手妻師 藤山新太郎のブログ

1988 年、1994 年に文化庁芸術祭賞、1998 年に文化庁芸術祭賞大賞を受賞。2010 年には松尾芸能賞 優秀賞を受賞。 江戸時代に花開いた日本伝統奇術「手妻(てづま)」の数少ない継承者 藤山新太郎のブログ。

肉を食す

肉を食す

 

 あえてタイトルにするような話ではないですが、昨日(7日)の昼に久々肉の塊を食べました。実は昨日の午前中に岐阜の辻井さんから飛騨牛が届きました。以前お会いした折に、「今度飛騨牛を送りますよ」。と聞いていましたので、届いたことは驚きではありません。

 良いステーキ肉ですから、早く食べたいと思いましたが、女房と娘の都合のいい日に焼かないと不公平になります。然し、3人の揃う日は数日先になります。「せっかくいい肉が届いたのに残念だな」。と思いました。

 

 朝は、9時から鼓の稽古でした。月に4回、鼓を習っています。9月までは、弟子の大成と一緒に習っていましたが、大成が卒業したため今は私一人です。「俄獅子」と言う曲を練習していますが、何のかのと今年一年はこの曲にかかりっきりになりました。

 それだけ鼓を打つ部分が多く、しかも難しい曲目です。私は、記憶力が悪くなってきているにもかかわらず、曲はだんだん長大なものになって行き、それにつれて覚えきれなくなっています。それでも年内いっぱいには終わりそうです。来年からは「娘道成寺」をすることになりそうです。

 いよいよ道成寺が打てるようになると言うことは感無量です。有難いと思います。でも今以上に難しい曲です。

 

 鼓を終えると、11時から歯の治療に出かけました。高円寺駅前の若井歯科です。完全予約のため、出かけるとすぐに始まりました。虫歯はないはずだと思っていたのですが、以前詰めたものが、サイズが合わなくなってきて、隙間が出来たようです。歯も伸縮するのです。放置するとそこから虫歯になります。そう言われたなら仕方ありません。処置してもらいました。

 歯科を出ると12時を過ぎていました。ついでにどこかで食事をしよう。パル商店街の中ほどを曲がった先に日本そば屋があります。手打ちでしっかりとしたそばを出します。長いこと行っていないので、今日はそこに行こうかと歩いていると、駅の正面の通りにステーキ屋がありました。この近くにいきなりステーキもあります。「ステーキ屋が二軒あったら喧嘩だなぁ」。

 いきなりの方は過去に二度ほど食べています。早いのと安いのが取り得ですが、椅子もなく、立ち食いのステーキと言うのがどうも抵抗があります。大通りに面している方のステーキ店は座って食事が出来るようです。300gの肉が、1280円でライス、スープ付きです。今まで何度もこの前を通っていましたが、こういう店があることすら知りませんでした。

 以前、中野の商店街で同じような値段でステーキを食べさせる店があって、弟子を連れて行って何度か食べました。それと同じような感じの店です。そこの肉は少し硬く、筋張っていましたが、なんせ1200円で300グラムが食べられるのですから、文句は言えません。アメリカの定食屋の肉と大差のないものでした。

 高円寺のそれは、中に入ると、12時20分ということもあり、満席状態です。幸い一人分カウンターが空いていました。お客様は学生や作用着を着た労働者が多く、注文する内容も、かなり大きな肉を頼んでいます。トッピングにニンニクや、目玉焼きもあるらしく、いろいろ足して注文するお客様が結構います。

 隣に座っているお兄さんは見るからに学生風ですが、小遣いの都合か、ハンバーグライスを食べていました。自由に飯が取れるため、山もりの飯を二回お替りしていました。結構充実した食事なのでしょう。さっさと食べて満足げに帰って行きました。

 後ろの労働者風の若い二人は、目いっぱい色々なトッピングをして、山もりの飯をがつがつ食べています。この雰囲気では女性は入りにくそうな店です。食べている客層を見るとみんな男で、体育会系と思しき20代です。60過ぎで食べているのは私だけです。 「あぁ、余り私にはふさわしくない店なのだなぁ」。と思いました。

さて、私の前に出て来た肉は、大ぶりで、鉄板の上でジュウジュウ言っています。日頃余り脂の強いものを食べないため、この肉を見ると食欲がわきます。

 肉はそうは硬くありません。筋はありました。でもこれだけのものを食べさせるなら流行る理由は分かります。飯は小振りに、スープも控えめにしましたが、全部食べたら相当に充実しました。

 外に出て駅前を歩いていてハタと気付きました。「考えて見たなら、辻井さんのステーキ肉があったんだ」。二、三日我慢していれば霜降りのピンク色のフィレの飛騨牛が食べられるのに、なぜ寄りによって学生や労働者の行く店に行って肉を食べたのか。内容は問わないとしても、誰が考えても今ステーキを食べに行く必要はないはずです。

 然し、朝、肉が届いて食べたいと思って、それが三日ぐらいお預けになるとわかったときに、脳にインプットされたステーキが忘れられず、衝動的に店に入ってしまったのでしょう。

 例えて言うなら、うなぎが食べたいと思っているときに、ランチで焼き鳥ランチを食べるようなものです。鰻は高価で手が出なくても、食べたいと思う心が、同じような、甘辛いたれに包まれた、たれの焦げの匂いを嗅いだ時に、ついつい焼トリランチを食べてしまうのと同じです。

 但し、断っておきますが、大通りのステーキ屋はまずますの味でした。ただ、今日食べる理由はないと思った次第です。

 この後、家に戻って、デスクワークをしました。女房はコンサートに出かけて留守です。晩飯は、女房の作ってくれていたシチューとサラダで、私一人で食事をしました。味が悪いわけでもなく、何ら不満はありませんが、一人の食事は味気ないものです。

続く