手妻師 藤山新太郎のブログ

1988 年、1994 年に文化庁芸術祭賞、1998 年に文化庁芸術祭賞大賞を受賞。2010 年には松尾芸能賞 優秀賞を受賞。 江戸時代に花開いた日本伝統奇術「手妻(てづま)」の数少ない継承者 藤山新太郎のブログ。

危ない経営

危ない経営

 

 今から5年ほど前のことです。私が指導しているアマチュアマジッククラブに地元の若手プロマジシャンがやって来ました。

Aさんです。Aさんは20代で人当たりも柔らかで、近くの都市でマジックバーを始めたそうです。町には他にマジックバーはないため、店は結構流行っているそうです。

 また、人との付き合い方もうまく、地方のテレビ局やイベント会社から仕事ももらい。県や、市のイベントなども積極的に引き受け、随分活発に活動を続けていました。

 

 第一印象で私は、「この人はコテコテのマジックマニアではない」。と分かり、こうした人ならお客様の気持ちも掴めるはずだと思いました。

 私はAさんに、「基礎を粗末にすると必ず今やっていることが行き詰まってしまいます。また、あなたがこの先に若い人を育てようとしたときに、基礎の基礎を自分自身が分かった上で教えなければ人が育ちません。だから今、私と縁が出来たことをチャンスと思って、一年、基礎練習を続けて見て下さい」。と言いました。

 Aさんはそれに対して実に素直な返事をして、それから3か月、アマチュアの会に出席しました。

 Aさんを指導すると、基礎的なマジックの知識が欠けています。マジックを手順にして作り上げることも出来ていません。つまり、既成の道具を買って演じるか、単発の売っているマジックを羅列して演じている場合が多いように感じました。

 今はライバルの少ない地方都市で、しかも、目新しさで受けているかも知れませんが、コクのない演技を繰り返していては、やがて飽きられてしまうでしょう。先ず、人を超えたレベルのマジックを作り上げて、それで地域で話題になるようにしなければマジックで長く生きて行くことは難しいと思います。

 そのために、ステージマジックの基礎指導を始めたのですが、Aさんは、指導のたびに喜びの表情を浮かべて素直に習います。然し、4か月目から、忙しいと言う理由で来なくなりました、その後、時々来ますが、復習をしてこないため、話は振り出しに戻ります。どうも集中力に欠けます。稽古の途中で「打ち合わせがあるから」。と言って、帰ってしまうこともあります。

 忙しいなら仕方ありません。どうやらAさんは、別の都市に支店を出すそうです。彼は今の店もようやく定着したばかりなのに、支店を出すとはずいぶん性急な話です、店を増やすにしても任せられるような人は育っているのでしょうか。

 私は二人きりになったときに、そっと「あなたは人柄はいいし、客商売には向いているとは思いますが、今は自分のマジックにもう少し集中したほうがいいのではないですか。仮に今この教室に欠かさず通ったとしても、それはアマチュアレベルの中で上手なマジシャンになったことにしかなりません。

 あなたが本当のプロを目指すなら、もっと真剣にプロに成るための練習が必要です。あなたが望むなら、別時間を作ってもいいですから、本気になってプロ稽古をやってみませんか」。

 と、言うとAさんは、「有難うございます。ただどうしても今は支店のために身動きが出来ませんので、半年、一年したらご相談しますのでまたその時ご連絡します」。

 と言いました。その支店についても、私は、余計なおせっかいとは知りながら、「店を出すと言うことは、多くの人にとっては一生に一度の投資ですよ。それをわずか一二年のうちにもう一軒出す。と言うのは危険だと思いませんか。

 今の店を5年、10年定着させて、そこでじっくりお客様を増やし、マジックの好きな若い人を育てて、それから出店するのが本道だと思いますよ。こんな経営は危ういと思いますよ」。というと、Aさんは私の立ち入った意見をさりげなく交わして、「大丈夫だと思います。うまくやって行く自信はありますから」。と、笑顔で言いました。

 

 私の個人指導の話も、出店を思いとどまるようにアドバイスをしたことも、今考えたなら、あれは確実に天の声だったのではないかと思います。勿論、私は神ではありませんが、私は頻繁に人の人生の転換期に意見を語ることがあります。そのほとんどは正解でした。

 

 その半年後、支店を出します。そしてさらに半年後、コロナが流行り出しました。そこからの一連のコロナ騒動は、皆さんご存知でしょうから、話を割愛します。

 私は水商売の経験はありません。然し、たくさんの水商売のオーナーとの付き合いはあります。その知人のオーナーの話を総合して、コロナは簡単に解決する話ではないことを知ります。

 コロナ禍、マジックバーを経営しているマジシャンが私のところに来て相談をされることがあります。私はその都度、「無理をしないで今は店を休業にしたほうがいい」。と言いました。コロナの勢いを思うと、家賃を支払って、給料を支払って店を維持することは不可能です。家主と相談をして、今の状況では家賃が払えない」。撤退する。と言えばいいのです。

 恐らく家主は、今出ていかれても次の借り手が見つからないために、家賃を思いっきり下げて来るでしょう。それで何とか乗り切れるなら借り続けて営業したらよく、手伝いのアシスタントはやめてもらう以外ないでしょう。つまり、今は身一つで乗り切れるようにして、借金を軽くする以外ありません。と話しました。

 私の経験でもそうですが、30代はとにかく前に出たくて、無理を繰り返してしまいます。自分の夢をかなえるためには平気で2000万、3000万円の借金もしてしまいます。然し、自分自身にどれほど才能があったとしても、大きな世の中の流れには抗しえないのです。

 かつてバブルが弾けた時と同じです。小手先の自分の知恵で乗り切れる話ではありません。コロナも同じです。こんな時は、パッと身を捨てて、何もかも手ぶらになる以外ないのです。若ければまた大きな波が来て、一稼ぎ出来ます。時を待つ以外ないのです。

 

 さて、音信が途絶えたAさんはどうしたのでしょう。その後、地元のテレビにも、イベントにも全く出なくなってしまい、人のうわさからも消えてしまいました。店も閉店したようです。家族とも別れたと言う話を聞きました。経営の失敗を自分一人で抱えて苦しんでいるのでしょうか。

 そんな時こそ、これまで縁を作ってきたマジック仲間に相談してみたらいいのです。人はきっと親身になってくれるでしょう。何とか仕事を見つけて、収入を作り、マジックの仲間を増やして、教室でも、地域のショウでも小さくとも活動を再開すればいいのです。マジシャンは結局マジックの中でしか生きられないのです。マジシャンを助けるのもまたマジックだと言うことを知ることです。

続く