手妻師 藤山新太郎のブログ

1988 年、1994 年に文化庁芸術祭賞、1998 年に文化庁芸術祭賞大賞を受賞。2010 年には松尾芸能賞 優秀賞を受賞。 江戸時代に花開いた日本伝統奇術「手妻(てづま)」の数少ない継承者 藤山新太郎のブログ。

初音ミケ

初音ミケ

 

 私の家の周辺を縄張りとしている猫がいます。白とグレイと茶の三毛猫です。一匹だけで暮らしていて、時々子供を産みます。すなわちメスです。

 この猫が私が引っ越してきてからずっとこの辺りに住んでいますが、私は引っ越してもう33年になります。そんなに長生きする猫もいないでしょうから、私の知る限り、二代目か三代目なのではないかと思います。

 親代々三毛猫で、時々何匹か生まれる子猫のうち、元気な子供が一匹残って、この一帯を継承して住んでいるのだと思います。

 あまり詳しく猫を見てはいませんが、この猫は、親の毛並みそっくりですし、なかなか奇麗です。動作にも品があります。それら一切を親から受け継いでいるのです。

 

 この猫は、散歩をするときや、朝晩によく道で見かけます。決して私に懐いているわけではありません。近付いても来ませんし、エサを求めたりもしません。

 私の家の周りは住宅街で、静かで、車もほとんど通りませんので、猫も誰にも邪魔されずにのびのび生活しています。それにしても、どうやって生活しているのかが気になります。

 きっと誰かがエサを与えているのでしょう。猫を可愛がるなら、避妊手術をしてやれば良さそうなものですが、そこまで面倒を見ません。そのため時々子供を産みます。

 子猫は私の家の裏のアパートの庭で生みます。少し大きくなると道に出て来て、親と一緒に遊んでいますが、いつの間にかいなくなります。保健所に通報する人がいるのか、あるいは、もらわれて行くのか、いずれにしろいなくなります。

 

 この猫は、朝に、私の家の裏にある平屋のアパートのトタン屋根の上で日向ぼっこをしています。相当に鉄板が熱いときもあると思いますが、熱いのは平気なようです。実に気持ちよさそうに寝転がっています。

 私の家の三階の居間から、朝、観葉植物に水をやるときに裏のアパートを眺めると、のんびり朝から屋根の上で寝ています。私が窓を開けると、私の存在に気付いて、私の方を向きます。然し、別段警戒するわけでもなく、寝転がりながら私の顔をボヤっと見ています。その顔がとても満足そうで、「これだから猫はやめられない」。と言っているように感じます。

 

 それから、毎日、私の家の前を通ります。私の家の一階がアトリエで、そこのドアのガラスがスライドになっていて、ネットにして風通しを良くしておくと、猫が午前10時ころに外を通ります。そして、ふと足を止め、お座りして、ネット越しに中を覗き込み、じっと私の作業を眺めています。

 私が手妻の稽古をしていたり、作り物をしていたり、図面を書いていたりすると、不思議そうな顔をして外からじっと見ています。

 一、二分も座っていると、やがて私の仕事ぶりに納得をしたのか、また立ち上がって去って行きます。一日のパトロール日課なのでしょう。

 猫の生活は自由で楽しそうに思いますが、大雨の日や、寒い日はかなりつらそうです。私の家は一階のアトリエと二階の事務所は外階段でつながっています。外階段で二階に上がり、再度ドアを開けて中に入るのです。階段は屋根が付いていて、二階の玄関は壁で囲まれていて、人目に付きにくく出来ています。

 寒い日や、大雨の日には、そこに猫が退避をしているときがあります。いろいろ考えた末に避難場所と決めたのでしょう。猫がいるとも知らず、私が深夜に階段を上がろうとすると、猫は追い詰められた状況に陥り、進退窮まって、私の脇をすり抜けて逃げて行きます。

 深夜にこれをやられるとさすがに驚きます。物の怪が飛び掛かってきたように思います。「あぁ、雨宿りしていたのなら、私が上がる前に、先に逃がしてやればよかった」。と思いますが、猫はそこにいる気配を一切感じさせません。真っ暗な二階の階段に身動きせず、じっと静かに潜んでいます。そして私が階段を上がり始めようとしたときにはすでに遅く、逃げ場もなくなり、私に突進して行きます。無論、ぶつかって来はしません、間一髪で私の前を抜けて行き、私を驚かせます。

 二階の玄関前のタイルに座っていたのでは、深夜に底冷えがして、猫にとっては相当につらいと思いますが、それでも、雨に吹き込まれることはありませんし、風除けにもなります。最悪の天気の中では最善の環境なのでしょう。それでもここに長くいたなら体を悪くするかも知れません。

 そんな時でも誰を恨むことも出来ません。野良で自立すると言うことはすべてが自分自身の責任で生きて行かなければなりません。苦しい、辛いは覚悟の上、それでも自由に好きに生きて行けたならそれで満足なのでしょう。

 

 こんな猫の姿を見ていると、芸人人生を思わせます。好きなことをやって、好きに生きているとは言っても、それで本当に自分の芸一つで全く人の世話にならずに生きて行けるものではありません。

 やはりどこかで人に助けてもらわなければならないときもあるでしょう。然し、それでも決して自分から何かをしてくれとは頼みません。飽くまでも自分の生活を崩さず、自分の生きる姿を見て、自然自然に周囲の人に仲間になってもらい、支援してもらえることが幸せなのでしょう。「あぁ、まさに猫は芸人そのものなのだなぁ」。と気付きました。

 そうなると、エサをやったり、飼ったりすることはないとしても、何となく身内意識を感じます。猫と言うよりも仲間のマジシャンの一人のように感じます。

 ドアから眺めていても、仲間が訪ねて来たと思えば邪険にも出来ません。二階の雨宿りくらいならさせてもいいかと思います。自然と情が移ります。これが猫がファンを作る方法なのかもしれません。猫をただ猫と呼ぶだけでは失礼かと思います。そこで名前を付けてやることにしました。

 そこで考えたのが、初音ミケです。似たようなバーチャルなアイドルがいますが、彼女はなかなかの逸材です。そこらのアイドルとは違い、三代目を継いでいます。確かに、年齢的にはもうアイドルではないかも知れませんが、いいプロポーションをしていますし、毛の色艶もいいので、まだタレントとしてもやって行けそうです。高円寺の狭い地域ではありますが、アイドルとして人に愛されて、ファンから、猫缶や、猫フード、チュールのおやつなど、楽屋見舞いが届くようなら、猫の生き方としては成功なのではないかと思います。

続く