手妻師 藤山新太郎のブログ

1988 年、1994 年に文化庁芸術祭賞、1998 年に文化庁芸術祭賞大賞を受賞。2010 年には松尾芸能賞 優秀賞を受賞。 江戸時代に花開いた日本伝統奇術「手妻(てづま)」の数少ない継承者 藤山新太郎のブログ。

ハングル文字の限界

ハングル文字の限界

 

 お隣の朝鮮半島の話をしましょう。朝鮮は朝鮮語を話し、書き言葉はハングル文字を用いています。然しこのスタイルは朝鮮半島だけで、どこの国もハングル文字は読めませんし、朝鮮語も理解できません。アジアの中でも漢字を共有する日本、中国、台湾、香港と比べても朝鮮半島は孤立しています。

 ハングル文字は、ある意味日本の平仮名カタカナによく似ています。表音文字なのです。アルファベットにも似ています。

 日本の平仮名カタカナが漢字の一部を略したり、文字そのものを崩したりして、簡単な表音文字にしたのに対して、ハングル文字は、かなり合理的に発音を組み合わせて文字を構成しています。

 ハングル文字は、一見平仮名やカタカナと似通った発想に見えますが、平仮名カタカナで書いた文字は、漢字とのつながりがありません。ハングル文字は、漢字一文字一文字の音を一つにまとめて書かれています。ひらがなは「京」という文字を平仮名表記するときは、き、ょ、う、と三文字で書きますが、ハングルは、きょ、の文字と、う、の文字を二つ合わせて、一つの文字にまとめて書きます。その点は漢字の影響が残っています。然し、漢字の使用をやめてしまったために、ハングルと漢字のつながりはなくなってしまいました。

 

 平仮名はローマ字と同じく、音を表現するのみで意味を表現しません。万葉集の歌はその昔は変体仮名で書かれていましたが、今、万葉集の歌を表記するときには、漢字と仮名を併用して書かれています。

 それは、歌の意味を伝えるためには、平仮名だけでは伝わりにくいからです。日本は同音異語が多く、仮名を羅列しただけでは意味が分かりにくいのです。それは時代が下ると一層、日本人の知的レベルが上がり、語彙が増え、同音異語が増えてしまい、意味が混同されるため、平仮名だけで表記することが不可能になります。

 アルファベットでは同音異語を、つづりを変えることで区別します。日本語は、平仮名と漢字を併用しなければ意味が伝わらなかったのです。

 漢字で、「強制」と言う言葉が、共生、矯正、強勢、嬌声、強請、と、同音異語がたくさん出て来ますが平仮名で書けばすべて「きょうせい」です。これでは正確な意味が伝わりません。

 日本人は普段、話し言葉では、前後の文脈を考えつつ、頭の中でこれらの漢字を選択しながら相手の話の意味を理解しようとしますが、これは相当に難しい作業になります。互いに知的レベルが高くないと出来ないのです。頭の中に入っている漢字数が少ないと、何を言っているのか話自体が理解できないからです。

 朝鮮語も、日本ほどではないにしても同音異語はたくさんあります。そして時代が進んで行くと一層同音異語が増えてしまいます。そうなったときに、ハングル文字にはアルファベットや、日本語の漢字平仮名表記のような、意味をたどる手段がありません。そのため、実は、多くの朝鮮半島の人はハングル文字から意味を判読することに苦労します。この事はたとえば、日本で会社や大学で提出するレポートをすべて平仮名で書いたら意味が理解されにくいと言うことと同じです。

 元々ハングル文字は、日本の平仮名同様、漢字の送り仮名として作られたものでした。漢字は、大昔に中国で作られたころは、知性ある人が、学問のない民衆と区別するために、わざと複雑な文字を使ったのです。字画数が多ければ多いほど、一般民衆には読めず、複雑な漢字の読める人は民衆から尊敬を集めたのです。

 憂鬱とか、魑魅魍魎とか、何でこんな文字が必要なのかと訝しむほど複雑な漢字が今も残っています。私は手妻をするために未だ、蝋燭(ろうそく)、毛氈(もうせん)、緞帳(どんちょう)、金襴緞子(きんらんどんす)、などと言う文字を時々書きますが、何度書いても記憶できません。それらの文字が読めるのは、平仮名があったおかげです。

 話をハングルに戻しましょう。ハングル文字も、当初は漢字に対して仮名と同じように使われていたのです。然し、当時の朝鮮半島の知識階級は、漢字の表記に固執し、ハングル文字を正式な文字と認めませんでした。文字と言うものが為政者の道具だったのです。そのため、朝鮮半島では識字率が上がらなかったのです。

 20世紀初頭から、日本が朝鮮半島を統治したときに、文字を知らない人々にいきなり漢字を教えることは不可能だと判断し、ハングル文字を奨励しました。これは日本がひらがなを使用することと同じく、瞬く間に普及して行き、朝鮮半島識字率はアップしたのです。日本統治時代の朝鮮の新聞や、書類は必ず漢字とハングル文字を併用しています。

 これは当時の日本人にとっても大変便利だったのです。朝鮮語と日本語は文章の構成がよく似ていますので、朝鮮の新聞は、漢字を拾い読みするだけで日本人は、おおよそのことは分かったのです。朝鮮の知識階級はハングルの使用には難色を示しましたが、大多数の国民は漢字とハングルの併用を喜んだのです。

 ところが、朝鮮半島が日本から独立する際に、彼らは漢字を捨ててハングル文字に統一してしまいます。それは民族主義からそうなったようです。

 そうして現代に至るのですが、ハングル文字は、音を表現しますが、意味は伝えません。そうした結果、意味の伝わらない文章が続出します。

現代の韓国の知識人の中には、「やはり漢字とハングルの両併記にしたほうがよかった」。と言う人は多数います。然し、漢字を失った国民に漢字を教育することは簡単ではありません。

 結果として、朝鮮半島の人々は、昔の文章が読めなくなってしまったのです。李朝時代の漢字のみで書かれていた文章は勿論のこと、日本統治時代の新聞なども今の朝鮮半島の人々は読めないのです。日本人が古文や変体仮名が読めないのとは桁が違います。読めないと言ってもたどることは出来ます。朝鮮半島の人にとっては過去の文章は外国語に見えるのです。

 朝鮮語を思うにつけ、日本語の漢字とひらがな併記の文章は、過去も現在も、新しい言葉も海外の言葉も意味を理解することが出来て、決して未熟な文法ではないと思います。老婆心ながら、朝鮮語も再度漢字を入れては如何でしょう。このままでは世界ともアジアとも孤立してしまうと思います。過ちを改たむるに憚ること勿れ。

続く