手妻師 藤山新太郎のブログ

1988 年、1994 年に文化庁芸術祭賞、1998 年に文化庁芸術祭賞大賞を受賞。2010 年には松尾芸能賞 優秀賞を受賞。 江戸時代に花開いた日本伝統奇術「手妻(てづま)」の数少ない継承者 藤山新太郎のブログ。

峯ゼミ シルク編

峯ゼミ シルク編

 

 今日から峯ゼミの指導はシルク編が始まりました。参加者は12名。全体で14名ですから、四つ玉の時よりも生徒が増えています。今日と来月の二日間は、神田神保町のレンタルルームが借りられず、やむなく田端のレンタルルームになりました。

 私は、今回は初回のため、少し早く行って皆さんと話をしようと考えて、12時に家を出ました。会場が山手線の田端であることは聞いていました。ところが何を勘違いしたのか、私は駒込で降りてしまいました。そして、前田から渡された地図を元に歩き回ったのですが、道が少しも地図と合っていません。どこにもそれらしい建物がありません。当たり前です、駒込なのですから。

 「おかしい、おかしい」と言いながらあちこち訪ね歩きますが、どうにもわかりません。そのうち、やたらと電柱に駒込と書かれているものが多いことに気付きます。道を戻ってみると、駅が駒込と書かれています。「ははぁ、ここは駒込なんだ」。と、初めて気づきます。大失敗です。

 急いで山手線に乗りなおして次の駅に行きます。そして到着したときには、もう30分も遅刻をしていました。私は一体どうしてしまったのでしょうか。全く認知症患者のようです。

 

 さて、教室に着くと、峯村さんは、スリーブからのスチール法を指導していました。基本的な考え方ではありますが、誰もスリーブの扱い方を基本から学んだことなどありませんので、これはとても参考になったと思います。

 ハンカチを改めながら、中から太いマジックインキが出て来ます。マジックインキは懐にしまいますが、再度またハンカチから出現します。

 一回一回のマジックインキの出し方がとてもきれいです。しかも不思議です。誰でも知っているようなハンドリングですが、直接見せてもらって指導を受けると感動します。

 

 そのあとサムチップの扱いを指導、そしてサムチップの終わりに、ハンカチの中からボトルが出現します。散々サムチップを見せておいて、お終いにボトルが出るため、とても驚きます。サムチップも丁寧に解説されています。

 それから、シルクのワンハンドノットを三種類指導しました。一回一回結び目をほどいて行きますが、また結ばります。そしてお終いにボトルが出現します。

 慣れないとスリーブを使うことはとても怖く感じますが、順にやり方を解説してもらうと大変に効果的であることが分かります。実用的ないいハンドリングです。しかも全体を一つの流れとして演じることが出来ます。

 ところどころ手順の作り方や、手順の変化のつけ方などの解説が入ります。とてもいい指導の仕方でした。

 17時終了。終わって外に出ましたが、周囲に飲食店などありません。田端の駅で皆さんと別れ、私と峯村さんと前田の3人は浅草に行きました。前々から峯村さんに話していた、蕎麦屋、並木の藪で鴨南蛮を食べることにしました。

 並木の藪は東京の蕎麦屋の中でも老舗中の老舗です。ここのそばつゆは醤油辛いことで有名で、味の濃い付け汁ですが、その味わいは出汁がしっかり効いていて、一度味わうともう病みつきです。

 私なんぞは子供のころから食べていますので、藪はすっかり馴染みです。雷門の正面の大通り沿いにある店です。普段は行列が絶えませんが、今はコロナの影響で並ばずに入れました。それにしても今日の晩は冷えました。地下鉄の浅草駅から藪まではわずか2分程度ですが、それでも顔が冷え、手が冷たくなっていました。

 まず初めに樽酒の菊正宗を注文しました。ここの菊正宗は正真正銘の樽酒で、グラスに盛って顔を近付ると、ぷーんと木の香が漂います。ほの甘い味の酒ですが、べたつくことはなく、すっきりのどを通り抜けて行きます。この晩のように寒い日は燗酒もいいのですが、樽酒は常温で呑みたいと思います。

 鴨南蛮を三つ頼みましたが、つなぎに天ぷらの盛り合わせを頼みました。これをつまんで菊正を頂くのですが、天つゆに染ませた海老が胡麻油の香りとともに口中に広がって、極上の味です。

 そうこうするうちに鴨南蛮が来ました。さほど大きくない丼に、分厚い鴨が三枚乗っています。そしてお約束の胸肉のミンチが一つ、後は長ネギ、そして濃いめの汁の下には蕎麦が忍んでいます。毎年秋から冬にかけての限定品で、寒い時期だけに出されます。ここの鴨南蛮を食べて外に出ると、寒さを忘れて体が火照ります。

 私はここ鴨肉を少し口に頬張りながら、菊正をちびりちびり呑むのが大好きです。脂身と赤肉を一緒に頬張ると、脂身の甘みと、肉の旨味が合わさっていい味です。これに菊正を口の中で会わせると、フランス料理のステーキ肉を打ち負かせるほどの最高の味わいです。

 私は、鴨南蛮のシーズンにせいぜい2回程度しか伺えませんが、それでも、鴨南蛮を食べると幸せがみなぎります。肉の合間にネギを頬張り、そばをスルスルっと口に頬張り、時々辛めの汁を飲みます。汁が辛いときには菊正で調節します。何とも贅沢なひと時です。

 峯村さんも満足な様子です。前田も何も言わずひたすら食べています。

 すっかり食べて外に出ましたが、鴨の脂のお陰で少しも寒くありません。帰りに和菓子の亀十に寄ってどら焼きを買いました。亀十はそれぞれのお土産です。並木の藪と言い、亀十と言い、百年以上前から変わらない味わいです。東京の下町の贅沢がそこにあります。それを普通に食べられることが幸せです。

続く