手妻師 藤山新太郎のブログ

1988 年、1994 年に文化庁芸術祭賞、1998 年に文化庁芸術祭賞大賞を受賞。2010 年には松尾芸能賞 優秀賞を受賞。 江戸時代に花開いた日本伝統奇術「手妻(てづま)」の数少ない継承者 藤山新太郎のブログ。

今宮戎(いまみやえびす)

今宮戎(いまみやえびす)

 

 三日前(26日)大阪で午後から指導があり、午前中は空きがあったため、市内観光を考えました。今宮戎が人気のスポットだと聞いていたので、どんなところなのか訪ねてみることにしました。

 正月の大阪名物で、十日戎と言います。「商売繁盛笹持って来い」。と言う掛け声で、参拝客は、先ず通りの屋台で笹を買い、その笹に付ける、小判や、千両箱、米俵、招き猫など、いずれも小さなグッズを買い、それを笹に取りつけます。そして笹が宝物で重くしなるようになったものを、背中で担いで今宮戎さんを参拝します。これを自宅や、店に飾ると一年中商売繁盛でお客様が途切れないと言うわけです。東京の鳳神社の熊手と同じです。

 お好み焼きの千房さんの会長さんが、今宮戎の祭りを維持発展させたいと、毎年奮闘しています。そこまで肩入れするなら、どんな神社なのか、興味がわきます。

 

 さて今宮戎がどんなところなのか、先ず難波の南海電車の駅に行ってみました。 駅は高島屋デパートの間からエスカレーターで三階まで登ります。すると、そこはものすごく広いホームが開けています。驚きです。私鉄でこれほど立派な駅を見たことがありません。

 日本の駅は、プラットホームを右から左に通過して行く場合が多いのですが、ここは違います。大きなドームに全ての鉄道を引き込んで、電車がそこから先に行けないようになっています。これは日本では珍しいことで、ヨーロッパの大きな駅は大概このように、列車を引き込んでいて、ドームの中ですべての列車が見渡せます。

 いやこの威容は大したものです。南海電車を見直しました。

ちなみの難波の近鉄電車も、大阪駅阪急電車も、そのように中央駅のスタイルになって電車を引き込んでいます。東京だけが貧弱な駅ばかりです。

 今宮戎は駅一つです。各駅の電車で、1番線です。1番線が見つからずにうろうろしました。結局一両乗り過ごしました。とにかく、各駅に乗りました。驚いたことに、今宮戎駅はほんの2分の距離でした。「これなら歩けるなぁ」。

 壮麗な難波の駅に対して、今宮戎は高架の駅で、何ともさえません。まあ、私鉄ならこんなものでしょう。駅を降りると道路があり、道路を超えると、古いお社があります。しゃがんでいるお爺さんに尋ねると、ここが今宮戎だと言うことです。

 敷地はたいして広くはありません。但しお社は重厚で立派です。西暦600年に聖徳太子が建てたそうです。大阪の古い建物には聖徳太子が良く出て来ます。やはり関東よりも関西の方が、何でも少し古いようです。

 砂利を敷いただけの本殿は、日陰がなく、この日はとても暑かったです。お参りをして、外に出ましたが、さて、この近所には古い商店街のようなものが見当たりません。古い神社なら、昔から、和菓子屋さんや、お茶屋さん、筆屋さんなど、伝統的な商売屋さんが連なっているものですが、ここにはそうした店は見当たりません。

 周辺はビルが並ぶばかりで、およそ古風なものはありません。第一、一体どこを並んで笹を買うのか、その気配すらも感じられません。無論、一月の十日戎の催しなのに、九月に来たのでは、何もないのは当然ですが、それでもあれだけ有名な催しですから、何かそのかけらでもないかと探してみましたが、何もありません。

 いささかがっかりです。やむなく少し、難波に向かって歩くことにしました。学校があったり、喫茶店があったりしますが、別段どうと言う町ではありません。遠くに難波駅の大きなビルが見えます。あそこを目指して行けば来た場所に戻れます。

 5分も歩くと、電気街になりました。「ははぁ、ここが大阪の電気街なのか」。フィギュアの人形や、コンピューターの部品を売っています。町が秋葉原の三分の一くらいで、商売は秋葉原と同じです。歩いているお客様も肌の白い人が多く、太っていて、何となく目がうつろで、オタクっぽい人がたくさんいます。私の偏見でしょうか。

 でも、販売している商品が変わり、通りが変われば、歩いている人も変わって行くのが面白いと思いました。ここを歩く人は今宮戎の周辺にはいない人です。

 この電気部品通りが終わると、アーケードになっていて、そこには道具屋街と書いてありました。「あぁ、道具屋街か」。この道は知っています。浅草の合羽橋通りと同じで、商売用の食器やグラス、調理器具を販売しています。但し、合羽橋と比べると、通りは五分の一くらいのサイズです。このアーケードを過ぎると、いきなりなんばグランド花月が見えます。この辺りは勝手知ったる場所です。

 

 さてこれで朝の散策は終わりました。この後谷町六丁目に行き、手妻の指導をしました。その後道頓堀に行き、ZAZAさんに挨拶をし、千房さんに伺い、会長さんに挨拶をしました。何のかんのいろいろやっているうちに5時30分になり、新大阪に行き、18時の列車に乗りました。21時40分、自宅に到着。何もせずにぐっすり休みました。少し疲れました。

続く

 

 明日は座・高円寺で驚天動地の催しです。まだ少しチケットが残っています。ご希望の方。前売り価格でチケットをお預かりします。