手妻師 藤山新太郎のブログ

1988 年、1994 年に文化庁芸術祭賞、1998 年に文化庁芸術祭賞大賞を受賞。2010 年には松尾芸能賞 優秀賞を受賞。 江戸時代に花開いた日本伝統奇術「手妻(てづま)」の数少ない継承者 藤山新太郎のブログ。

東中野のマジックライブ

東中野のマジックライブ

 

 一昨日(5月22日)午後2時から、東中野のバニラスタジオと言うライブハウスで、日向大祐さんのマジックライブがありました。是非に、と呼ばれていますので見に行きます。12時に家を出ました。

 先ずとにかく昼飯を食べようと、高円寺駅に行きます。どうもこのところ、女房が入院しているため、食事が不規則です。何かまともなものを食べなければいけません。

 そこで、駅前の「いづな」というステーキハウスに入ることにしました。この店は、通りの奥まったところにあって、一見のお客さんではなかなか入りづらい店です。但し、固定客がいて、常にお客様がいます。12時10分に店に入ると既に一組食事をしています。

 店の中央に大きな鉄板があり、そこで親父さんがステーキを作ります。ランチのコースを頼みます。サラダに、もやしの炒め、そしてサイコロ上に切ったステーキ、ライスに味噌汁、お新香です。

 何か飲み物はいかがですかと勧められましたが、ここでビールなんぞを飲んでしまうと、ショウの最中に寝てしまうといけませんので、ここは我慢でお茶を頂きました。

 サラダがボリュームがあるのが有難く、もやしの炒めと、サイコロステーキが熱々で出て来ます。肉は柔らかく、ボリュームはさほどではありませんが、私にとってはちょうど良く、味、量ともに満足です。これで1650円は安いと思いますが、一般のランチのレベルからは少し高めです。そのため来ている人たちは近所の会社の経営者か、お医者さんのような方々を多く見ます。贅沢と言うほどではないにしても、ちょっと背伸びをしたランチです。

 夜になると、8000円以上のステーキコースが始まりますので、ランチ気分で行くのは要注意です。

 ランチを済ませてから、ステーキにスライスしたニンニクを使っていたことに気付きました。急ぎ駅の売店で消臭剤を買って呑みました。それから、公演のお土産にジュン本間のシュークリームを買いました。そして東中野に向かいます。

 東中野は何度も来ていますが、東口で降りるのは初めてです。古い街道が一本南に通っていて、途中商店が並んでいます。残念ながらこの商店街は流行っていません。地方都市のどこにでもあるような閑散とした通りです。然し、この枯具合が、散歩がてら歩くには最高です。途中畳屋さんがあったり、大きな楠があったりして、田舎の風景そのものです。私の子供の頃と何も変わっていないだろうと思います。

 しばらく歩くとバニラスタジオがありました。人が数人並んでいます。人が並んでいないと気付かないような小さなスタジオです。

 地下にスタジオがあります。中に入ると、30人か40人でいっぱいになるような空間です。公演と言うのはこうした場所でいいのです。無理をせずに、粘り強く続けて行くことが大切です。私の初リサイタルも、30人入る飲食店で始めました。それから毎年公演を続け、三越劇場や、日本橋劇場、博品館で出来るようになって行ったのです。

 自主公演は、無理をせずに、メンバーも絞りに絞って、自分のしたいことを率直に語って行くことが大切です。

 

 日向さんの公演は、昔から結構評判が高く、かねがね一度見ておきたいと思っていました。何年か前にようやくライブを見ました。

 演劇で進行して行き、景ごとにマジックを演じます。今回もその形式は変わりません。今回は歌まで披露されて、エレクトーンの生演奏が付きます。演者は、日向大祐さんと、アシスタントの村川加苗さん。エレクトーン奏者の富田もえさん。舞台上は三人だけ。小さなストーリーがいくつも展開され、舞台と楽屋の人間模様が交互に表現されます。

 あくまで実験劇場なのでしょうから、コメントは控えます。様々なマジックが次々に演じられ、それらマジックに対して、お客様は素直に驚いて、喜んで見ています。初めて見るお客様がほとんどだそうです。親子連れの若い夫婦なども来ていて、のどかな日曜日の娯楽を楽しむ雰囲気でした。アメリカの地方都市ならよく見るような風景です。日本でもこんなに成熟した家族の、娯楽としてみるマジックショウが定着していると言うのが驚きです。これはこれでありかな、と思いました。

 

 さて、15時30分にライブハウスを出て、高円寺に戻ります。17時から、指導を受けに来る人が二人います。二人は、3月までは学生でしたが、4月に就職して、勤めを始めています。マジックが好きで、私のところにもう2年も通っています。柳沢錦さんと谷水開さんです。

 今日はシルクの様々な手順をまとめて、2分の演技を作りました。それを何度か演じて稽古をしましたが、会社勤めを始めるとなかなかマジックをする機会が取れないらしく、久々マジックをするとその面白さが今までの数倍感じるらしく、とても楽しそうに演じていました。

 こうした姿を見ていると、この人をうまくしてやろうなどとは考えずに、どっぷりマジックに浸かって、体でマジックを楽しむような遊びの仕方を考えると、若い勤め人がたくさん押しかけてくるのではないかと思います。会社帰りのミッドナイトレッスンもありかなと思います。そんな場を作ることが次の時代のマジックファンを生み出す方法になるのではないかと思いました。

 

 私がマジックを始めた昭和40年代、舞台活動をしていた50年代、イリュージョンを始めた60年代。と10年毎に見ても、時代はかなり変わってきています。そして、2020年代の日本は成熟期を迎えています。誰もあせって仕事をしていません。お客様ものんびりショウを見ようとしています。こんな時代に我々は何を提供しなければいけないか、そこを見極めてマジックを提供する必要があります。

 マジックそのものは大きく変わることはありません。変わるのは扱う人のセンスです。今に生かす気持ちを持ってマジックを少し違った使い方をすれば、多くのお客様を掴むことが出来ます。

 さて、ようやく、コロナも退散しつつあります。夏、秋からの仕事依頼も来るようになりました。これから少し方向を変えてマジックを作り直して行こうと考えています。

続く