手妻師 藤山新太郎のブログ

1988 年、1994 年に文化庁芸術祭賞、1998 年に文化庁芸術祭賞大賞を受賞。2010 年には松尾芸能賞 優秀賞を受賞。 江戸時代に花開いた日本伝統奇術「手妻(てづま)」の数少ない継承者 藤山新太郎のブログ。

うなぎでお祝い

うなぎでお祝い

 

 実は三日前(6月28日)は女房の誕生日でした。毎度のことではありますが、月末はあちこちの支払いが多く、果たして誕生日を祝ってやれるかどうかもわかりません。まともな誕生日をしてやりたいとは思いつつも、何しろコロナの影響が大きく響いていて、舞台の本数は少なく、そこへ以て、保険や税金、道具代、人件費などの支払いが大きく、払いきれるかどうか不安でしたが、何とか支払いのめども立ち、現金も少し残りました。

 そこで4日前、女房に、「誕生日をしよう」。と言いました。「どこかへ食事に行こうか」。と誘うと、遠慮して何も言いません。すると娘が、「去年みたいに、鰻のテイクアウトをして、家でお祝いしようよ」。と、言いました。

 そう、去年も駅前のいろは亭で鰻をテイクアウトして、家で誕生日を祝ったのです。まぁそれなら簡単でいい、と言うことで家で祝うことにしました。

 女房の好物は鰻です。この人は、とんかつとか、天ぷらとか、とにかく脂ぎったものが好きです。日頃はつつましく、あれが食べたい、これが食べたいと言う話はしません。誕生日も、私の仕事の本数が少ないことを知っていますので、自分からは誕生日をしてもらいたいと言う話をしません。と、こう書くと一見大人しく、無欲で、自制心を持った人のように見えますが、そこがなかなか策士です。

 先ず一か月前に父の日があり、その日に桃太郎の寿司屋で寿司を三人前買って来て、父の日を祝ってくれました。娘はジュン本間でチョコレートケーキを買って来てくれました。別段私は父の日があることなど意識していません。何もしなければ通過してしまう一日でした。それでも寿司があるとうれしくは思いますが、それなら寿司屋に行って食べたほうが良いと思いました。然し、私が寿司屋に行けば。私は刺身を頼み、焼き物を頼み、寿司を頼み、かなりの散財をしますので、女房と娘の財布ではプレゼントしきれないのでしょう。そこでテイクアウトです。

 食べようとすると、娘が「パパだけは特上だよ」。と、念を押されました。確かに私の器には、ウニやイクラがたっぷり乗っていて、しかも、海老が茹でたものではなく、ボタン海老の生が乗っています。他の器にはボタン海老がありません。娘はボタン海老が食べたそうです。私は娘に、ボタン海老を上げて、「祝ってくれたお礼」。と言いました。娘は期待していたものが手に入って、にっこりと笑いながら、ボタン海老を旨そうに食べました。

 その寿司パーティーが一か月前、このパーティーはきっと、6月の誕生日を忘れないでね、と言う布石なのだとわかります。女房は言葉では言わずに、それとなく悟らせます。話は着々と鰻を食べる方向に進んでいます。

 誕生日の当日は、私がいろはに行って鰻を三人前頼みました。鰻屋の親父は私と同い年です。普通にしていても暑いのに、炭火の前でバタバタとうちわを煽いでいます。「鰻の時期になって忙しいでしょう」と尋ねると。「まだこれからですよ」。と言います。「でも結構忙しそうだよね」。「えぇ、おかげさまで、夜は予約でもう一杯です」。「それなら忙しいじゃないか」。「いやいや、土用の丑の日なんかが近づくとこんなもんじゃぁないですよ。二倍は焼かなけりゃいけませんから」。「気を付けないと暑さでやられそうだね」。「いや、毎度のことですから」。

 

 鰻屋には6時30分に取りに行くことを予約して一度帰ります。それにしても外の暑さは異常です。わずか5分の道のりでも、歩いていてフラフラらします。なるほど年寄りが熱さで命を落とす理由がわかります。

 夕方6時すぎに再度鰻屋へ、今度はだいぶ日が陰っていますので、少しは楽かと思うと、外気はあまり変わっていません。むっとした暑さです。鰻を受け取り、ふらふら歩いていると、意外と鰻三人前は重いんだと気付きます。重いと言っても鰻そのものはそう大した重さとは思えません。入れ物も紙箱です。そうなるとびっしり敷き詰めた飯が重いのでしょう。「あぁ、飯とは重い物なんだ」。と初めて気づきます。

 家に帰ると、やがて女房と、娘が帰って来ます。早速鰻を頂きます。

紙製の経木を開けると、鰻は二枚、横並びに飯の上に乗っていました。ここの店はびっしりと飯が隠れうほど大きなうなぎは乗せません。然し、その分、中ぶりの鰻を多めに乗せて、余りこってりとさせずに鰻の味わいを提供しています。いいやり方ですし、その方が飽きずに全部食べられます。ボリュームは充分です。

 いろは亭はこの5年くらい前に店を出したのですが、信用が付いて、今はかなり繁盛しています。焼き方は関東風で、しっかり蒸しにかけて、その後、時間をかけて丁寧に焼いて行きます。

 実際に食べ始めると、鰻も飯もまだ多少暖かく、いい具合です。身はほっこりと柔らかく、脂は適度に落ちていて、お終いまで飽きずに食べられます。山椒の粉を乗せ、ツンと来る香りとともに鰻の身を口に運びます。鰻のたれの甘さと、山椒の辛さが混ざり合って暑さで寝ていた胃が急に起き出します。

 ここで酒かビールを飲みたいところですが、この日は娘がコロナの予防注射をして、体に熱があるため、アルコールは取りやめです。せっかく買っておいた札幌の黒ラベルですが、我慢します。私と娘はお重を完食しました。女房は、一箸食べるたびに小声で「おいしい」。と言って笑顔を見せます。もう少し仕事が多くなれば、ちゃんとした座敷でいい料理を食べさせてやれるのですが、さてその日はいつになることか。女房は四分の三だけ食べて、残りは明日の昼に食べるそうです。欲の小さな人なのです。

 食後に娘が買って来たジュン本間のショートケーキを頂きました。ショートケーキは私の大好物です、しかし、うなぎにショートケーキでは血糖値が心配です。まぁ、明日から地味な食事をすればいいと心に言い聞かせ、この日は鰻とショートケーキを堪能しました。良い晩でした。

続く

 

 7月3日、アゴラカフェ。

 日曜日のアゴラカフェでの手妻とマジックショウは、団体が入っているため、申し込みはかなり難しいと思います。翌月の8月7日でしたら、まだ申し込みは出来ます。どうぞ日本橋でゆっくりと手妻の賞をご堪能ください。