手妻師 藤山新太郎のブログ

1988 年、1994 年に文化庁芸術祭賞、1998 年に文化庁芸術祭賞大賞を受賞。2010 年には松尾芸能賞 優秀賞を受賞。 江戸時代に花開いた日本伝統奇術「手妻(てづま)」の数少ない継承者 藤山新太郎のブログ。

教えることは学ぶこと

教えることは学ぶこと

 

 今月、新しくマジックを習いたい人が一人入って来ました。どうやら、このブログを見て、興味を持たれたようです。何気に書いているブログも、生徒さんを増やすために多少の宣伝にはなっているようです。

 また、一年間休まれていた二人がお稽古を再開しました。稽古を希望することはよいことですが、さすがに一年も日にちが空くと、みんな忘れています。毎月一回でも来てくれるといいのですが、

 現在東京で指導している人が20人います。他に、富士と名古屋と大阪の三か所を合計して20人。すべて合わせて40人います。少しずつ増えていますが、余り増えても、私の舞台活動が忙しくなると、とても指導しきれませんので、今の状況がぎりぎりベストです。

 東京ではなるべく2~3人を一つの単位で指導をしています。内容は各人違いますので、毎月20人に指導をすると言うことは、私が20種類のマジックを予習しなければなりません。これが簡単ではありません。作品によってはもう30年も40年もやっていない作品があります。細かな部分は私もほとんど覚えていません。私自身の古いビデオを見て、その頃の演技を見直します。

 すると、20代のビデオの中の私は、まったく他人が演じているかのように、スピーディーに、軽く演じています。思わず、「巧いなぁ」。と声を漏らしてしまいます。でもそれはかつての私なのです。「あぁ、こんなにスムーズに演じていたのだなぁ」。と思います。

 「かつてここまでのことができていたなら、この演技をやめてしまうのは勿体ない。もう少し、演技を発展させよう」。と思い直し、またまた。カードや、四つ玉やシンブルなどのアレンジを始めます。不思議なことに、昔の手順を見直しての稽古は、20代のころ考えていたものとは全く違った観点からマジックを見るようになります。

 その後の40年間が、マジックに対する考え方そのものを変えてしまっているのです。すると、不思議なことに、今まで気づかなかったことが見えて来ます。シルク一枚出てくるのでも、出すと言うよりも、生まれると考えるようになったり、そこに生命を感じさせるように出そう。等と考えます。

 つぼみが開くかのように、初めは遠慮がちに、初々しく、少しずつ外に顔を出して行きます。そんな演出を加えると、シルクが別物に見えて来ます。その姿を見ていると、出したシルクが愛おしく見えます。今まで、マジックの小道具としてしか見ていなかった素材が、物ではなくなり、とても新鮮に感じます。演技全体の調和から、シルク一枚を考えるようになり、演技が全く別の世界を語るようになります。面白い発見です。

 マジックを続けて来たと言うことは、そうしたことが分かるようになることなのかなぁ。と改めて思います。レッスン指導をする、合間を縫って、自分の古い演技を見直してみると、まだまだやり残したことが見えて来ます。再発見です。

 

 一週間前に、Kさんから突然電話がありました。Kさんは長らくロサンゼルスで仕事をしていて、かつては私がよくマジックキャッスルに出演すると、ご夫婦で見に来てくださいました。今は日本に戻られて、日本の企業で仕事をされています。

 その日に電話をもらって、その晩に会う約束をしました。場所は東京駅のキッテと言うビルの3階にある寿司屋さんです。キッテは、かつての東京駅前の中央郵便局を、外観を残して大きく改装して今はレストラン街になっています。ビルを直したのは以前から知っていましたが、今回初めて中に入りました。

 Kさんは相変わらず話好きで、呑みながら食べながら、ずっと話をしていました。このキッテビルから眺める景色は、想像していた世界とはかなり違いました。周囲のビルが軒並み高層化され、しかもどれも新しいため、キラキラ輝いています。東京駅駅前の景観が、まるでニューヨークの中心街のビルで食事をしているかのようです。とにかく綺麗で、特に夜の景色はライトが輝いて、宇宙都市のようです。

 東京駅の駅舎は私の後ろに見えます。この駅舎も重厚で、いいい景色です。この駅舎は残して正解でした。数多くの日本の大きな駅舎が取り壊されて、新しいビルになってしまいましたが、町のシンボルとなるような建物は、壊してはいけません。その建物が町の歴史なのですから。

 太平洋戦争の際に、東京駅は空襲に遭って、二階から上が吹き飛ばされたと聞きました。長らく、おかしなブリキ製の屋根が乗っていましたが、この10年くらいで昔の姿に戻りました。素晴らしい建築物です。辰野金吾さんの設計と聞いています。

 但し、オランダのアムステルダム駅によく似ています。アムステルダム駅の方が、東京駅よりも大きく、豪壮です。アムステルダムによく似た東京駅と、バッキンガム宮殿に似た迎賓館を持つ明治の西洋文化は、矢張り借り物の文化なのでしょうか。

 然し、何と言っても、数多く林立する高層ビルは驚きです。駅前にこんなにたくさんのビルがあったんだと、今更ながら驚かされます。しかも、遠目に見える皇居の森がまた素晴らしく。街の景観を言ったら、世界中の大都市の中でも5本の指に入るくらいきれいな景色だと思います。

 「あぁ、たまにはこうしたところで食事をしなければいけないなぁ」。と思います。高円寺駅前の居酒屋で飲む酒も、有楽町のガード下で呑む酒も、呑むことに変わりはありませんが、でもたまには、全く違った景色を見て、さわやかに酒を飲みたいものです。

 冷酒を二合飲んで、寿司をつまみ、いい加減気持ちよくなりました。30年以上のお付き合いがあるKさんに思いがけなくも声をかけてもらい、幸せが飛び込んできました。幸せも不幸も人の縁次第です。楽しい晩でした。

続く