿馬鹿しく見えて来たり、金にならないと嘆いたり、自己嫌悪に陥ったり、マジックそのものを卑下したりします。

 人生も同じです。「どうせこの先大した出世もしない」。「何をやっても大して認められない」。「もう稼ぐことは稼いだ、後は無理しなくてもいい」。「この先、成長したくても誰も教えてくれない」。そんな風に諦めてしまう人は多いのです。

 それがつまらない人生だと知っていてるのに、何をどうしたらいいのか、答えが見つからないまま、出てくる言葉は言い訳ばかり、結局自己を否定して人生を終わってしまうのです。

 本当は、ある程度のことができるようになってからが人生は面白くなるのです。マジックも同じです。諦めていては何も手に入りません。ここから先に特別な大発見はありません。いままで見て、覚えてきたマジックをもう一度見直して、そこに不思議や感動を見つけ出す作業こそが大きなチャンスにつながります。

 能勢ゆりえさんのマジックを思い出してみてください。何でもないことを普通に演じて、それでいて感動のマジックを作っています。何でもないものに答えがあるのです。私の指導もそれと同じです。

 私のレクチュアーは何でもないマジックをみんなで一緒にやって見ようと言うことなのです。試しにレッスンを受けて下さい。3回のレッスンが終わった後、あなたはマジックに対する考え方が変わっています。それはマジックの奥の院が重い扉を開けた瞬間です。それは同時に新たな人生が始まったことなのです。

続く