手妻師 藤山新太郎のブログ

1988 年、1994 年に文化庁芸術祭賞、1998 年に文化庁芸術祭賞大賞を受賞。2010 年には松尾芸能賞 優秀賞を受賞。 江戸時代に花開いた日本伝統奇術「手妻(てづま)」の数少ない継承者 藤山新太郎のブログ。

初音ミケ 8

初音ミケ 8

 

 オヤミケを見なくなって、10日ほどたちました。もう私の家の周辺でオヤミケも、他の猫も見ることはありません。

 今日は散歩に出てみました。先ず東公園に行ってみました。ここには常に4,5匹の猫がいます。ロイクーもいます。トラ猫もいます。白もミケもいます。ミケはきっとオヤミケの子孫でしょう。柄も姿もよく似ています。然し、オヤミケはいません。

 道を戻って、裏通りを行きます。いつも手を合わせているお地蔵さんのところに行き、お参りをします。中央線の陸橋下に行くと、いました。初音ミケとオクゲです。

 「先生、お早う」。「あぁ、ミケ、変わらないようだね。最近オヤミケを見ないけど、亡くなったのかい?」。「ええ、亡くなりました。今朝、私たちも墓参りをしました。この間、オヤミケを見たときには、もうすっかり毛が抜けて、足取りもふらふらして、危ないなぁ、と思っていたんですよ。そうしたら、それから5,6日して亡くなったようです。野良はねぇ、毛が抜けて体が汚れて来ると、もう餌をくれる人はいなくなります。母親は、最後まで美佐子姉さんが面倒を見てくれたんで餌には困りませんでした。幸いでした」。

 「裏のアパートは昔からオヤミケの住まいだったんだろ?」。「そうなんですよ。オヤミケも、ババミケも、ヒイババミケもあそこのアパートで育ちました。あたしもそうです。あたしが生まれた後、オヤミケは、中野で一人住いのお婆さんの家で養ってもらうことになって、オヤミケは出て行きました。その代わりにあたしが美佐子姉さんの家で飼われることになったのです。

 ところが、2年ほどして、中野のお婆さんが亡くなったんです。そこからオヤミケの苦労が始まります。あちこちの伝手を頼って、暮らしていたんですが、捕獲員に追いかけられたり、猫の縄張り争いに巻き込まれたりして、体中怪我をして、随分苦労したそうです。5日も餌にありつけない日もあったそうです。

 いろいろ苦労して、どうにもならなくなってオヤミケは、生まれ育った高円寺に戻って来たんです。親の苦労する姿を見たら、あたしが助けないわけにはいきませんから、美佐子姉さんの住まいをオヤミケに譲ってあたしは出て行ったのです」。

 「お前は親孝行な猫なんだねぇ」。「あたしはまだ若いから何とか飼い主は見つかると思って、でもなかなかうまく行かず、結局あたしも高円寺から出たり入ったりして、しばらく一緒に暮らしていました。美佐子姉さんは優しい人で、いつも二食分の餌を用意してくれました。そうこうするうちに、オクゲと出会い、オクゲの家に入り込むことが出来ました。こうしてオクゲと知り合えたのも、オヤミケに美佐子姉さんの家を譲ったからですよ。親孝行はしておくものです」。ミケは隣のオクゲに目をやって、

 「この人はとてもやさしくて、いつでも一緒にいます。あたしのすることには何でも手伝ってくれます。週に二日の散歩もいつも一緒です。近所のお屋敷の長い塀渡りも一緒に歩いていますし、公園のアジサイの植え込みの影で昼寝をするときも一緒です」。

 「オヤミケが亡くなったのはどうして知ったんだい」。「猫同士会の役員が知らせてくれました。横山さんの家の茂みで死んでいたそうです」。「何でも横山さん頼みだな」。「それが一昨日のことです。その日あたしは外に出られなかったんです。高円寺猫同士会の猫役員たちがすぐ駆けつけて、オヤミケの遺体の傍でニャーニャ-鳴いていると、横山さんのお爺さんが気が付いて、オヤミケを埋めてくれたそうです。あたしとオクゲは今日の朝、横山さんのお家に伺って、二人で、オヤミケの好物だった煮干しを供え、手を合わせました」。「お前にとっては今日が葬式だったのかぁ。寂しいね」。「いえ、仕方ありません。オヤミケは幸せでした。高円寺猫同士会のお陰で、葬式も賑やかでしたから」。

 傍でオクゲはじっと座ってミケの話を聞いています。ときどき私の傍に寄って来て私の手を舐めたりします。オヤミケも、初音ミケも、今まで何年も私と話をしていながら、一度も私に懐くことはありませんでした。やはり根っから野良で育ったものと、飼われている猫は違うのでしょう。

 「ところで、美佐子さんの家はどうするんだ?」「それなんですよ。葬式の時に、役員が言うには、ロイクーが住みたがっていると言うんです。でもあたしはロイクーは嫌い。あいつは平気で人の餌を盗んで食べますし、縄張りも関係なくしゃしゃり出て来ます。ロイクーは絶対嫌いよ」。

 「でも、いくらお前が反対してもどうしようもないよな」。「いえ私が時々行って、様子を見ます。決してロイクーなんか住まわせません」。どうやら、裏の家の権利は、初音ミケが管理するようです。

 

 このところ、コロナ風邪も収まり、イベントが復活してきました。そのために、稽古もしなければなりません。朝、アトリエで稽古をしていると、家の前を黒い猫が素早く通って行くのが見えます。「あぁ、ロイクーだな」。ロイクーはドアの窓で止まる事はしません。すっと歩いて逃げるようにして裏のアパートに行きます。

 見ていると、早朝に裏の美佐子さんの家に行って、濡れ縁で鳴き声を聞かせます。この鳴き声が、ロイクーと思えないほどかわいい鳴き方をします。「あいつは、うまいこと美佐子さんに取り入ろうとしているな」。声を聞いた美佐子さんはガラス戸を開け、キャットフードを皿に乗せて、濡れ縁に置きます。美佐子さんは別段ロイクーでも何でも差別しません。ロイクーは決して美佐子さんに懐きません。おどおどして、美佐子さんと距離を保っています。美佐子さんは会社勤めがありますから、餌をやるとさっさと外出します。あとはゆっくりロイクーが食事をします。ロイクーは巧いことオヤミケの後釜に収まったようです。

 ところがある日、初音ミケがやって来ます。濡れ縁で、ゆっくり餌を食べているロイクーの後ろに忍び込み、いきなり嚙みつきました。びっくりしたロイクーは飛び上がって、大きな奇声を発して逃げて行きました。あとで、ミケが表のアトリエの窓から顔を見せて、「あたしがいるうちは、あいつに好き勝手にはさせないわ」。と言いました。

続く

 

 6月5日、日本橋マンダリンホテルの二階にあるアゴラカフェで私の手妻公演が始まります。出演は、前田将太、穂積みゆき、小林拓馬です。食事付き5000円。ご予約は、アゴラカフェまたは東京イリュージョンで受け付けます。03-5378-2882まで。